見出し画像

『貧困と闘う知――教育、医療、金融、ガバナンス』

『貧困と闘う知――教育、医療、金融、ガバナンス』
(エステル・デュフロ)

経済学者による貧困研究ということで、興味をもち手にしたが、これがもう読むのが大変だった。なんというか、とても読みにくい。とはいえ、経済学の知識がなくても読み通せる内容ではあるし、興味のある分野だったので、必死に通読。

内容はとても良かった。頑張って読んで良かったと思える内容だった。

著者のエステル・デュフロは、早口言葉で有名なマサチューセッツ工科大学で貧困問題と開発経済学を担当する経済学者で、2019年に「世界の貧困を改善するための実験的アプローチに関する功績」でノーベル経済学賞を共同で受賞している。

本書は、低開発国における貧困の問題と、緩和へのアプローチについて、実証実験の結果を報告することで明らかにしてゆこうというもの。

アメリカで裕福なミュージシャン達が合唱してから35年たつが、貧困にあえぐ人々が大幅に減少したなんて話は聞かない。

インドやアフリカなど、経済的に発展段階にあり、貧困層の窮状が深刻な国々には、先進国の援助団体やボランティアによる様々な支援が行われているが、必ずしも成功しているとは言えない状況にある。

本書では、低開発国における経済発展に寄与するだろう「教育」と「健康」、そしてそういった国々で人々の自立を助けるであろう「マイクロクレジット」の効果的な導入や「汚職」の問題解決などをテーマに、大規模なランダム化比較試験(RCT)により得られた調査結果を元にどのような施策が有効なのかを明らかにしていく。

目次は以下の通り

第 I 部 人間開発
 第1章 教育――通わせるか、学ばせるか
 第2章 健康――行動と制度
第II部 自立政策
 第3章 マイクロファイナンスを問い直す
 第4章 ガバナンスと汚職

大きく2部構成。

第1部は、貧困からの脱出には経済成長が欠かせず、その経済成長を助けるには教育と健康が重要である、というコンセンサスに基づき、いかに子供への教育を浸透させるか、予防医療を浸透させるかについて、現状の調査と解決策の分析を行っている。

低開発国の貧困に対して、先進国の支援団体やボランティアがありとあらゆる努力をしている事は、メディアを通して知らされる事も多い。

教育に関して言えば、学校を立てよう、黒板とノートを贈ろう、教師を増やそう、子供達が学校に通えるよう、井戸を掘ろう、ランドセルを贈ろう等々。様々な善意が、人々を貧困から救い出そうと奮闘している。

しかし、こういった先進国からの援助や、国が政策としておこなう「教室や黒板など、同じものをどんどんと投入しよう」作戦は、思ったような効果を上げていない。

何故なのか。生徒も、生徒の親も、教師も、これだけでは教育へのモチベーションが生まれないからだ。

親は経済的なメリットが無いと信じているので子供を学校に送り出さないし、頑張って通った所で、学校ではやる気の無い教師が欠勤している為に授業が行われていなかったりする。

医療も同様だ。ワクチン接種をすすめようにも誰も受けに来ない。蚊帳を配っても使ってくれない。保険センターを建て看護師を置いても、予防医療に対する理解が無いため患者が誰も来ない。そんな状況だから看護師も出勤しない。悪循環。

実は、教育と健康が抱える問題は、簡単なインセンティブ施策で解決する事が明らかにされている。著者達によるRCTにより、インセンティブ施策による効果が有意であるとわかったのだ。

では、なぜスルスルと解決にすすまないのか。それは制度のパフォーマンスが悪い事が原因なのだが、そのあたりの問題提起をして本書の第1部は終わる。

第二部は、貧困層が自立するための制度について検討をする。

貧困層に居る多くの人々は、小さな商いでくらしているという。そこで、より多くの事業資金をクレジットで得ることで、より経済的に規模の大きい商い(本書ではプロジェクトといっている)が行えるようになり、経済的な自立が図れるようになるのではないか。だがしかし、貧困であるがゆえに担保を持たない貧民層は、高利貸し以外からの融資を受ける事が出来ない。そこで、グラミン銀行で有名なマイクロクレジットの役割が注目される。

あわせて、貧民層の自立を即すためには、汚職への対策が必要という。なぜならば、汚職とは、公務員が立場を悪用し個人的な特権を得る行為であるのだけど、それらの恩恵に預かるのは常に富裕層であり、貧困層は必ず被害者となるためである。

教育に、健康に、そして経済施策にと、何をなすべきかがわかったとしても、汚職と劣悪なガバナンスがそれを邪魔しては元も子もない。

汚職の対策として地方分権が有効とされているのだが、そうすると、地方政治で幅をきかせる男性達の力が強まってしまい、社会的弱者である女性や子供が被害にあってしまうかもしれないという問題があったりもする。

ということで、貧困問題は一朝一夕での解決などは無理であるし、たとえ道が有っても、その道が困難であることがよくわかってしまい、暗い気持ちになってしまう。しかし、冷静に分析をすすめることで必ず解決策を見つける事が出来るのだろうということもわかった事には希望がもてる。


本書を読んでいて意外に感じたのは、経済学では実証実験があまり行われてこなかったという事実。

本書ではしきりにランダム化比較試験(RCT)の有用性、効果を高調するのだけど、経済学の世界にRCTを持ち込んだのがエポックだったようで、ノーベル賞の受賞理由にも開発経済学にRCTを持ち込んだ功績が含まれているようだ。

RCTは、医療ではもちろんのこと、様々な分野で、それこそWEBサイトのクリエーティブの効果(ABテストと言われているやつ)や、広告のクリエーティブの効果を判定する際にも利用されるものなので、実証実験が必要な現場では規模の大小はあれど必ず行われているのだろうなと思っていただけに意外な気持ちになった。


この記事が参加している募集

#読書感想文

188,091件

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。