ブルックリン物語 #63 "Yes and No"
別れがあれば出会いがある。
昔からあるこの代わり映えのしないセリフを自分が実感を込めて使うとは思ってもみなかった。NYへ移住してから一体どれほどの時間が流れたのか? 時間とは伸縮自在の抽象的イメージであり、実体などそもそも心の在り方によって自在に変わるものなのかもしれない。だからそれは心と皮膚が30年にも匹敵すると感じればそうなのだろうし、瞬間風速で駆け抜けていったと感じればそれもそれでまた真実なのだろうと思う。あっという間でありそれ相応の時間が流れているは同義語なのだ。そして気がつくといつの間にか人は僕の人生に関わって気がつくといつの間にか去っていく。
ブルックリンの我が家のデッキからハンディマン、エリック兄弟の作業中のラジオが鳴っている。スペイン語のビートの強いサルサ系の音楽だ。
僕は来米して5年後、「ジャズに憧れ続けていた自分」と決着をつけるため音大を卒業し、自分で一人で経営するジャズレーベルを立ち上げた。自分が心から納得のいくレイアウトの「一人ビジネス」は決して穏やかな海を滑る船ではないけれど、座礁はしていないので、とりあえずはそれだけで丸儲けと思うようにしている。なぜならこの新しい人生には規範はなく、笑顔で生きているということだけで少なくともそれは成功なのだ。6枚のアルバムリリース、コンサートを企画し行うも、2020年に突如世界を襲ったCOVID-19によって舵を取れなくなった船は暗中模索の大海へ放り込まれる。
デビューアルバムの『Boys Mature Slow(男子、成熟には時間を要する)』こそ初期投資が大赤字で先行きが見えなかったが、その後自転車操業で赤字を出さずに音楽ビジネスを前へ進めることを学ぶ。毎月の家賃を滞納せず払い電気代や携帯代もしっかり払いなおかつご飯を食べられる。これが「すべて」でなくて他に人生になにがある? そういうふうに思えるようにようやくなってきたとき、COVID-19が起きた。
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