KAWASEMI NOTE~深海魚~

 ぼくはもう耐えられない。
 この地上の空気は、年々濃くなっている。

二酸化炭素が増えると危ないと言っているみたいだが、本当に困るのは二酸化炭素の増加に伴って、空気が濃くなることなのだ。
ほかにも、好まれる食糧の変化や子どもたちの遊び方、機械の使いすぎなんかも原因になっている。

まわりはみんな、体を調節しているみたいだけど、ぼくはもう限界みたいだ。ぼくはB級品だから。みんなより調整がきかない。どうしよう。
ぼくは考えた。このままじゃダメになってしまう。だったらぼくは。

灰色の空気の中、ぼくは考えた。だったらぼくは。
そして、海に入ることにした。

ー深海魚になるんだー

さっそく港まで走った。
海が見えてしばらく歩いて、一番ふさわしいと思われる、ぼくにとってきれいな場所を選んだ。せっかくなので、友人の留守電にメッセージを残した。それから、缶コーヒーを飲んだ。海の奥は寒そうだから。
あまり美味くなかったそのコーヒーも、少なくとも暖かかった。
ぼくは立ち上がって飲み干した缶を捨てた。

空き缶はゴミ箱へ。ぼくは深海へ。

靴だけ脱いで、ぼくは飛び込んだ。海はやはり冷たい。
身体には泡がまとわりついてくる。いろんな魚たちがぼくを見る。ぼくはまだヒト型だから、彼らの声は聞こえない。視線は鋭かった。
もっと深く、もっと進まなくては。

少しずつ魚に近づくのを感じた。独特な硬さの海水がぼくに絡みついてくる。だんだん海水と自分が一つになっていくのが心地よかった。

ところでぼくは、海を知らない。深海ってどこなのか。。どこから深海魚になれるのか。
漂いながら、しばらく悩んでいた。

あ、深海魚だ。
あのひと(魚)に教えてもらおう。

その人(魚)はとても親切だった。深海までは まだ3キロはあるらしい。
彼はついでだといって、案内をしてくれながら、深海での心得や、彼の友人の話、深海のライフスタイルについてなんかを面白おかしく聞かせてくれた。
楽しくで時間を忘れていったころ、ぼくは深海についた。

そこは、確実に水圧を感じられる場所。
うん、気持ちいい。
地上を見上げると、かすかに、かすかに、水面から光が侵入しているのがわかる。ここまでは届かない。ゆるやかな水の動きが、ぼくと、見たこともない海藻たちを揺らす。

ーぼくは深海魚になったー

あれから、約1海年。
地上での時間の数え方はもう忘れてしまった。ぼくはこの生活に向いているらしい。しかし深海(ここ)の環境もすこしずつ悪くなっている。
ぼくはB級品だから、この変化に追いつけない。ほかの魚たちも、それぞれ思い悩んでいる。ヒトも深海魚も、悩みなんて似たよなものだ。

ぼくが地上の騒がしさに耐えられなかったように、ここの静けさに耐えられなくなったやつ。住処を追われて放浪しているやつ。家族に見捨てられ、先が見えなくなっているやつ。

ぼくはこの静けさが気に入っていたので、なんとかここにとどまっていた。地上が住みづらくて来たもののほとんどは、みんな海に馴染んでいる。だがうまくいかない奴もやっぱりいるんだ。
ぼくみたいに。

地上が変わっていった。だからぼくはここへ来た。そしてここも変わっていく。まわりはみんな変わっていく。だったらぼくは。
妙に水が軟らかい夜。ぼくは考えていた。

だったらぼくは。

だったらぼくは 海になろう。そして雲になるんだ。

この海に溶けて海底をめぐる。水蒸気になって雲になる。

そして、はるかな空に浮かぶ。それまでには空海も回復しているらしいし。楽しみだ。

次に深海に来た時、どんな風に変化しているんだろう。

溶けるにはどこへ行くんだっけ?海に溶けるには、南だな。次の朝が来たら出かけよう。

暖かい波に向かい、ぼくは進む。まだ見ぬ南へ。





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