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日本発のサイエンスノンフィクションとしては傑出している『アルツハイマー征服』(下山進)

ほぼ毎日読書をし、ほぼ毎日「読書ログ」を書いています。454冊目。

アルツハイマー病とは、進行性の神経疾患で発症すると脳が徐々に萎縮してゆき、その機能が失われていく病気だ。認知症の原因の6割から7割を占めるとされていて、進行が進むと思考や記憶の機能が徐々に損なわれ、最終的に早期の死亡に繋がってしまう病気である。

病状は徐々に現れ、時間がたつにつれ深刻になっていく。最初は、もの忘れが増える、簡単な計算が出来なくなる、道に迷ってしまう、といった軽い症状から始まるのだが、進行が進むと記憶や見当識、学習の能力が失われはじめるなど他者の目からも明らかにそれとわかる病状が出る。そして、日常生活に支障を来すようになり、最終的には大脳皮質の機能が完全に失われてしまうことで何もすることが出来なくなり死に至る。

罹患した本人の恐怖たるや想像を絶するが、周りの負担も非常に高いのがこの病気の特徴だそう。患者は、徐々に家族や鏡に映る自分のことがわからなくなる、記憶も人格も失われる、そして問題行動が繰り返されるようになる。こういった症状は、介護(多くは患者の家族による)の負荷が高い事もあるが、それ以上に、患者を知るものに深い心の傷をもたらす。

認知症というくくりにされているし、多くは65歳以降の発症ということもあって老人のかかる病気というイメージもあるかもしれないが、数パーセントと低い割合だが、40代といった若年でも発症する事が知られていて、その多くは遺伝要因で発症する家族性のアルツハイマー病だという。

本書でも詳しく紹介されているのだけど、この遺伝要因の患者とその家族の話はとても深刻だ。両親のどちらかがその因子を持つ場合、子に50パーセントの確率で遺伝してしまう。そうなると、自らの将来に対する不安も然る事ながら、そういった一族であると自覚したそのときから、結婚や出産の自由が失われてしまう事もある。

当事者ではない私としては、患者さんやその家族の苦悩というものは、間接的にしか知らなかったのだけど、本書を読み、その実態に強いショックを受けた。知れば知るほど辛く悲しい病気だなと思う。もし自分が罹ったとしたら、もし家族が罹ってしまったら、想像するだけで悲しい。こんなに悲しい思いをしている人が、世界で数千万人も居る。

本書は、アルツハイマー病と戦ってきた&今現在も戦っている研究者、医者、患者、そしてその家族の物語なのだけど、そういった一線で努力を重ねる研究者には、家族の罹患を強いモチベーションにして取り組んでいるかたが多い。そういったエピソードが詳しく紹介されていて、その一つ一つのエピソードすべてに心打たれる。

本書、本当に面白い。病気を取り上げたものを指して面白いと言うのも気が引けるのだけど、本当に面白くて、悲しくて、辛くて、でも明るい未来を期待させてくれて、夢中になって読むことができた。

サイエンスノンフィクションとして非常にレベルが高く、かつ面白い。日本にもこんなレベルのノンフィクションが出てきた事に素直に喜んでしまう。サイモン・シンなどが好きな方ならば、十分に満足できる内容だと思う。正直なところ、著者の前作である「2050年のメディア」にはがっかりしていたので、本作にも期待して居なかったのだけど、読み始めたら夢中になって最後まで一気に読んでしまった。

おすすめです。

アルツハイマー病には未だ不治の病なのか? どうやら今この瞬間、歴史が変わろうとしているようです。本書帯にもあるとおり、根本治療薬と目される「アデュカヌマブ」のFDA承認が進んでおり、現時点の予定では6月7日に結果がわかるそうだ。

無事承認されても薬科が高い(100万近くになるのではと書かれている)など課題はあるようだけど、効果が望めるとなれば、とてつもなく多くの人の人生を救う事になる。なにせ、患者本人に加え、介護の負担もとてつもない病気だ、そういった介護のコストを考えれば、健康保険でカバーしても社会全体ではペイするだろう。

それに、家族性アルツハイマー病に悩む方には、自分の将来を照らす希望となる。安心して結婚し、自分の子供を残すことが出来るようになる未来が手に入る事になる。今まさに自らや子供の発症の恐怖や不安を抱える方には、これ以上ない安心になる。

ちなみに、この「アデュカヌマブ」は、日本のエーザイ株式会社とアメリカのバイオジェンの共同名義になっているが、その経緯も本書に詳しく、それもまた非常にドラマチックで面白いので是非読んでみて。創薬ビジネスの世界のえげつなさたるや。

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