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【書評】 面白いぞ!! 「もし◯◯だったら」の世界で戦うロケットガール達 『宇宙へ』

ほぼ毎日読書をし、ほぼ毎日「読書ログ」を書いています。394冊目。

ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞とアメリカの主要SF賞を総なめにした話題作だ。

ヒューゴー賞はファンによる投票で、ネビュラ賞は作家側による投票、ローカス賞はSF情報誌が選ぶ。ということで、アメリカのSF自慢たちがこぞって推した作品となる。

こんな作品が満を持して翻訳されたとなれば、どうしたって大いに期待してしまうのだけど、実際に読んでみたら…… 少し思っていたのと違ったけど、期待を上回る面白さで大満足だった!


話の舞台は太平洋戦争直後のアメリカ。ワシントンD.C.付近の海上に巨大隕石が落ちる所から話がスタートする。

本作の主人公であるエルマは夫と山小屋でイチャイチャしているときに閃光を目にする。(この夫婦はこの後もずっとちちくりあっている)

エルマは咄嗟に核攻撃ではと考えるが、ラジオの放送が中断されないことから流星体を疑う。

そして、光の発生から音が届くまでの時間をカウントし、落下地点からの距離を図ろうとするが、なかなか音が来ない。その事を不思議に思っていると、不意に大きな地震に襲われる。

この地震でエルマと夫が滞在していた山荘が崩れてしまうのだけど、エルマは閃光を放っていた物体が爆発又は落下しただろう地点への距離を咄嗟に計算し、大きな衝撃波が30分後に来ると予想、車で山を下りなるべく距離を取ろうとする。

このあたりのやり取りで、エルマがコンピューターの無い時代にコンピューター(計算者)としてロケット開発現場で働いているロケットガールであったことがわかる。

さらに、その後のやりとりで、エルマは経験豊富な飛行機パイロットであることも示され、エルマの超人っぷりが強く印象付けられる。エルマ△。


微妙にネタバレかもしれないけど、読了後はぜんぜんネタバレじゃなかったね、となると思うので、少し冒頭の筋を書いちゃいますが、この巨大隕石が陸上ではなく、海上に落ちた事が問題となった。

隕石によって温められた海水は、熱を蓄えた大量の水蒸気を生み大気中に放出され、その水蒸気の温室効果により地球全体の気温が上がり続け、やがて海が沸騰するような極度の温暖化が進行する。という事が解った。(ちなみにこれを試算したのもエルマだ。)

このままでは地球は人の住めない灼熱の惑星になってしまう。

卵は一つのカゴに盛るな! Don't put eggs in one basket だ。

そうだ宇宙へ進出しよう! ということで、宇宙移民計画の推進を始めることになった。

ここまででが第一章。


読んでいてうわーっとなるわけです、舞台も登場人物も設定もバッチリ。なんで宇宙やねんという疑問は当然出るが、それはもうしょうがない。プロットも無理はあるけど面白そう。この舞台装置条で壮大な「ありえたかもしれない」宇宙開発史が展開される! と期待するわけです。


でも、読んでいくとちょっと様子が違いました。


無骨なタイトルに無骨な表紙、設定にはリアリティがあり、1950年代の科学技術をスタートに、実際に宇宙への移民が完了するまでの宇宙開発の歴史が壮大に、雄大に騙られるのかな、なんて思って読み始めるるのですが、そんなつもりで読んでいると肩透かしを食らう。

本作は、どちらかというと、エルマによる宇宙飛行士初めて物語であり、女性差別との戦いがメインテーマとなっていく。そうなのかー。

でも、最初はこの展開に物足りなさを感じるのだけど、だんだんこれが面白くなってくる。

人類が宇宙にコロニーを作って生活するのであれば、女性だって宇宙にいかなくてはならい。曰く「赤ちゃんは何処から来るとおもって?」ということから、エルマと仲間たちは宇宙飛行士を目指してあれこれ頑張るのだけど、社会の女性差別や、エルマ自身がうけた母からの言葉「人さまにどんな目で見られるとおもっているの?」に呪われて一筋縄ではいかない。

エルマは、根深い女性差別の世界で、女性でも男性と同じ事が出来ると頑張るが、なかなか打開出来ず苦しむ。

更に、自覚的に、無自覚的に、自分の中に存在する女性差別や区別、人種差別的な意識が顔をだしてしまう。それがまた彼女を苦しめる。

エルマは夫や同僚がドアを押さえてくれることを期待してしまうし、仕事を頑張ることで(女性がやるものとされている)家事が疎かになる事に後ろめたさを感じている。

黒人である相手への嫌悪感を感じたとき、それが相手に対する嫌悪なのか、黒人に対する嫌悪なのか自分で整理がつかず悩んだりもする。

このあたりのリアリティが、実際どうなのか、正直私には判断がつかないのだけど、実感として理解出来るものがあった。現在のBLMの根がどのようなところにあるのか、その一端を感じる事も出来たような気がする。

エルマの見せる心の弱さが、完全無欠の女を人間らしくし、エルマへの愛着を強くする。エルマ△(エルマさんかっけー)からエルマ頑張れーに変化したころには、もう作品のファンだ。


あー、面白かった。面白かったんですよ。

うん、良い作品です。

文章も読みやすく、理解に困る箇所はない。注釈なんて必要のない平坦さ。

SFを読んだことが無くても、宇宙に、ロケットに、科学技術に興味がなくても面白い。

エルマさえ気に入れば、とにかく先が気になる展開にページをたぐる手が止まらない。続刊がすでにあるときくと、もう、早く読みたくて仕方がない。それくらい魅力的な作品です。


でもね、やっぱりSF的物足りなさを感じることも確か!

ぜんぜん人類から危機感を感じないし、最終的にどんな宇宙拠点、コロニー、基地を作ろうとしているのか、度のためにはどんな科学的ブレイク・スルーが必要で、どうやってそれを乗り越えて実現に向かっていくのか、みたいな感じで、もっとSF要素を楽しみたかったという気持ちも拭えない。

次回作? 次回作はそうなっているのかな?


まぁとにかく、面白いです。オススメ!

原題は『The Calculating Stars』という。

1940〜50年代に誕生した「計算者」としてのコンピューターを扱った『ロケットガールの誕生』という本があるけど、まさにあの世界。

そこに『宇宙へ』と付けたのは、スケールが大きくなって良い題名じゃないかしらと。それに、作中のある人物の台詞からなんだけど、そこがなかなか良いシーンです。

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