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小澤メモ|POPCORN MOVIE|映画のこと。

11 サルズ・スライスピザ。

テーマもファッションも全部興味深い。
地元NYCのニックス・ヒステリアのスパイク・リーが、監督・製作・脚本・主演を務めた映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』。人種差別や街の変化と人々の対立を描いた問題作。物語は、20年もの間、ブルックリンの人々の胃袋を満たしてきた、いわばチャイルドフッドなピザ屋のサルと、コミュニティの若者たちとの間に生じた軋轢を描いている。1989年の公開と同時に世界中で話題になったのだけれど、作品が浮き彫りにした問題提起は、結局は今の今までフラットになることなく続いている。それは今まさに起きている出来事から痛いほどに感じることができる。ドゥ・ザ・ライト・シング』とスパイク・リーがさらに興味深いところは、ストーリーだけでなく、ヒップホップグループのパブリック・エナミーの過激な楽曲にエアジョーダンなどの当時の最新キックスをはじめとするストリート・ファッションや風俗が描かれていたところ。

見た分だけ、映像の中で何かしらの発見がある。
この世界観は、当時の若者に多大な影響を与えた。スパイク・リーが着ていたブルックリン・ドジャース(現在はロサンゼルスに移転)のジャージーが、アフリカ系アメリカ人メジャーリーガーのパイオニアのジャッキー・ロビンソンだったりするのもメッセージ性が高い。それに、ソール・ライターなど多くのニューヨーカーな写真家が撮って残してきた、写真集で見たことがある!という光景が、劇中に散りばめられていた。沿道にある消火栓をひねって水浴びをするキッズ。下世話なことばかり口にしてディスりあってる初老のアフリカ系アメリカ人のオヤジたち。そんなシーンを見ていると、この町をたいして知らないはずなのに、なぜか懐かしい。きっと写真集のおかげだろう。加えて、ラジオのディスクジョッキーを演じたサミュエル・L・ジャクソンやピザ屋のオーナーのサルの息子役のジョン・タトゥーロなど、その後に一世を風靡する名優陣が脇をかためているのも見どころのひとつ。

この映画はピザとコーラをセットして見るのがベター。
そして、重要なテーマや興味深い風俗やファッションなどを差し置いて、個人的にガシっと心を掴まれるというか、食い意地を刺激されてしまうのが、サルのピザ屋のピザ! 例えば、こんなシーン。店に入ってきた客。彼は、簡単にオーダーすると、カウンターにひときれ分のキッチンペーパーを敷いて、かた肘をついて待つ。そうすれば、サルがピザピールを上手にさばいて、焼き上がったばかりのピザをひときれ、その上に置いてくれる。そして、繰り広げられる(劇中の日常)いつものやりとり。「これはなんだ?」 「ミートボールヒーローとナスとパルメザンチーズのサルズ・ピザだ」「じゃあいくらだ?」 「1ドル50セントだ、知ってるだろ」「いや、チーズが足りないぞ」「チーズをオプションにするなら2ドルだ」。
活動家気取りの常連客バギン・アウトと店のオーナーのサルとのカウンター越しのこのやりとりは、1日に3度、繰り返される。バギン・アウトは文句をつけながら、それでも決まってサルズ・スライスピザを食べていく。スパイク・リー演じるバイトのムーキーや従業員でサルの息子たちにとったら、いつもと変わらない光景。そして、常連客にとってはいつもと変わらない安定の味と少しケチられたチーズの量だった。

ピザ、それはどのコミュニティの人々も愛してやまない食べ物。
ある日も、いつもと変わらないやりとりが繰り広げられたと思っていた。バギン・アウトは、ぶつぶつ文句を言いながらも、大好物のピザにかじりつこうとしていた。しかし。ここから物語は急転直下していくのだけれど、それは映画を見て確認してもらいたい。とにかく、店内の壁にかけられている写真が、フランク・シナトラ、ロバート・デニーロ、アル・パチーノといった、すべてイタリア系白人のレジェンドばかりだろうが、そこがジャッキー・ロビンソンを生んだドジャースの町ブルックリンだろうが、ブルックリンなのにマイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンといったアフリカ系アメリカ人のスターの写真が飾られてなかろうが、オーナーはサルでバギン・アウトは常連客に過ぎなかろうが、この店のピザはとても美味しいし、みんなこれを食べて育ってきたはずだった。とにかくピザに非はない。口論している間にとろけていくピザ。こちらはそれを食べたい。

ということで、ピザが食べたくなる映画なのだけれど。
以前は、日本でピザといったらホールで買うしかなかった。レストランで注文できるのもホールだけだった。必然、ピザはシェアして食べるもの、パーティ的な食べもの、といった刷り込みがされてきた。しかし、本当はひときれでいい、そう、まさにサルの店が提供してくれるような具を少しケチったスライスピザが好み(タイプ♡)。ポケットから小銭(バギン・アウトはくしゃくしゃのドル札だった)を出して、キッチンペーパーにスライスピザを置いてもらう。カウンターにある瓶のチーズをふりかけて、熱々のうちにサクッと頬張ってしまう。そんな感じ。スパイク・リー監督ごめんなさい。ポリティカルなことより食い意地がひどくてサルのスライス・ピザに夢中になってしまいました! 11
(写真はレジェンド・スケーターのサルマン・アガーがロサンゼルスでオープンさせた人気ピザ店、ピザ二スタ。うまいし、もちろん1スライスからオーダーできる/2018年)

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