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【前編/地域リーダーへのインタビュー③】新潟市議会議員:小林弘樹さん ~地域への愛着を持ち、人との繋がりを大切にする地域リーダー~

■編集・執筆:金子 悠璃【2年(掲載時)】        
■インタビュー:金子 悠璃、佐藤 翔太【3年(掲載時)】
(2名とも新潟大学経済科学部地域リーダープログラム所属)


~地域ローカルインタビュー雑誌「Life-mag.」~

突然ですがLife-mag.という雑誌をご存じでしょうか。この雑誌は2008年に創刊された新潟のローカルインタビュー雑誌です。Vol.1~Vol.4は今回ご紹介する小林さん自身が新潟の町を歩いて出会った多様な職種・業界の方々へインタビューした内容が中心に、Vol.5~Vol.10では地域ごとにテーマを決めてインタビューした内容になっています。

「Life-mag.」Vol.001
「Life-mag.」Vol.005

今回、私がインタビューさせていただいたのは、新潟市西蒲区選出の新潟市議会議員、小林弘樹さんです。
小林さんは先程紹介したLife-mag.の創刊者であり、2019年から新潟市議会議員を務めています。その活動の中で現在は「子供が輝く新潟市になるような学童期の子供向け政策」、「身寄りのない方への相談支援の充実」などに力を入れると共に、地域の様々なイベントに参加・実行委員を務めるなど地域の方との交流を大切にしています。

小林弘樹さん

そんな小林さんに今回私が質問した内容は以下の通りです。
それらの内容から考えたことなども述べていこうと思います。

【前編】


1.Life-mag.創刊前の小林さんについて

――学生時代はどんな方でしたか?

小林さん:
中学生くらいからスケートボードにはまっていました。
1980年代のアメリカのスケートボーダーは自分たちで映像作品・メーカーを立ち上げるなど、情報を発信できるメディアを作って世界中の人たちに発信していました。そうした自分達の好きなものを仲間で形にして売っていたアメリカのスケートボーダーから影響を受けていました。

日本でも2000年あたりからスケボー雑誌が出てきて日本でも作っている人がいるんだなと高校生の時に影響されましたが、自分で作ろうとは思っていませんでした。もちろん議員をやることも考えていなくて、友達も割と多く、ただただ楽しい学生生活で、目的・問題意識などは特になかった学生時代でした。

――東京圏の大学に進学して就職で新潟に帰ってきたのはなぜですか?

小林さん:
本当は東京で働いてみたかったですが、私自身が長男という事もあり、新潟に戻ってきました。当時は目的意識もなく、もし「これがやりたい」というものがあったら残っていたかもしれません。

2.Life-mag.について

――創刊しようと思ったきっかけは何ですか?

小林さん:
地元に戻ってからは新潟日報の販売店で3年弱働いていました。
いわゆる普通のサラリーマンをしていると人間関係や価値観が狭まっていくような気がしていて、触れる情報はラーメン屋・新しいカフェ・素敵な温泉のようなタウン誌みたいな雑誌ばかりでした。

それ以外にも、流行り廃り・マーケティングの論理ではない、地域にとって大切な活動をしている人がいるんじゃないかなという気がしてきたんです。さらには、そういうメディアがなかったので、それを掘り下げるメディアが新潟に1つくらいあってもいいんじゃないかなと思い、それは私がやらなきゃという感じで雑誌の創刊を思い立ちました。

――雑誌業界に特に詳しくなかった小林さんが、なぜいきなり会社を辞めて創刊を決心できたのですか?

小林さん:
使命感みたいなものが先行していたからできたのだと思います。
雑誌を作るには、デザイン・文章・写真・流通などのいろんな勉強が必要です。もし業界にいるなどして、ある程度そのことがわかっていたらできていなかったでしょう。
当時はパソコンもカメラも持っていなければ、会社も作ったことがなく、何にも分かりませんでした。資本の論理とは別の大切なことを伝えるメディアが必要だという使命感で突っ走った感じです。

――創刊当時はどのように取材されていたんですか?

小林さん:
いろいろ街を歩いたり、人のつながりを作ったり新聞を読んだりして、「いいかも」と思うところにとにかく飛び込んだり、いきなり電話したりして、取材していました。今思えばデザイン的にもダサく、文章もとぎれとぎれでした。

でも形にすると応援者がたくさんできて、取扱店・広告を紹介していただいたり、次の取材先を紹介してもらえたりなど、どんどん人がつながっていきました。全然儲かりませんでしたが、人を繋いで歩いていって、いろいろなアドバイスをもらいながら取り組んでいました。

――Life-mag.を制作してきての学びややりがいは何ですか?

小林さん:
自分の仕事が、取材した方・読者に喜んでもらえる。その後に応援してくれる人も周りについてきて、そういった循環、螺旋階段のようなところを回りながら歩いてきた感じにやりがいがありました。

特に地域特集をすると、その地域の人が喜んでくれました。そういうご縁に導かれてきた感じが面白かったです。一つ一つやることなすことが全部次に繋がっていって、辿っていった後にまた戻って次の縁に進んだりと、経験一つ一つが自分の人生の血と肉になっている感じがします。

――Life-mag.を見ると、分量も多く内容の濃い記事が多いですが、一つの記事を書くのに結構な時間を要するんじゃないですか?

小林さん:
時間はかかりますね。
インタビューに行く前にある程度調べていかないと話が聞けません。新聞の記事くらいの長さであれば少し触るだけでいいのですが、Life-mag.の記事のように根掘り葉掘り聞こうとすると、本を何冊も読んだり周りの人に話を聞いたりして、背景を知ったうえでインタビューする必要があります。そうした下準備が大変でした。

――詳しく調べるのには何か目的があったんですか?

小林さん:
Life-mag.は紙面の深さが売りだったので、他のメディアには載っていないような深さを出したいと思っていました。こちらが知っているとインタビューの相手も「お、この人調べてきてるな」と分かるので、他では言わないようなことも話してくれました。

――Life-mag.を制作してきて、この雑誌がどのような役割を果たしていると思いますか?

小林さん:
大手のメディアには取り上げられないけれど、その地域の地域性・歴史・風土を語るうえで外せないような人物や活動・トピックを掘り下げて残せるような雑誌になっていたかなと思います。

――Life-mag.制作の中での様々な経験が、現在の議員の活動に活かされていることはありますか?

小林さん:
議員になるきっかけにも、雑誌の経験が土台にあります。
ある特定の地域に取材に入って課題・魅力・伸ばすべきところなどを見つけて記事にしていて、そういった視点が議員にも活かせるかなと思いました。

今は新潟市の西蒲区選出で、新潟市でもっと伸ばすべきところ・魅力・課題を見つけて取材に出かけ、市民に話を聞くなどしています。
そうした中で、「もっとこうすべきだ・ああすべきだ」を以前は雑誌で表現していましたが、今は議会で発言していて、ある意味似ているなと思っています。そういった雑誌編集者的な経験・視点で今も活動しています。

(記事は中編後編へ続きます!)
【中編】
3.新潟市議会議員としての活動について
4.小林さんの思う地域リーダー像について

【後編】
5.私なりの地域リーダー像の考察
6.インタビューをやってみての気付き
7.今後の自分に活かしたいこと

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