毎日読書#281 『猫を棄てる』(村上春樹)
以前 The New Yorker に掲載された記事「Abandoning a Cat」の(おそらく、もちろん本人によるものだろう)日本語訳が文藝春秋に掲載されていたが、それを書籍化したものだ。
父親との思い出が、特に父親が経験してきた戦争体験が、親子関係にどのような影響をあたえ、それが村上春樹の成長にどのような影響を与えたのか。そんなような事が感じられる随筆。
村上春樹は、小説からも随筆からも、家族の匂いがしない。かろうじて妻の存在が感じられる程度。
自分の事もすごく丁寧によりわけて書いている印象が強い。マラソンとウィスキーとジャズ、それにスワローズの情報以外に何かを書いている印象がないものね。たまに行われるネットでのファンとの交流企画で、自分の意見を突っ込んで話をする事もあるけど、両親や親戚に触れるなんてことは無かったのではないかしら。
今回は、両親や親戚について「個人的」な話が沢山出てくる。純粋に村上春樹ファンということであれば、もう、それだけでゴハンがいけるような内容だと思う。
でも、それだけで片づけられるのももったいないなと思う。本書、いくつか読み方があると思っていて。私は、村上春樹の父親の世代、大正に生まれ、動乱に巻き込まれ続けた世代の、心のありようを感じさせる随筆として読んだ。しかも、村上春樹の練りに練られた文章でだ。
サリンジャーなんかは、戦争体験のトラウマが小説を書く原動力になってるようだったけど、村上春樹はそういったものから距離を取り続けて小説作品を作ってきた作家だと感じていて、そう感じた理由の片鱗を本作にみた。
短い作品なので1時間もかからず読めると思います。なんとも言えない面白さがあるので、アンチ村上春樹の方も手に取ってみたらいかがでしょう。
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