アンドロイド転生805
2118年6月19日 午後2時過ぎ
カノミドウ邸:シュウの寝室
寝室の扉が開いた。モネは顔を上げソファから立ち上がった。サヤカ(アオイ)が立っている。
「カー…」
「皆様。有難う御座いました」
ナースアンドロイドが寝室に行く。
「旦那様。お具合は如何ですか」
「問題ない。大丈夫だ」
「少しお休み下さいませ」
アオイはトウマの元へ行く。トウマはソファから立ち上がらずにアオイを見もしなかった。だが怒りが消え失せ穏やかな表情だ。もう終わったのだ。サヤカと曽祖父との邂逅は。
アオイは頭を下げた。
「トウマ様。有難う御座います。本当にご心配を掛けてすみません」
「いいよ…別に」
トウマは顔を上げない。目が泳ぐ。
「サヤカは…24で死んだんだって?祖父ちゃんと結婚する筈だったんだって?」
「はい。そうです」
「もし…死ななかったら…俺はいないんだな」
アオイはゆっくりと頷いた。
「ですが…運命はトウマ様が産まれる事でした。神様がそうしたのかもしれません」
人間の生とはそんな偶然で出来ている。ほんの少しのきっかけが、その後を大きく変えるのだ。北京で蝶が羽ばたけばニューヨークでは竜巻が起こると言う諺のように。
アオイはトウマを見つめ続けた。
「出会った時のあなたは7歳でした。なんてシュウの幼い頃に似ているのだろうと驚きました。まさか曾孫だなんて思わなかった」
トウマは無言だった。アオイは微笑む。
「曾孫だと知って私がどんなに嬉しかったか。私はこれっぽっちもシュウの人生の選択を恨んでいませんよ。彼の幸せが願いですから」
トウマは思い至った。サヤカを疎ましく思う理由が漸く分かった。曽祖父がサヤカを愛しく想うと、まるで曾祖母を否定しているような気持ちになるのだと。果ては自分までも…。
「彼は恵まれた一生だったと言っています。私との人生を歩まなくても良かったのです。私だってそうです。モネ様と出会えた事を本当に感謝しています。お互いが幸せなのです」
モネはニッコリとした。サヤカがそう言ってくれるのが嬉しかった。アオイは続けた。
「終わり良ければ全て良しなのです。ね?トウマ様。笑って終える人生なんて最高ですね」
アオイは頭を深く下げるとモネを見て頷いた。
「モネ様。お暇しましょう」
モネは微笑んだ。サヤカの顔を見れば分かる。満足なのだ。幸せなのだ。良かった。
2人はシュウの寝室から去った。孫嫁のシズカがシュウの様子を見に行って戻って来た。
「モネちゃん。有難うね。お祖父様、とっても喜んでいたわ。元気になったって」
シズカに礼を述べて屋敷から出た。アオイとモネは建物を見上げ、シュウが休んでいる部屋の窓を暫く見つめた。さよなら…シュウ…さようなら。その10日後。シュウは息を引き取った。
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