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わたしの下北沢 vol.4 永原真夏さん(ミュージシャン)



駅前の雑踏。個性的なショップ。小劇場にライブハウス。気がつけばいつものみんなが集まってくる、小さな酒場。
誰もが、自分だけのお気に入りを、自分だけの特別な記憶を持っている街、それが下北沢。

ならば、この街と縁が深いあの人にとって、この街はどんな存在なんだろうか?ということで今回は、ミュージシャンであり、ZINEの制作なども精力的に手掛けている永原真夏さんにご登場いただきました。

永原真夏(ながはら・まなつ)
2008年にSEBASTIAN Xを結成。バンドの活動休止後、2015年から永原真夏+SUPER GOOD BANDとして活動(2019年解散)。現在はソロ名義でライブ、リリースを続けるほか、SEBASTIAN X結成からの盟友・工藤歩里とのユニット「音沙汰」でも活動している。

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幼い日の衝撃も憧れも、遊び場みたいなこの街にあった。


90年代の幼少期を振り返り、下北沢は「わたしの遊び場だった」という永原真夏さん。学生時代にはライブハウス通いを重ね、かけがえのない人たちと出会ったのもここ下北沢だったそう。随分変わってしまった駅前を見ても「街の印象自体は変わっていない」と話す。

「子供の頃、小田急沿線に住んでいたので、家族でよく下北沢へ遊びに来ていまいました。母が雑貨好きだったので、小学生の頃から雑貨屋さんをハシゴしていましたね。渋谷や新宿の大きな雑貨屋さんとは違い、下北沢は小さなお店がたくさん点在していて、いろいろなセンスのセレクトを見ることができました。

鮮烈に憶えているのは、現在〈リンキィディンク下北沢2nd〉(※音楽スタジオ)が入っている建物にあった雑貨屋さん。文字盤が水槽を模したデザインで、長針短針の先端が金魚になっているスケルトンタイプの時計があって。すごく変わったものだったので、子供心には衝撃でしたね。買ってはもらえませんでしたが(笑)。そういうおもしろいものがたくさんあったので、飽きることなく、いつも楽しく見ていましたね」


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ファッションや音楽などさまざまなカルチャーに興味が出てくる高校生時代。いろいろな街へ買い物に出かけたが、一番しっくりきたのは下北沢の古着屋だったという。

「原宿や高円寺など、いわゆる古着の街を周りましたが、それぞれ特色がありまりましたが、中でも下北沢はとにかく安い(笑)。1000円あればスウェットやTシャツが買えましたから。それにお店が多かったので、いろいろな洋服を手に取って見ることができたんです。

そんな中でも、当時憧れていたのが〈HAIGHT & ASHBURY〉。一番奥のビンテージのコーナーがあり、何万円もするものがいくつも置いてあったんです。そこで店員さんに話しかけられると緊張しちゃうので、入るのも躊躇するくらい。とにかく素敵な場所に思えましたね。今でも〈HAIGHT & ASHBURY〉は大好きで、ステージ衣装などよくお買い物にいきます」


ホームはあくまで吉祥寺。下北沢には“お邪魔”する感覚だったバンド活動


同じく高校時代からは音楽活動も活発化。この頃たくさんの人たちとの出会いがあったという。

「高校に入ったくらいから、ライブハウスへ行くようになりました。自分はまだしっかりバンド活動をしているわけじゃなかったんだけど、ライブハウスやお店にいくうちに、たくさんのバンドマンと出会うことができました。自然に輪が広がっていく中で、友達に誘われて一瞬だけ〈VILLAGE VANGUARD DINER〉でアルバイトをしていたんですよ。そこで、お客さんとしていらしたバンドマンとも仲良くなったりして。18歳くらいから、自分のバンド活動も本格的にやるようになって、下北沢でライブしたこともありました」

その後、通学していた吉祥寺の高校の同級生らとSEBASTIAN Xを結成。個人的には下北沢に縁が深かった永原さんだが、2000年代から2010年代はじめのインディーズ音楽シーンには、街ごとにかなり特色があって、永原さんたちは決して下北沢のバンドではなかったのだそう。そんな当時のシーンを振り返ってくれた。

「東京ローカルバンドというくくりの中でも、吉祥寺、高円寺、新宿、渋谷、それぞれの街に細かくカラーがありました。当時の下北沢はギターロック全盛。カクバリズムの角張渉さん主催の『下北沢インディーファンクラブ』、THEラブ人間『下北沢にて』などサーキットライブが流行したことでジャンルの垣根が少しづつ崩れていった感じがありましたがその前は本当にギターロックの聖地のような状態で。

わたしたちSEBASTIAN Xは、吉祥寺のバンドで、さらにギターレスのピアノバンドという編成で、下北ではオルタナティヴな存在だったので、ライブの時も“お邪魔する”感覚がありました。下北のバンドと仲が悪いわけではないんだけど、お客さんから『下北のバンドですか?』と聞かれたら『いえ、吉祥寺のバンドです!』とハッキリ言っていましたね。いま思えば、同じ井の頭線沿線で活動しているのに(笑)。小さなこだわりがありましたね」


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ミュージシャンとして下北沢での活動が増えたのは、SEBASTIAN Xが一度活動を休止した2015年以降のこと。永原真夏+SUPER GOOD BANDやソロ、それに工藤歩里とのユニット 音沙汰での活動が活発になってきてからの話だ。

「新しいメンバーを募り、練習しようとなった時からですね。下北沢はやはり音楽の中心地なので、ミュージシャンが集まりやすい。それ以降、リハーサルで〈リンキーディンク下北沢2nd〉などのスタジオへ行くようになりました。

ライブハウスは、SEBASTIAN Xでもワンマンライブを開催させていただいた〈下北沢Garden〉(※2020年10月に閉店)となにかと縁がありました。2017年には〈Garden〉と、そして井の頭線の高架線の下を利用した野外会場〈下北沢ケージ〉と〈ロンヴァクアン〉(共に2019年クローズ)の三箇所を往来できる『TOKYO春告ジャンボリー』を開催したり。街の力、会場側の理解、自分たちの熱と。全部が合わさった素晴らしいイベントになりました。

最近だと、今日の取材場所でもある〈BONUS TRACK〉でライブをしたり、ミュージシャンズマーケットに出店したりさせてもらっていて、いま一番縁が深いのはここかもしれません」


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景観は変わっても、独特な”視点の狭さ”は変わらない。それが下北沢の魅力。


さまざまな活動をする最中に、永原さんは改めて下北沢という街が持つ、潜在的な力に気付いたという。

「〈下北沢ケージ〉のような本来ライブハウスじゃない野外の場所で、装飾から飲食、そしてライブまでやらせてくれる場所なんて、普通はないですからね。〈ケージ〉はなくなってしまいましたが、今度は線路街の〈空き地〉や〈BONUS TRACK〉などができて。下北は、そういう場所がなくなっても、またいつの間にか現れている。常に誰かがおもしろい場所を作ろうとしている街だ、という印象があります」

音楽活動はもちろん、カフェ&バー〈pebble〉でSEBASTIAN Xのメンバー飯田裕がバーテンダーをつとめていたことなどもあり、下北沢で飲む機会が増えたという永原さん。冒頭にも書いた通り、キャリアを重ね、大人になった今でも、街の風景は変わっても、街の印象は変わらないのだという。さすがに子供の頃から通っているだけある、本質をついた説得力のある説明だ。

「わたし自身の印象は、本当に子供の頃から変わらないんです。もちろん駅とか、駅前は随分変わりましたけど、下北沢というのは景観の街ではなく、もっと視点の狭い街だと思うんです。

例えば、街を作る時、公衆トイレを設置するという話があったら、普通の街だとどこに作るか、作る場所が問題になったりすると思うんですけど、下北って、場所のことはともかく、そのトイレの便座カバーの柄をどうする?って、ずっと話しているような街じゃないかと(笑)。そういう人たちが下北沢を作っている気がするんですよね。子供の頃に通った小さい雑貨屋さんの数々じゃないですけど、個性のある人がコミュニティーを形成して、街を作っている。下北沢のそういうところは、これまでも、これからもきっと変わらないんじゃないかと思いますね」


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永原真夏さん

公式サイト:https://www.manatsunagahara.com/

Twitter:https://twitter.com/manatsu_injapan
Instagram https://www.instagram.com/suika1ban/


撮影/石原敦志  取材・文/渡辺克己 編集/木村俊介(散歩社)


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