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メモ|Sb|スケートボードなこと。

10 ゴミ箱と縁石のバンク。

車両が歩道に乗り入れるためのバンク。
日本だけでなくどこの道端でも見かけるもの。車道と歩道とを境界する縁石。その縁石の切れ間。これは車両が乗り入れたりするために、わざと切れ間をつくり、その切り口がバンクになっている。まったくスケートボードのためを思って、そうなったわけではない。しかし、この小さなバンクを見かけると、いつも思い出すのがカール・ワトソンというスケーターだ。彼と最後に会ったのは、今から20年前。2000年に来日したときに、代々木公園でお茶をした。使い捨てカメラを手渡して、「日本を旅している間、それで思いつくままパシャパシャやってよ」と言ったのを覚えている。彼はスケーターとして活躍していたけれど、スケートグラビアは前年にサンフランシスコでたっぷり撮ったので、今度は彼の旅の情景を見てみたいと思った。

サンフランシスコでの思い出。
年季が入ったドレッドヘア。ボブ・マーリーを敬愛するラスタファリアン。そして、豊富な豆のブリトーをこよなく愛するビーガンなカール・ワトソン。なぜ、写真のような小さなバンクを見ると、彼を思い出すかというと、1999年の夏、サンフランスシコでのシューティングのせいだと思う。当時はストリート・スケート全盛期。路上にあるものはなんでもスケートセクションへとクリエイトしていた時代。そのメッカのひとつ、サンフランシスコでは、伝説的なハンマースポットに限りはあるので、とにかく小さなスポットでも自分流のスタイルを見せるために、みんながみんなイメージ力を高めていた。1999年の夏。本場アメリカでのスケートし・シューティングに燃えていたこちらに、バチっとマッチアップしてくれたのがカール・ワトソンだった。洋物雑誌で見たハバとかライブラリーとかの激アツなスポットから、ゲトーなやばいスポット、ピア7やEMB、サード&アーミーなどの超有名スケート・オアシスまで、いろいろ連れて行ってくれた。そして、被写体として滑ってくれた。

ゴミ箱と縁石のバンク。
そうやって散々といろいろシューティングして、ブリトーも食べて、彼の家でチルしたりした。そんな彼が、どこにでもあるような道端の縁石のバンクを使って、路上へ飛び出し系のトリックをやるから撮ってくれという。「マイク・ヨークやスティービ(ウイリアムス)とか、みんなやってるけれど、だからこそ自分らしい動きを見せれたら面白い」と。たしかにそうかもしれない。みんなが使うスポットで、ドレッドをわしゃわしゃさせて、軽快に飛び出すスケーターの写真は、わかりやすいし、フレッシュでもある。(そうか、その手があったか)と思った。ありがちなスポットで、自分らしい絵を残すというのは、様々な情報を蓄えているスケーターにこそアピールできる。面白い着目点だなと感心した。今ではその縁石を使って、世界中でスラッピー(SLAPPY)スケートが流行っている。路上のよくある縁石が、スケーターを楽しませてくれる。それは90年代でも現代でも、20年以上の時が経っても変わらない。フォー・ザ・スケートなんか考えてもいない人たちが町のお金でつくったものが、一番長い現役スポットになりえている。これにゴミ箱、スケートでいうトラッシュボックスもセットになってたら、もうザ・90年代。バンクを使って、ゴミ箱を360で飛び出していく。その光景は色あせることがないスケートボードの絵。だから、どこでもそんな縁石のバンクを見ると、カール・ワトソンが、「ほら、遊ぶところはどこでもいつでもあるよ」と言ってる気がして、彼を思い出すのだ。10

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