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山田太一氏脚本の『時は立ちどまらない』は、その世界観に浸れる秀逸なドラマでした

脚本家の山田太一氏が亡くなられましたね。今のドラマとはひと味もふた味も違う独特の世界観と、完成度の高い脚本をたくさん世に送り出してこられた方でした。もっともっと山田太一作品を観たかったです。

先日CSで放送された『時は立ちどまらない』というドラマをタイトルが気になって録画しておいたのですが、それがたまたま山田太一氏脚本の作品でした。

東北の海沿いの街が舞台で、高台の家に住む西郷家と漁師一家の西口家。この二つの家族が長女と長男の結婚で互いに親戚同士になるはずだったのに、東日本大震災に巻き込まれてしまいそこから運命の歯車が狂い始めていく…というような展開でした。

高台に住んでいたので被害を免れた西郷家、津波で家も家族も失った浜口家。この両者それぞれの抱える苦しみの描き方が非常に秀逸だと感じました。

同じ街に住んでいながらも、高台に住んでいたというだけで大きな被害を受けずに済んでしまった西郷家の主、中井貴一演じる西郷良介。そのことで自分自身を責めて苦悩する姿には胸が痛くなりました。

私もこちらの立場だとしたら、なぜ自分たちは難を逃れてしまったんだろう?と、どうしてもそういう風に考えてしまったと思います。

家が流され、母と妻と長男を失った柳葉敏郎演じる浜口克己。橋爪功演じる彼の父・吉也。神木隆之介演じる彼の息子・光彦。家も大切な家族も一瞬にして失ってしまった残された三人の苦しみや悲しみは、想像することすらできません。簡単に「気持ち分かります」なんて、とても言えません。

あれこれとおせっかいを焼いてくれる西郷家の人たちの優しさは痛いほど分かっていながらも「あんたたちに俺たちの気持ちが分かるか!」とキツイ言葉をついぶつけてしまったり…。

いくら親戚同士になる予定だったからといっても、自分たちのことでいろいろ煩わせるのも心苦しいと西郷家でこれまでため込んでいた感情を吐き出すように叫び、暴れまくって去って行った浜口家三人の気持ちも痛いほど伝わってきました。

窓ガラスを割り、ちゃぶ台をひっくり返し…これで自分たちのことはもう忘れてほしいと、そう言いたかったんですよね。このシーンはこのドラマの中でも一番印象的でした。

こうして書くと非常に重苦しい雰囲気のようになってしまいますが、山田太一脚本はそうではないところが素晴らしいんですよね。

俳優さんたちの演技力、特に橋爪功の見事な”偏屈じじいぶり”はくすっと笑えるし、全体的にはジメっとし過ぎずにカラッと描かれているイメージでした。

しばらくの間距離を置いたと思われていた両家ですが、黒木メイサ演じる西郷家の長女・千晶が仮設住宅に住む浜口家を訪ねたときから再びその距離が縮まっていきます。

その後千晶と光彦が付き合ってみたり、良介と克己が実は同級生だった過去があり、その当時の因縁があることが判明したり…。さまざまなエピソードが積み重なっていきます。

最後は、自分の流された家の場所にどうしても行くことができなかった吉也を連れて西郷家・浜口家みんなでその場所へ向かい、やっとこれで一区切りついたという感じでした。

それぞれ苦しみや悲しみを抱えながらも、ここからまた前を向いて進んでいこうという決意を固めた…そんな前向きなエンディングでした。『時は立ちどまらない』というタイトルは、残酷でありながらも未来への希望も感じられる見事なタイトルでしたね。

東日本大震災を描いたドラマはいろいろあると思いますが、このドラマは二つの家族の人間模様を通して巧みに”再生”を描いた、それをホームドラマとして昇華しているところが本当に素晴らしい作品だったと思います。大げさに涙をあおるようなストーリー展開ではなく、笑いもあり、ホロっとさせるところもあり、さすがの山田太一脚本でした。

『ふぞろいの林檎たち』は山田太一作品で一番好きなドラマですが、このドラマ『時は立ちどまらない』に中井貴一が出演していたのも嬉しい偶然でした。

今こうして日々言葉を書いて書いて書きまくっていますが、誰かの心に何か響くような言葉をもっと丁寧に積み重ねていきたいと、今回のドラマを観て改めて感じました。

たくさんの素晴らしい作品をありがとうございました。山田太一氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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