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高速道路教習中にタピオカ飲んでた彼、元気かな

夏休み、教習の思い出

 大学一年の夏休み、僕は自動車教習に勤しんでいた。「早く免許を取って、夏休み後半は海でエモい思い出を作るんだ!」と熱意を燃やし、実際の運転はもちろん座学にも真面目に取り組んだ。
 教習はスムーズに進み、路上教習を無事終えた僕は、ついに高速教習に臨むことになった。高速教習は今までの教習とは危険度が段違いだ。何かの間違いで他の車と接触してしまうと、即命を落とす可能性も十分に秘めている。僕はいつも以上に気合を入れて教習所の門をくぐった。
 高速教習は、一台の車に生徒が二人一緒に乗り込む。一人が高速道路に乗って隣のICまで行き、そこで交代して、もう一人が同じ道を引き返していくという方法で練習をしていく。その日は僕と同年代くらいの、茶髪がやんちゃな男の子が相方だった。

 前半は僕の担当だった。緊張する。特に最初の合流のところは要注意だと聞いていた。「もし接触事故なんて起こしたら…」と恐々としていたが、幸運にもその日は車の通りが少なく、危なげなく高速道路に乗ることが出来た。
 一度合流してしまえば、あとは楽勝だ。信号も右折もない道をひたすらまっすぐ進めばよいだけである。僕は得意になった。教官も「うんうん、よくできているじゃないですか~。」と満足げだ。茶髪の彼は後部座席で退屈そうにしている。

トイレ休憩での出来事

 目的地のICの前に、SAがあった。教官は「ちょっとトイレに行きたくなったので、そこに入ってください。トイレ休憩をしましょう。」と僕に言った。僕は「任せてください。」と答え、スマートに車線を変更してSAに入っていった。「駐車も完璧ですね〜。では、トイレに行ったらすぐ戻ってきてください。」

 (なんだ、高速教習も案外簡単じゃないか。楽勝楽勝)
 僕はトイレを済ませ、揚々と車に帰ってきた。そこには教官だけがいた。茶髪の彼はまだトイレにいるようだ。
「ここまですごくいい感じですよ~。この調子です。」
「ありがとうございます。」
 しばらく教官からお褒めの言葉を頂き、僕はいい気分で彼を待った。しかし、なかなか彼は帰ってこない。
「車を見失ったのかな。ちょっと探しに行きましょう。」
 僕らはトイレの方に捜索に出た。

行方不明の彼がしていたこと

 茶髪の彼はすぐに見つかった。彼は売店の列に並んで何かを買っていた。僕が唖然としていると、彼は嬉しそうに黒い粒粒が入ったミルクティーを手にし、異様に太いストローでちゅるちゅると飲み始めた。まぎれもなく今大流行のタピオカであった。今は3分だけ許されたトイレ休憩のはずである。それなのにこれは一体どういうことか。

 僕は驚きあきれて教官の方を見た。教官も怒っているに違いない。しかし、どういうわけか教官は全く怒っていなかった。それどころか、「あ、今流行りのタピオカじゃないですか~。おいしいですか?」とにこやかに話し始めたのである。

「おいしいっすよ。一口飲みますか?」
「え、いいの?うれしいな~。ゴクリ…。こういう味なんだ~。おいしいね~!」

「タピオカって名前がいいよね~。タピオカ。」
「”タピ”の部分が特にいいっすよね。」

 言われたとおりに時間を守っていたのは僕であったはずなのだが、どういうわけかその僕が蚊帳の外である。二人はタピオカを通して謎の友情を育んでいた。納得がいかない。話が違うではないか。僕だってこの暑さで喉が渇いているのに、水も飲まずに我慢しているのだ。飲みたいときに飲むタピオカミルクティーはさぞうまいに違いない。

「あ~、もう飽きちゃったんすけど、よかったらこれ全部飲んじゃっていいっすよ。」
「本当に~?ありがとう!ゴクゴク…。」

 結局、車に戻ってきたのは予定を10分近くオーバーしてからだった。僕は問題なく教習を終え、茶髪の彼の番となった。
 僕は正直なところ、彼のことが面白くなかった。決まりを破ってやりたい放題ではないか。それなのに教官とむしろ仲良くなっていて、まるでお咎めがない。これでは真面目にやっている僕が馬鹿みたいだ。こんな人の運転は、さぞかし粗雑でスマートさを欠いているに違いない。僕は心のどこかで彼が縁石に車体を擦ることを望んだ。

 さて、彼の運転である。しかし、悔しいことに彼はスイスイと、危なげもなく運転をこなしていく。高速道路に臆する様子もなく、なんならいつの間にか教官とスパイダーマン談議に花を咲かせるほどの余裕っぷりである。僕はスパイダーマンに詳しくないので、その話題に入ることもできず、後部座席に深くもたれて車窓の流れる景色を眺めていた。高速道路の割には景色の流れが遅く感じられた。

高速教習で学んだこと

 高速教習で大したことは学べなかった。高速道路での運転の仕方なんて、普通の路上と特別変わることもないし、むしろ直線ばっかりなので楽なくらいだ。
 ただ、強いて学んだことがあったとすれば、それは我慢して決まりを守っているやつより、欲望に従って決まりを破るやつの方がかわいいという事だ。「真面目な奴は損をする」みたいな言葉をよく聞くけれど、まさにその通りだ。社会は真面目な奴よりもかわいいやつに優しい。運転の仕方よりもよっぽど重要なことである。

 それともう一つ学んだことがある。それは、スパイダーマンシリーズは2が一番の名作らしいという事だ。これは知らなくても問題のないことだ。

彼は、そしてタピオカは今どこで何をしているのだろう。

 この出来事から、今年の夏で三年が経った。寂しいもので、一世を風靡したタピオカの勢いも、今は見る影もない。彼は今も友達を待たせて出先でタピっているのだろうか。それともバスクチーズケーキやマリトッツォにふらふらと浮気をしているだろうか。もう彼への恨みも薄れたので、今は普通に元気にしていてくれたら嬉しい。 



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