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第61話 個人情報保護と開示

 コロナ対策では、個人情報保護の程度が国によって違うので、この場で台湾の状況を整理しておきたい。

 台湾政府は、個人情報保護はクラスター調査の要であることを強調していた。感染者を社会から守らなければ、調査への協力は得られず、結果的に感染を抑え込むのが遅れてしまう。政府の記者会見ではクラスター調査が機能していることを国民やマスコミに示し、個人情報を開示することで利を得る人はいないことを明言していた(第57話参照)。

感染者の個人基礎情報

 台湾では、感染者に関する個人の基礎情報は、「性別、年齢、国籍、居住地域(北部、南部など)、発症から確定診断までの経緯」が公表される。職業は原則開示しないが、院内感染や介護施設勤務、軍艦などの事例では、職種を発表しないと話が進まない(対応についての説明ができない)ので、例外的に開示対象となった。また、在宅隔離者(=濃厚接触者)に関する情報は、感染者との関係性(家族・同僚など)を発表することはあったが、それ以上の情報は公表しない。

 シンガポールでは、感染者の入院先を公表していた。中国北京や香港では、感染者だけでなく、在宅隔離者がどこにいるのかまで地図で公開していた。台湾ではこのようなことは一切やっていない。建物や道路の消毒作業で結果的にマスコミやネット住民に情報漏洩されることはあったが、政府として個人の特定につながるような情報を発表することはなかった

感染者の行動歴情報

 また、台湾政府は原則として感染者の行動歴は開示しない。クラスター調査で接触者を割り出せば十分であり、行動歴を一般に開示しても防疫の足しにはならない、というのがその理由。ただし、不特定多数が出入りする場所で接触者を特定することが困難な場合において、例外的に開示した。この原則に基づき、行動歴を開示した3例を紹介する。

 1) 2020年2月1日にクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の下船者が香港で確定診断された後、実はこの船が1月31日に台湾基隆に寄港し、乗客の一部が下船していたことが判明した。2月8日に下船者たちの訪れた場所を公開し、当該日時に同じ場所にいた人たちに注意喚起をした。

 2)  濃厚接触者だったインドネシア人女性が2月26日に確定診断された(第20話参照)。彼女の2月16日から2月19日までの行動歴(駅などの公共の場所のみ)を2月27日に公開し、同じ時刻にその場所にいた人たちで症状がある場合は受診するようにと呼びかけた。これは、英語やインドネシア語、タガログ語にも翻訳された。

 3)  軍艦の集団感染。4月17日夜に軍艦の乗組員3名が確定診断となった。即座に全乗組員が再招集され隔離されたが、下船した4月15日から4月17日の間、感染者が全国に散らばってしまったという事態になった(第44話参照)。
 感染者36人の行動歴は判明次第、順次地方政府に情報が渡され、地方政府に「どの情報をどこまで公開するか」が委ねられた。その理由は、どの場所が不特定多数と接するリスクが高いのかはその土地の政府が一番わかっているから、ということだった。しかし、地方によって公開する情報の詳細レベルが異なり、波紋を呼んだ。

携帯電話位置情報の利用

 携帯電話会社の協力を得て、軍艦の接触者調査では携帯位置情報を利用した警告メッセージを発信した。携帯電話会社の基地局が持っている情報を利用し、例えば、4月16日 16-17:00に感染者Aがあるエリアにいたという情報をもとに、「同時刻に同じエリアに15分以上滞在した人たち」に警告メッセージを出した。同時刻に同じ基地局にアクセスした携帯電話を特定し、メッセージを送るという手法だ。
 また、前述のクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の対応では、2月8日に既存の防災システムを利用して「今、設定エリアにいる人」を対象に警告メッセージを出した。日本の地震警報のようなシステムだ。メッセージはいずれも、健康状態に留意し、症状があれば受診してください、という内容だった。

在宅検疫・在宅隔離者の位置情報監視

 在宅検疫・在宅隔離中は外出禁止となる。この間、携帯電話の位置情報が監視され(正確には、GPS情報ではなく、携帯電話の通信信号を監視しているらしいのだが、技術的なことが筆者にはわからないので、正確な説明がここではできない。申し訳ない。)、登録している範囲から外れた場合には、自動的に警察に通知されるようになっている。隔離が解除されると同時に監視も解除される。書面で本人の同意を得る形で監視が開始されるが、これを拒否するという選択肢は実質ない。ただし、携帯電話の通信内容を監視しているわけではないので、会話を傍聴しているとか、メールの内容が見られているということではない。

接觸者アプリ/追跡アプリ

 中国では、国民が電車に乗るときなどにQRコードを読み込むことを義務付けられ、国民の位置データを政府が記録するようになった。シンガポール、フランスでは接触者アプリがリリースされ、国民が任意で利用できるようになった。台湾では、再流行に備え、接触者アプリの開発は完了しているが、現時点では必要ないのでまだリリースしないと6月1日に政府が発表した。

実「連」制

 台湾では、withコロナの生活を目指し、事業者向けのガイドラインが策定されている(第48話参照)。その中で、感染発生時にクラスター調査を円滑に行うために、「事業者は客との連絡手段を記録すること」が推奨されている。これを実名制ではなく、実連制と呼んでいる。ポイントは、「連絡がとれること」なので、実名かどうかはさして重要ではない。事業者は、個人情報保護の観点から、必要最低限の情報のみを収集し、28日過ぎたら情報を破棄しないといけない。クラスター調査に必要な情報は14日程度なので、長期間情報を保存する必要はない。個人情報の目的外使用はもちろん禁止だ。違反した場合は、個人情報保護法に基づいて処罰される。

 以上、台湾のコロナ対策における個人情報関連の事柄を思いつく限り並べた。これを保護されていると感じるか、または侵害されていると感じるかは、人によって考えが違うだろう。それぞれの国の中で合意形成していくべきことだと思う。

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