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7軒目:茄子おやじ

専門店に加え、「カレーがメニューにある店」を含めると実に100店以上と言われるカレーの街、下北沢。毎年秋に開催される〈下北沢カレーフェスティバル〉で街中を食べ歩いたことのある人も多いはず。その中でも、1990年開店と長い歴史を持つカレー店が〈茄子おやじ〉である。

駅を出て南口商店街の坂を下りきった所を右に曲がり、少し進むと平仮名で“なすおやじ”と描かれたファニーなスタンド看板が見えてくる。大きな窓には“NASUOYAJI CURRY SINCE 1990”の文字。この店の前を通ればいつも、どことなくホッとさせられるし、店で出されるボリュームたっぷりのカレーは胃袋だけじゃなく心も満たしてくれる。そんなお店を切り盛りするのが二代目店主の西村伸也さん。店を継いで今年(2021年)で5年目になるという西村さんに、お話を伺った。

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〈茄子おやじ〉との出会いと、2代目店主を引き受けるまで

「僕は宮崎から上京してドーナツ屋で働きながらバンド活動をしていたのですが、以前は吉祥寺に住んでいて、今もある〈まめ蔵〉さんのカレーが好きでよく食べていたんです。そのうちに〈まめ蔵〉の立ち上げメンバーが下北沢でカレー屋をやっているらしいと聞き、食べに来たのが〈茄子おやじ〉との最初の出会いです。

で、食べたらこれが美味しくて、一気に虜になってしまった。音楽活動とは別に将来カレー屋をやりたい思いがずっとあったので、しばらくしてから人を介して先代の阿部孝明さんを紹介して貰ったんです。すると“だったらすぐ働きなよ”と言って頂けて。2012年にバイトとして店に入りました」

〈茄子おやじ〉の店名は先代・阿部さんが〈まめ蔵〉時代によくカレーにトッピングする茄子をつまみ食いしていて「茄子おやじ」のあだ名で呼ばれていたことに由来する。

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「先代と、スタッフとして働いていた奥さんには、カレー作りのイロハから接客までこと細かに教えて貰いました。指導は厳しかったですけど、その分全部教わったので本当にありがたかった。奥さんには飲食店を営むうえで必要な心構えについていろんな話をしてもらって、それはいま大きな糧になっていますね」

そんなある日、阿部さんは西村さんに相談を持ちかける。

「2016年の秋頃に、先代から“年齢的なこともあり、そろそろ店を退きたい”と言われたんです。続けて“西村君にここを継ぐ意思はあるか?”と……。僕はその頃、いずれは独立して自分のカレー屋をやりたいとぼんやり考えていたので、先代の申し出には正直驚きました。でも、そもそもここのカレーが大好きだったし、先代も自分を見込んで相談してくれたと思うんです。それに〈茄子おやじ〉が下北沢からなくなるのは絶対駄目だと。それで継ぐことに決めました」

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核は変えずに時代に合わせて。店も、カレーも、現在進行形でアレンジ中

正式に店を継いだのは2017年の1月。西村さんは〈茄子おやじ〉の核の部分は大きく変えないながらも、細かいところで時代に合わせてアップデートすることにした。

「先代が“西村君の思うようにやればいい”と言ってくれたのもあって、以前から“自分の店ならここをこうしたいな”と考えていた部分を現在進行形で変えていっている感じです。内装はカウンターと床を除き、壁やテーブルなど全部変えましたし、入口横の窓は出窓にして、そこにターンテーブルを置いてレコードをかけられるようにしました。僕自身が音楽とカレー、コーヒーが好きで、レコードを聴きながらカレーを食べ、食後にコーヒーも楽しめる店っていいなとずっと思っていたので」

西村さんは「手間暇をかけて作るカレーと、サブスクではなくジャケットから取り出し、ターンテーブルを回し、針を落としてようやく音楽が聴けるレコードはどことなく似ている」と言う。どことなくまろやかで丸みを帯びた味と音もそっくり、とも。

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そのカレーについても、少しずつ変化を加えている。

「先代が培ったベースはそのままに、合わせるスパイスの種類や分量、具材の配合など、外堀の部分をいろいろと変えました。簡単に言うとより舌に親しみやすいよう、わずかに甘みをプラスしたんです。とはいえ、昔から食べている方も“変わらないね”“懐かしいね”と感じられるはずですし、初めて食べる方にも十分満足して頂ける味なんじゃないでしょうか。

個人的に〈茄子おやじ〉のカレーは“家で食べるおいしいカレーの延長線上にあるもの”と思っているので、時代や季節に合わせて微妙にアレンジを加えつつ、クオリティを保つことをいつも考えています。先代も“25年カレーを作ったけど最後まで正解なんてわからなかった”と言っていましたが、味については僕もこれからずっと試行錯誤していくんでしょうね」

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■人気のスペシャルカレー(全部入り)は1,300円。ランチタイム(12:00~15:00)は+400円でプチサラダとドリンクがつけられる。


「下北沢の路地裏のカレー屋」が、魅力あふれる場所であるように

現在11人いるスタッフは全員西村さんの音楽仲間。西村さんは朝から仕込みを行い、夜の営業終了まで基本的に店で過ごすという。10時間近く煮込まれ、たっぷり寝かせられたカレーはいつ食べても期待通りにおいしい。そして店内にはたくさんのレコードのほか、コーヒーのお供に最適な小説や漫画、雑誌などがそこかしこに置かれ、そうした一つ一つが〈茄子おやじ〉の空気感と居心地の良さを作り出している。

「僕、人に喜んでもらえるのが好きなんですよ。宮崎にいた頃は身体に障がいを持つ子供たちがいる施設で介護福祉士として働いていて、子供たちと一緒に遊んで彼らの笑顔を見るのが何よりの喜びでした。カレー屋も一緒で、どうすればお客さんにおいしいと言って貰えるか、店で居心地よく過ごして貰うにはどうすればいいか。そんな事を考えるのが楽しくて仕方ないんです」

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30年以上前、今よりも人通りが全然少なかったこの路地裏に“この場所がいいんだ”と先代の阿部さんは出店を決めたという。「その嗅覚と、実際に店をここまで育てた先代は本当にすごいですよ」。そう話す西村さんは、「下北沢の路地裏のカレー屋」を自分なりに魅力あふれる場所にしようと考えている。

「下北沢って、いつの時代も変化しながら若い世代が面白くしていく街なんですよね。だからどの世代にとっても“自分にとっての下北沢”があって、僕は音楽が好きで90年代サブカル直撃世代なのでそういう部分が好きですけど、僕らより若い子たちはまた違うだろうし、それでいいんじゃないかなって。

僕にとって下北沢はカレーと古着、演劇と音楽の街ってイメージが強いです。今でも普通に他のカレー屋さんで食べますしね。お酒は飲めないんですけど代沢三差路近くの〈COFFEA EXLIBRIS〉でよくコーヒーを飲みます。あとはやっぱり昔から通っている〈餃子の王将〉。あそこはいつもバンドマンがたむろってますから(笑)。王将の前は街の各方面から道が集まるので、ある意味一番下北沢らしい風景。あそこに立っているだけで何だか元気づけられるんですよ」

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西村伸也さん

宮崎県生まれ。上京し音楽活動を行う傍ら、2012年から〈茄子おやじ〉のスタッフに。17年より二代目店主を務める。自身のバンド「ウエストムラーズ」ではヴォーカルを担当。
バンドのツイッターIDは@westmraz7


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【カレーとレコードと珈琲の店 茄子おやじ】
東京都世田谷区代沢5-36-8 アルファビル1階
TEL 03-3411-7035
営業時間 12:00~22:00(東京都の時短営業要請中は20:00まで)
不定休
Instagram @nasuoyajicurry


写真/石原敦志 取材・文/黒田創 編集/木村俊介(散歩社)

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