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第44話 軍艦での集団感染

2020年4月18日

 台湾のコロナ対策で印象に残る感染例を挙げろと言われたら、「軍艦での集団感染」が間違いなく3本の指に入るだろう。ここに来てこんな落とし穴が!と思ったのをよく覚えている。

 2020年4月18日、国内感染は連続5日間ゼロ、海外からの流入例も一桁台と、台湾国内は和やかな雰囲気になっていたのだが、そこに大きなニュースが舞い込んで来た。海軍軍艦内の集団感染だ。

 3艘の軍艦からなる艦隊・敦睦艦隊(乗員は計744人)。その中の1艘の軍艦・磐石艦(計377人)の乗員の感染が確認された。詳細は以下:

3月5日 台湾出発。
3月13日 パラオ到着、下船。
3月15日 パラオ出発。
4月9日 台湾到着したが、「30日間どこにも寄港していないこと」が船舶入港の条件だったので、海上で待機。
4月14日 台湾・左営軍港に入港。
4月15日 下船。下船者は各自帰宅。
4月17日夜 下船した乗員3名が各地で確定診断された。中央感染症指揮センター(新型コロナ対策本部)はすぐさま国防部(防衛省に相当)と協議し、その日のうちに残り741人全員に連絡、召集、検査実施。
4月18日 確定診断3人と対応について公表。検査陰性者を7カ所に分けて集中検疫開始。接触者調査開始。感染ルート調査のため、全員の抗体検査を実施。抗体検査は信頼できる手法がまだ確立していないため、3つの研究機関にてそれぞれ違う手法で検査を実施。
4月19日 741人のPCR検査結果(陽性21人、陰性720人)を公表。感染者は全員同じ軍艦。
4月21日 確定診断3人(いずれも1回目PCR検査は陰性だったが、軍艦内で過去に症状出現あったため、2回目検査を実施。)
4月22日 確定診断1人(1回目PCR検査陰性だったが、その後鼻づまりなどが出現し、4月19日に2回目検査を実施。)
4月23日 確定診断1人(1回目PCR検査陰性だったが、4月19日より咽頭痛などが出現し、4月21日に2回目検査を実施。)
4月24日 確定診断1人(1回目PCR検査陰性だったが、4月22日から嗅覚異常などが出現したため、4月23日に2回目検査を実施。)
4月25日 確定診断1人(1回目PCR検査陰性だったが、抗体検査陽性だったため、4月24日に2回目検査を実施。)
5月3日 713人の14日間の隔離期間満了。隔離解除前に再度全員にPCR検査を実施した結果、4人陽性(全員無症状)。感染者の出なかった軍艦2艘の乗員367人の隔離解除を決定。
5月4日 感染者が出た磐石艦の乗員345人に対し、再度PCR検査実施。1人陽性のため入院。陰性だった344人は隔離解除となった。

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 4月17日の夜遅くには全員隔離されたため、下船した4月15日から4月17日までの乗員744人の行動歴に社会の関心は集中した:「下船した乗組員たちが市中感染の引き金になるのではないか?」と。
 私自身は、爆発的な感染拡大にはならないだろうと確信に近いものを持っていた。それは、3ヵ月近く台湾政府の動きを観察してきた中で、感染拡大を食い止める術を台湾は既に確立している、と思えたからだ。政府の一挙一動が理にかなったものであることを私が理解・納得した上での信頼だということをあえて強調しておきたい。

 調査の結果、接触者は合計1996人。そのうち、PCR検査を受けたのは480人だったが、全員陰性。接触者の中で585人が在宅隔離、1411人が自主健康管理を義務付けられた(注)。この中から感染者は出ず、14日間の観察期間を終了した。

 中央感染症指揮センターは、感染拡大の全貌を明らかにするために、全員の航海中の病歴調査と抗体検査を実施し、5月26日にその結果を公表した。(注:抗体検査は科学的に信頼できる手法がまだ確立していないため、3つの研究機関にてそれぞれ違う手法で全員の検査を実施した。)

計36人の確定診断例(PCR検査陽性)と8人の既感染例(抗体検査で判断)があった。全員同じ軍艦(磐石艦)の乗員だった。軍艦内で4次の感染が展開されたと推定。
最初の症例は3月10日に発症。その後、3月20日ごろに数名発症(2次感染)。4月初めに更に複数名が発症(3次感染)。そして、4月下旬の下船前後に比較的多い人数が発症している(4次感染)。
最初の症例の発症はパラオ到着前なので、感染地は台湾国内だと推定できるが、感染源は見つからなかった。3月当時国内に感染源となる未発見の孤発例がいたのだと考える。パラオでも台湾国内でも市中感染は起きていないので、軍艦の中だけで感染拡大に至ったと判断した。
36人の内訳は、男性32人、女性4人。年齢は20-40代。3月10日から4月22日の間に発症した人が25人。主な症状は、嗅覚異常、咳、咽頭痛。その他11名の確定診断者と3名の既感染例は無症状だった。
確定診断例の艦内宿泊部屋分布からは、時間や空間で共通したクラスター発生はなかったため、宿泊部屋は感染地点ではなく、接触による感染経路が最も疑わしいと思われる。
フランスやアメリカの軍艦集団感染と比べると、感染率が低い。当軍艦内で実施していた感染対策(全員マスク着用、グループに分かれて飲食、艦内の消毒強化、毎日の検温)と関係すると考えられる。

 この集団感染事例を通して、台湾には3つの学びがあったと思う。

1) 船舶の感染対策

 台湾では、軍艦も含めた全ての船舶に対し、30日間海上にいることで検疫義務を全うしていると判断し、下船後の在宅検疫は義務付けていなかった。軍艦には軍医が同乗していたが、診断に必要な機器や物品がない中での医学的判断は、相対的に難しい。長い航海の中で感染予防策をとりつつも、本来の任務を全うすることを両立するためのシステムを考案する必要があることが課題として明確になった。

2)情報公開の技術

 この集団感染事例では、感染者が多く、且つ全国に散らばっていたことがそれまでのコロナ事例とは全く異なる点だった。迅速性を重視し、感染者の行動歴は地方政府に通知され、地方政府の権限で情報公開や消毒などを行った。しかし、地方政府の情報公開基準が一定しておらず、中央と地方での情報の取り扱い技術の差が明らかになった
 中央政府はホームページ上で主要な場所を公開したが、小さい商店など細かい地点については、地方政府の方が土地勘があるため、地方政府に情報開示有無を委任した。その結果、ラブホテルの名前まで公表した地方政府もいた。感染対策としての意義ある情報公開だったとはとても思えなかった。

3)軍隊文化

 軍隊文化と感染症対策の相性の悪さも明るみに出た。軍隊には連帯責任という文化がある。すなわち、誰か一人の行動に対して班または隊全員がその責任を負うということ。この文化のおかげで自分を律することができるという反面、正直に申告することを躊躇する(=一人で抱えてしまう)という心理も働く。例えば、兵士個人としては、喉が痛いが、それを申告したがために班全員が任務から外れることになったら困るから、自分さえ我慢すれば良いと考え、報告しない。しかし、コロナではそれが感染拡大につながるかもしれない。感染症対策として実行性の高い規則作りを再検討する必要が見えた。

 浮き彫りになった課題には、粛々と取り組んでいくしかないだろう。

 軍艦の集団感染が市中感染の引き金にならなかったのは不幸中の幸いだったが、ただの幸運ではない。医師がコロナを疑ったときに速やかに検査できる仕組み、確定診断が出た場合に即時に中央感染症指揮センターに情報が届く報告ルート、いち早く国防部を動かせる中央感染症指揮センターの権限など、1月から構築してきた対コロナのシステムが本領発揮したおかげだと思う。期待以上の結果だった。

(注)
在宅隔離:感染者との最終接触から14日間、外出禁止。朝晩の検温と健康状態を報告。
自主健康管理:外出を控えることや外出時のマスク着用、朝晩の検温などが求められる。報告義務はない。




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