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第56話 拡大する検査能

 台湾では、2019年12月31日に武漢での原因不明肺炎発生に対して水際対策を開始し、2020年1月5日には専門家たちを召集して第一回専門家会議を開いた。この会議にて国内のPCR検査能の拡大が必須だと進言されたため、政府は早々に着手した。

 PCR検査の実施には、適切な検査室の設備と熟練した検査技師の両方が必要になる。台湾では、ハード面を増やすとともに、技師の訓練も並行し、1月22日時点での検査能は1日500件(検査室11ヵ所)だったが、段階的に増えていった。

4月28日衛生福利部Facebook投稿より

検査能4月28日

 台湾政府は、通報基準をどんどん広げ、ウイルスを網にひっかけようとした(第55話)。同時に、2月にはわざわざ遡り調査を行い、網から漏れて国内に入り込んだウイルスを見つけ出した(第15話)。また、市中での感染流行の監視も強化した。2月16日には、3日間の抗生剤治療で効果が出ない肺炎患者や、医療従事者である肺炎患者にも積極的に検査を行うように通達を出した。4月7日に、医療・介護従事者、航空関係者で発熱や咳などの症状がある場合には、検査をするようにと新たなる指示を出した。3月14日には、ヨーロッパでの急激な感染拡大に呼応して在宅検疫規制を設けたが、それ以前に入国してしまったかもしれない感染者を探し出すために、遡って3月3日から3月14日までにヨーロッパから入国した渡航者で、呼吸器症状のある人に対し、自主的に検査を受けるようにと3月17日に呼びかけを始め、同時に、健康保険カード使用歴から該当者を探し出し、個別に連絡をとった。
 いずれも十分な検査能があるからこそ成せる技だ。にわとり・たまご論だが、検査能があるから新しい戦略を打ち出せるし、新しい戦略のためには検査能が必要。いずれにしても、検査能が戦略策定の足かせになることはなかった。(注:検査能は拡大しているが、誰でも彼でも希望すれば検査を受けられるわけではない。「検査すべき人には素早く検査できる」体制を整えていることがポイントだ。そして、「検査すべき人が誰なのか」を定義するときは、常に科学的根拠に基づいた戦略がそこにある。)

 実際に実施した検査数は1月15日から6月4日まで合計73,050件、ピーク時で1日2,000件程度だった(入院中の検査は含まれておらず、診断のために実施した検査のみを算出)。常に、余力を保って検査を実施することができ、軍艦集団感染のとき(第44話参照)のような突発的な事態にも対応できた。

 4月に入って、コロナ感染の「陰性証明書」を入国審査条件に課す国(インドネシア、タイなど)が出てきたので、これらの国に渡航予定の人たち向けに自費で検査を受けられる検査室を4月18日に7ヵ所開放した。国内感染が収束し、検査能にかなりゆとりができたため、5月23日には18ヵ所に増やし、対象制限も緩めた。5月29日には、理由に関わらず3ヵ月に1回までは本人希望で自費検査を受けられるようになった。陰性証明書の医学的意義は高くないと思うが、この手順を踏まなければ入国させないと要求されたら、それに合わせた仕組みを構築しなければ国民は困る。ゆとりのなせる技だったと思う。

 台湾政府が検査能を継続的に拡大しているのは認識していたが、もう感染が収まっている4月28日時点で検査能のさらなる拡大計画発表(上記画像参照)を聞いた私は、国内の感染状況がこんなにも収束しているのに、まだ増やすの!?と驚いた。地理的な弱点を克服すること、そして、次の波に備える、ということなのだと今は理解している。

 5月27日には全国45ヵ所の検査室で合計1日5,938件のPCR検査が実施可能となった。このうち、19ヵ所は緊急的な検査要請に対応できるようになっている。5月初旬には、簡易型の機械を設置し、離島や軍艦内でスクリーニング対応できる体制も整えた。これで全土に布陣が敷かれた。

 コロナ戦における検査能は、人間に例えると「基礎体力」みたいなものだなと思う。急には増えない、でも大事、みたいな点が。1月から5月まで、検査能を地道に増やして大正解だった。

(参考)診断のために実施されたPCR検査人数。台湾CDCホームページより。

0610検査件数


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