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わたしの下北沢 vol.2 フルタジュンさん(劇団フルタ丸 主宰)



駅前の雑踏。個性的なショップ。小劇場にライブハウス。気がつけばいつものみんなが集まってくる、小さな酒場。

誰もが、自分だけのお気に入りを、自分だけの特別な記憶を持っている街、それが下北沢。

ならば、この街と縁が深いあの人にとっての特別って何だろう?あの人が一番好きなシモキタは、一体どんな感じだろう? 

今回登場いただくのは、下北沢を劇団のホームグラウンドと位置付ける劇団フルタ丸主宰のフルタジュンさん。下北沢の劇場での公演活動はもちろん、下北沢カレーフェスティバルや下北沢コロッケフェスティバルとのコラボレーションなど、街のイベントにも積極的に参加、まさに、下北沢を代表する演劇人のひとりと言えるフルタさん。



世界的なコロナウイルス感染症拡大の影響を受けて、下北沢も街のあり方を見つめ直すことになったこの時期に、フルタさんがこの街と重ねてきた歴史とシモキタへの愛、そして、これからの下北沢との向き合い方について伺いました。


フルタ ジュン  
1981年生まれ。岐阜県美濃市出身。劇団フルタ丸代表。脚本家、演出家として活躍するほか、ラジオのパーソナリティも務める。
劇団フルタ丸 公式WEB:https://furutamaru.com/
フルタジュン 公式WEB:https://furutajun.com/

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「迷える」ことが羨ましく感じられる街


「ふだんはフルタ丸という劇団を主宰しながら、脚本や演出の仕事をしています。下北沢は、劇団にとってのホームグラウンドという位置付けで、この街の劇場で多くの作品を上演して来ました。

今から13年前、”いつかこの街に劇団の事務所を構えたいな”と、ふと思い始め、でも、だとしたらその”いつか”とは一体いつなんだ? と考えだしたら馬鹿馬鹿しくなってしまい、その日のうちに下北沢に来て、事務所の部屋を契約したんです。

それから13年間、身も心も下北沢にあります。
ここは居心地が良すぎる、と感じています」


そんなフルタさんだが、生まれ育った岐阜にいたころは、下北沢という街の名前も聞いたことがなかった、という。

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「大学進学と共に上京したのですが、通っていた大学が近かったこともあり、下北沢という街の存在を知りました。どうやら劇場がいっぱいあるらしいとか、色んな話を耳にするようになって。

最初の頃は観劇をするために訪れるようになったのが下北沢という街でした。

演劇が始まるまでに時間があると分かると、果敢にも街を歩きました。
道が複雑で覚えられなくて、入り組んだ迷路のような裏路地に迷い込んでしまい、演劇の開演に間に合わなくなることも何度かありました。

さすがに今はもう迷うことはありませんが、それでも初めてこの街を訪れる人は「迷う」ことができます。もう迷うことのなくなってしまった身からすると、その「迷える」ということが羨ましくも感じられるのです。

この街には、ワンダーランドのような部分があると思っています。

いつの頃からか、駅や駅前を中心に街は様変わりました。
かつての下北沢とは違う景色が広がっています。
けど、街の持つ空気や、そこにいる人の本質的な部分はあまり変わってない気がします。この街にはまだまだいわゆる“下北沢っぽい人”がたくさんいますし、それこそがこの街の一番の魅力であり財産だと思います」


この街の良さは、あまりにも「ふと」現れる


居心地が良すぎる街。ワンダーランドのような街。迷えることが羨ましく感じられる街。下北沢に関するいくつもの形容が、フルタさんのシモキタ愛を感じさせる。


「とはいえ、13年間も下北沢で過ごしていると、この街にいることが当たり前になってしまい、日々の生活の中で“下北沢の好きな部分”に想いをめぐらすことは、そうそうありません。

だけど、時々何気ない用事があって、
例えば夕方17時くらいにサンダルで事務所を出て買い物に出かけたりするそういう時、少し気持ちの良い風がふいてオレンジがかった陽が街に差し込んでいるのを感じた時、なぜか強烈に「下北沢っていいなぁ…」と思ってしまうことがあるんです。

上手く説明できなくてもどかしいのですが、下北沢という街が誇らしくなり素晴らしいと感じる時が、具体的なこの場所、とか、この風景、とかそういうことではなくて、あまりにも「ふと」現れるんです。

下北沢の好きな部分をあえて時間で言うとしたら「17時ぐらいの下北沢」。あとは、「23時50分から0時過ぎにかけての下北沢」も好きです。

終電がなくなる前に下北沢から脱出する人、今日はこのまま下北沢で朝まで過ごすと覚悟を決めた人、あの時間帯の下北沢には、何十、何百もの個人レベルの駆け引きがあって、何かが起こりそうな感じがあります。

かつてその時間帯にふらっと入った、狭い階段を3階まであがっていく小さな店で食べた芋煮のことを、僕はなぜか忘れられずにいます。閉店してしまったのであとにも先にもこの一度きりしか行かなかったし、実際何があったのかとかそういう部分はもう覚えていないのですが、その時間帯(23時50分から0時過ぎにかけて)にその店で食べた芋煮のことを、なぜだかいつもふと思い出すんです。

もう一つ時間の話を続けるならば、「朝9時の下北沢」も特別です。
これは何かと言うと、演劇の公演期間中に劇場入りする時の、劇場オープンの時間です。役者、スタッフが、その時間に劇場に集合し長い一日が始まる。あの朝だけは、何回体験しても新鮮さがあります。
いつもの下北沢なのに、いつもの下北沢ではないような朝なんです」

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「時間以外の話でいえば、下北沢には茶沢通り以外にはほとんどと言っていいほど信号機がないので、行きたい場所に思っている時間通りにだいたいたどり着ける、というのも何より好きなところだったりします。

街を歩く誰もが抱ける、広い庭のような感覚。

エリアに厳密な線を引くことは難しいですが、下北沢は誰が定義してもそれほど広くはないエリアのことを指すと思っています。この何もかもがギュッと集まっているミニマムさも好きです。

みんなが思い浮かべるあの狭い路地裏は、そんな下北沢の象徴だと言えるかもしれません。

連載「線路と街gallery」でも、路地に関するイラストが多く描かれる。


この状況下だからこそはじめられたチャレンジ


世界的に猛威を振るう新型コロナウイルス感染症の拡大は、そんなフルタさんの愛するミニマムなワンダーランドにも、劇団フルタ丸の活動にも、大きな影響を与えてきた。ただ、この状況下だからこそできた、新たなチャレンジもある。

「6月1日から本多劇場グループが、無観客生配信で劇場の再スタートを切ったことで、少しずつ街に、劇場に、演劇やカルチャーが戻ってきました。

劇団フルタ丸もお声がけを頂き、新作を創らせて頂きました。
6月14日(日)に「劇」小劇場にて、『オーディエンス』という、ステージではなく「実際の観客席」でストーリーが展開してゆく「観客の物語」を収録配信しました。

機材トラブルによりライブ配信という形にできなかったことは残念ですが、収録動画のアーカイブ配信で多くの方にみてもらうことができました。劇場での観劇に思いを馳せていただくことができたかなと思っています。

演劇を創っている身としては、下北沢の劇場に演劇とお客さんがちゃんと戻ってこられる日が一日も早く来ることを、強く願っています」


すぐに元どおり、とはならないかもしれない。でも、今できること、この状況だからチャレンジできることを重ねながら再び、ふと、「下北沢っていいなぁ…」と思える時が来るように。
下北沢と向き合うフルタさんの日々は続く。


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フルタさんが演出をつとめるオンラインライブが6月29日(月)夜に開催されます。リアルタイムのオンライン視聴のできるチケットと、アーカイブ視聴が可能なチケットなどを発売中。ぜひ、以下リンクより詳細ご確認の上お申し込みください。

2020/06/29 (月)20:00 - 22:00
【言葉の力と話芸の共演】 これからの落語とスタンダップコメディ 「桂宮治&インコさん Talking Alone.」


撮影(一部)/石原敦志  取材・文・編集/散歩社


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