見出し画像

小澤メモ|NOSTALGIBLUE|思い出は青色くくり。

28 大井川鐵道沿線。

長い静岡県。
静岡県は、高速道路で西か東へ向かっているときや、新幹線や東海道本線といった列車で西か東へ向かっているときに、(え?! ここまだ静岡?)という感覚を覚えた人がけっこういるんじゃないだろうか。例えば、東京から大阪に向かうとすると、途中でいきなり富士山が目の前に見えて、(おー、富士山きれい。静岡県だ!)となってから、富士山の残像はとっくに消えて、だいぶ駅を通過したから(だいぶ走ったから)そろそろコーヒーでも飲もうかなと思って、現在地を確認すると、餃子消費王国の座を宇都宮市と競い合っている静岡県西部の政令都市・浜松の手前だったりする。新幹線の停車駅を見ても、東から熱海、三島、新富士、静岡、掛川、浜松と6駅もある。そんな県は他にないだろうと思う。それじゃあ、エクスプレスというより各駅停車の鈍行みたいなものじゃないか、なんてツッコミが入ってもおかしくない。これは、江戸時代から往来の幹線だった東海道(国道1号線)がズズズと走っている、いわば流通の肝だからというのもあるだろうし、それを元にした各自治体の新幹線や高速道路特区みたいな陳情とかネゴシエーションなんかも関係しているのかもしれない(憶測)。

一級河川も長い。
そんな静岡県、実際に東西に長い。さらには、南アルプスから涌き出でる豊富な水源を誇る一級河川も長い。天竜川、菊川、安倍川、富士川、狩野川、そして今回少し書いておきたい大井川と、6つの水系と268の一級河川がある。この大井川は、上りでも下りでも、(まだ静岡の真ん中なのー?)という、長い静岡県のちょうど真ん中あたりに位置する。その昔は、徳川家康が隠居する駿府城の西の守りとして、架橋も渡し船も禁止されていた(川越制度)。それにかなりの水流量を誇っていたので、流通と往来の要所の利便性に富んでいるはずの静岡にあって、もっとも不便だったところであった。その情景は、民謡(越すに越されぬ大井川~♩箱根馬子唄)になっていたり、葛飾北斎の富嶽三十六景の『金谷の不二』などに残されている。だから、参勤交代の行列なんかも、大井川を渡るのは一苦労で、必ず1日は川べりの旅籠に宿営しなければならなかった。現在は、上流にかなりの数のダムがつくられて、さらには今度のリニア中央新幹線工事の影響もあって、水流量がかなり目減りしているので、『金谷の不二』のような迫力ある面影はない。ただ、情緒はまだまだ残っていて、それをこれから紹介したい。

ドライビング・ミス・ドライバー。
簡単に言えば、東名・吉田インターチェンジか、新東名・島田金谷インターチェンジのどちらかで降りて、片道2時間強のドライブで行ける場所。まずは、江戸時代の川越制度が廃止された明治時代に建造された蓬莱橋。大井川に架けられた1km近い木造歩道橋で、これは世界一らしい(ギネス認定)。別名、銭取橋(ぜにとりばし)と呼ばれるが、お茶のメッカの牧之原台地の開墾のためにつくられた。大人100円を橋の手前にある木箱に入れて、渡るシステム。自転車もOKだけれど、オール木造で、欄干は膝丈もないので、なかなか勇気がいる。しかも、途中までは(なんだ余裕じゃん)と思っていても、大井川の本流の上くらいになると、途端に風がビュンビュンきて、橋の高さも急に気になりだし、さらには木のきしみや割れ目に心奪われ、とてつもなく不安になってくる。今はさすがにいないだろうけれど、一昔前は、地元の農家のおばあちゃんが、バラエティ番組『水曜どうでしょう』でミスターや大泉洋さんが乗って旅していたようなスーパーカブを涼しい顔して走らせていたこともあった。この橋を渡ったところは、冤罪事件として知られる島田事件の現場でもある。真犯人は闇の中。決して行楽気分だけで渡れる橋ではないのも事実だった。ちなみに、個人的にはこの橋を渡りきったことはなく、何度か来たことはあるけれど、なぜか橋の途中で引き返してしまうのだった。

大井川と大井川鐵道。
蓬莱橋から上流へ向かう。大井川に並走するように大井川鐵道がある。蒸気機関車のSLや、実物大の機関車トーマスが運転されているので有名だ。通常の電車とは別で、1日に2回ほどSLが走っているので、それに乗車するのもいいし(別途予約と料金が必要)、目撃できるだけでも(おおー)ってなる。その大井川鐵道の路線で、日本一短いトンネルがある。茶畑の中のわずか11mのトンネル。これはバラエティ番組『ナニコレ珍百景』でも紹介されたが、かつては上を走っていた私道の落下物から線路を守るためにつくられたらしい。今はその道はないので、ポツンと一軒家ならぬポツン・トンネルとなってしまった。大井川と大井川鐵道を横目にさらに上流へ。駅でいうと家山駅、島田市川根町家山に向かう。新東名・島田金谷インターチェンジからだと30分くらい。ここに、野守という外周1.2kmの池がある。一見、なんの変哲もない、よくある田舎の牧歌的な池なのだけれど、もちろんそういう池としても散策するのに良い感じなのだけれど、ここは知る人ぞ知るヘラブナ釣りのメッカ。ヘラブナ釣りをする人のために、竿をセットするスペースやボートなども常備されている。ヘラブナ釣りは、バス釣り、フライ・フィッシングのように立ってやるものではないので、じっくりと浮子を見つめて、合わせを楽しむ。そんな太公望たちにもってこいの池なのだ。

寸又峡と夢の吊り橋。
さらにさらに上流へ。新東名・島田金谷インターチェンジから1時間30分。大井川の秘境温泉のひとつ、寸又峡へ。南アルプスから涌き出でる天然温泉で有名だけれど、インターチェンジから1時間ほど走ると、かなりタイトな道になってくる。そこを観光バスは慣れたように走るので、サンデードライバー(たまの休日にしか運転しない人)には十分に注意が必要かなと思う。その寸又峡は、金嬉老籠城事件でも知られる。1968年、ふじみや旅館(現在は廃業)での人質立てこもり事件。秘境めいた小さな温泉郷が、湯けむりとは別のことで全国区になってしまった。湯けむりと別といえば、2000年代に入ると寸又峡にある夢の吊り橋が全国区になっている。大井川流域の大間ダムの人工湖は、プランクトンと光の波長によって、一面エメラルドグリーンの美しい光景をつくり出している。その上に架かる吊り橋は、対面ですれ違うにも一苦労の幅で、一度に渡れる定員も10名までという、プリティなフォトジェニック。写真映えが素晴らしいので、大井川上流の秘境でありながら、今では多くの人が訪れるようになっている。

奥大井湖上駅まで行きたい。
もともと、寸又峡は、温泉郷というだけに秋深まる紅葉の頃がハイシーズンだった。しかし、夢の大橋のエメラルドグリーンが映えわたる(冴えわたる)新緑の頃や盛夏も人で賑わっている。ここが大井川鐵道沿線のハイライトでもいいけれど、寸又峡からさらに車で30分進むと、大井川鐵道が誇る湖上駅、奥大井湖上駅が出現する。ここは、インスタグラムなどを見た人々が、世界中から写真を撮りにやってくる。湖の上にあるのは浮島のような小さな駅だけ。そこで降りるというか駅をつくる意味はあったのか。駅員はどうするのか。降りたら、次はいつまでそこにいればよいのか。写真を見て少し考えただけでも、いろいろな疑問が浮かんでくる。そんな絶景の駅。ということで、東西に長い静岡県の真ん中で途中下車して、今度は南北に入り組んだ静岡県を遡っていくと、こんな景色に巡り合うという話。28
(写真は夢の吊り橋/2018年)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?