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有栖川有栖「絶叫城殺人事件」

 ねたばれはしておりませんが、作品内のエピソード・犯人像に触れております。御留意下さいませ。




 春分の日にふさわしい穏やかで心地良い気候ですね。春になると気分が高揚するのは、人間も自然の一部だという証明なのでしょうか。そのような中で再読したのは、「絶叫城殺人事件」。六編の短編が織りなすこの作品は、個人的に有栖川作品の中で一番好きです。特に、「黒鳥亭殺人事件」と表題作の「絶叫城殺人事件」は、今で読んだ推理小説の中で一番好きかもしれません。
 たまにミステリを評する時に、「トリックに重きを置いて、人間・物語が書けていない」という言葉を目にします。もし、ろくすっぽミステリを読んだ事がなくただの印象でそのような事を口にする方がいらしたら、この一冊を笑顔で差し出せば良いと思います。トリック・人間・物語がとてつもない整合性を持って、美しい万華鏡のような世界を造り出しておりますから。

 「黒鳥亭殺人事件」は、なんと言いますか御伽噺とミステリの融合。本当に、全てが素晴らしいと思います。タイトルの「黒」と、話の内容の「白」が見事な対比を表現してくれています。この作品の中で一番好きなエピソードが、真樹ちゃんの飼っている九官鳥が「啼かない」のではなく、聴覚に何らかの障害がある為に「啼けない」のだと見破り、それを真樹ちゃんに説明する箇所です。

「どうして真似をしないんだろう、と考えるのと一緒に、啼けないのかもしれない、と考えなくっちゃね」(本文より引用)

 これって、凄く大切な事だなあと思うのです。ひとは時々、自分が何気なく出来ている事が出来ない人に対して、「どうしてやらないのだろう」と、自分の「常識」の色眼鏡で見て憤慨する事があると思います。お恥ずかしながら、私はあります。だからこの火村先生の台詞を読んで、自分の常識だけで世界を見る事は視野狭窄に陥る危険性があるし、「出来る筈だ」と思考を止めることは様々な可能性をつぶす可能性があるのだと、めちゃくちゃ反省したのです。
 探偵は、様々な角度から世界を見ています。そしてそれは犯人やトリックを見破る一助となると同時に、隠されそうになった人の痛みや優しさに気付く事でもあるのでしょう。火村先生とアリスの作品は、こういうところが凄く丁寧に大切に描かれています。だから、とても素敵な作品になるのでしょう。

 「絶叫城殺人事件」は、なんか分からないけれど、「すっごいトリックだ」とめちゃくちゃ感動します。そしてこういう犯人像だと、まあ、「心の闇」という事を言いがちだと思うのですが、そうではなくて……というのが、物凄い皮肉だし、それこそ「常識」で物事を語ってくれるなよ、とアリスが笑っていそうな感じ。アリスは、多分火村先生より精神が図太くタフだと勝手に思っています。そういう人が語り手だからこその安心感もあります。どんな事件を読んでいても、根底にあるアリスの精神がタフで健やかだからこそ、「大丈夫」と思えるところもあるし。それって、物語として物凄い強みだと思うのです。
 
 万華鏡のような作品集。これからもずっと愛読する一冊です。

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