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第55話 短期間で更新される通報基準

 どんなに水際強化しても、水際をすり抜けるウイルスは必ずいる、という前提が大事だ。すり抜けたウイルスをどうやって見つけ出すのかに台湾政府は力を注いだ。あくまでも個人的な見解だが、ここが台湾の明暗を分けたのではないかと私は思っている。

 コロナの通報基準は短期間で目まぐるしく変わった。そもそも、2019年12月31日に武漢で肺炎が発生していると分かった時点では、原因ウイルスは不明だった。そのとき設定された最初の基準は、発症前10日以内の武漢渡航歴+肺炎。2020年1月5日に専門家会議を開き、期間を14日以内に延長することを決定。新型コロナウイルスの発見について中国が公表したのが1月9日だったが、ウイルスに関する知見は極々わずかだった。

 1月16日に、台湾CDCの武漢視察報告に基づき、通報基準を14日以内の武漢渡航歴+発熱+呼吸器症状へと変更した。1月20日には、基準の中に14日以内の中国渡航歴+肺炎を加えた。1月25日に、14日以内の湖北省渡航歴+「発熱または呼吸器症状」へと基準を拡大。1月31日に、これらの基準を満たす人と接触した人も通報対象とした。

 通報すべき渡航先としては、感染拡大状況に合わせて対象をどんどん広げた。2月28日時点では、中国全土だけでなく、タイ、シンガポール、韓国、イタリアまで対象を広げていた。また、最前線にいる現場医師の判断を重視し、2月9日には、通報条件に合わない場合でも、医師が疑わしいと考えるケースについては保健所へ相談するようにと通達を出し、2月28日には、渡航歴に関わらず、医師が強く疑う場合は検査を実施するように指示した。そして、自国内の症例から得る新しい知見に合わせて、3月31日には嗅覚異常、4月4日には下痢も通報基準に入れた。
 
 このように、ウイルスの全容が見えるにつれ通報条件は更新され、感染が各地に拡大するのに合わせて条件は拡げられた。国内感染が起こっている可能性が出てきた際には渡航歴を条件から外した。感染流行状況にタイムリーに反応している台湾の姿が見て取れる。短期間で修正される通報基準に、最前線の医師たちは最大限の理解を示し、協力した。

 また政府は、医療側の業務を支援するために、1月27日に健康保険データと出入国データを統合し、病院側が受診者の健康保険カードを使って過去14日間の渡航歴を参照できるようにした。最初は武漢のみの表示だったが、通報基準の更新に合わせて、表示地域を増やした。このシステムは3日間で完成させたそうだ。システム開発工程の詳細がわからないので、3日という日数がどれぐらい短いものなのか判断できないが、誰かが残業して最速で完成させたのは間違いないだろう。

 一方日本では、「武漢渡航歴」が長らく検査の必須条件になっていた。世界のデータを見れば、武漢の以外の地域で感染流行していることが既に明らかな状況にも関わらず、流れに乗れてない日本の条件設定に私は現場の一医師として当惑した。感染者を見つけるための条件が、いつの間にか検査の足かせになっていた。

 台湾で、最新の情報と知見に基づいて、網を広げるように通報基準を迅速に更新していくことができたのは、専門家会議のおかげだそうだ。不完全な情報しかない中で、専門家たちは議論を重ね、政府は専門家の意見を尊重した上で前例のない中での決断を繰り返した。専門家の意見が二つに割れることも少なからずあったが、そのときは政府の政治判断で政策を決定した。国内の感染状況がすっかり落ち着いていた6月6日、中央感染症指揮センター(新型コロナ対策本部)の定例記者会見に珍しく専門家会議メンバーが複数名登壇した。専門家会議としての総括を発表する彼らの満足した笑顔を見たとき、政府が専門家たちと肩を並べてワンチームでコロナに立ち向かった姿が目に浮かんだ。

 


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