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私的推薦盤~Brian Bromberg『Wood』

 今やメジャーリーグでは大谷選手の「二刀流」が大旋風を巻き起こしている。いやはや才能ある若者が海外で躍動する姿を見るのは頼もしく思うやら、自分の不甲斐なさ、若い頃の怠慢ぶりを呪いたいやらで、素直にすごいと驚嘆しつつもあの姿がまぶしすぎてしまうわけである。そもそも二つのこと(あるいはもっとたくさんのこと)を高いレベルでできてしまうというのはどういうことなんだろうかと思ってしまう。自分なんか1つのことだって満足にできていないというのに。まぁ才能はもちろんのことだけど、それにまさる努力の賜物なんだろうな。うん、このオッさん、今まで楽に生き過ぎてきたな。
 というわけで、今回は音楽畑で2つのことを異次元のレベルでやっちゃう人のご紹介。知っている人は知っている、Brian Bromberg(ブライアン・ブロンバーグ)である。この人、なかなかの変態である。まずウッドベースがすごい。私はこっちの方で最初知った。初めて知ったのは『Portrait of Jaco』(2002)が発売されたときなのだが、この頃はまだウッドベースの良さがよくわからなくて、ちょっとスルーしてしまっていたのだ。
 そんな私がどうしてウッドベースを受け入れられるようになったのかは自分でもよくわからない。あるとき突然ウッドベースがかっこよく、そして響きもなんか心地よくなってきたのである。そんなときに出会ったのが『Wood』(2002)だった。

 まぁなんというかとにかく超絶だ。オーソドックスなジャズ(例えばピアノトリオ)だけを想像していたのだが、ちょっと違う雰囲気のものもある。例えば「Come Together」なんかソロベースでやってしまうのだ。つまりウッドベース1本。ありえねぇ。だが聴かせてしまう。とにかくすごい。弦が指板にバッチバチ当たる音がすごい。まさに木の音を聴かされる感じだ。CDの帯に書いてあった文言もうなづける。「プロのベースプレイヤーですが、これを聴いたら1週間膝を抱えてしまいました」(正確な文言は忘れたが、ほぼこんな感じだった)というのだ。そりゃそうだ、これを聴かされたら凹むわな、膝抱えるってもんだ。他の曲は概ねピアノトリオ編成なのだが、まぁベースが前に出てくること出てくること。とにかくすごい。ちなみにこれの続編的なものとして『Wood 2』(2005)もある。

 このおじさんのすごいところはもう一つある。つまり、最初に触れた「二刀流」なのだ。何と何の二刀流かというと、ウッドとエレキ(ベース)
の二刀流なのだ。「そんな人いっぱいいるじゃん」というブーイングの嵐だろうな。そうだね、その通り。両方弾く人はいる。Stanley Clarkeなんかはその代表格だということはわかる。日本人だってたくさんいる。納浩一もウッド寄りだけど、エレキも弾く。だがBrombergはちょっと変態なのだ。『Bass Ackwards』(アメリカでは『Metal』というタイトルだったみたい)というアルバムを聴いたらぶっ飛んだ。エレキがギンギンなのだが、ギターは使っていない。つまり、ピッコロベースも1人で弾いちゃって、多重録音になっているわけだ。だからCDには但し書きがつく。「このアルバムではギターは使われておりません」だって。何やってんだこのオッさん。同じくオッさんの私、腰抜かしちゃったじゃないか。2010年にはジミヘンに捧げる『Plays Jimi Hendrix』を出して、やっぱエレキベースを弾きまくっちゃってる。やれやれ……。

 要は、ウッドでもエレキでも超絶技巧派なわけだ。だから二刀流。うん、別に間違っていないと思う。ウッドだけのアルバムもあればエレキだけのアルバムもある。一枚のアルバムの中で共存させるのではなくて、どっちかで1枚作っちゃうんだから、そりゃぁすごいってわけでしょ。アルバムごとに使う楽器をわけるっていう人、そんなにいるもんかな。もちろん、テクのことばっかり言ってきたが、選曲だってなかなか渋い。『Wood』に収録されている「Dolphine Dance」や「酒とバラの日々」なんてジーンときちゃうわけですわ。それにしても、最近のBrombergのアルバムはちょっと追いかけるのをサボっていたけど、どうなのかな。私的にはこの『Wood』が何と言っても一番である。ちなみに『Hands: Solo Acoustic Bass』(2009)はちょっとやりすぎちゃった感が強い。
 ちなみに神保彰とのプロジェクト「Brombo!」というものがあって、それで3枚アルバムを出している(最後の「!」の数がリリースした順番の数と一致するという小粋なことをやっている)。実は私の耳をBrombergに向けさせるきっかけとなったのはこちらの方なのだ。こちらもぜひおすすめなのだが、こっちはどちらかといえばウッドベースだけでやっている感じだ(3枚目でようやくエレキを使ったから)。やっぱり超絶技巧派の人は超絶技巧派を呼ぶんだね。

 神保彰を紹介した時にも触れたが、私は仕事で神保氏に会ったことがあって、その時に持っているCDにすべてサインをしてもらった。その中には当然Bromboもあったわけで、ちょうど2枚目が出ていた時のことだった。それから割とすぐにタワレコのインストアイベントで、Brombergのインストアライブがあったので、神保彰のサイン入りCDを持っていったら、喜んでその隣にサインしてくれたが、それでは終わらず、私が帰ろうとしたときに呼び止められて、10分間くらい談笑できた。私はほんのちょっとだけ英語がわかるんで(ほんのちょっと、というのは謙遜ではない)、10分くらいお話ししたかな。でも今となっては何を話したか覚えていない。まぁ、中身のない会話だったことは確かだ。ほんと、「日本でうまいコーヒーを飲める店があったら教えてくれ」っていう程度のことである。その辺りは普通のオッさんのようだった。「連絡をくれれば連れていくよ」と言って電話番号も教えたのだが、ついぞかかってくることはなかった。ま、そりゃそうか。

 インストアライブでは「エレクトリック・アップライト・ベース」を使っていた(コントラバスのエレキバージョンみたいなもの)。ライブに行けたことがないので、私自身、生でBrombergのウッドベースの音を聴いたことがない。いつか聴いてみたいものだ。そしてあわよくば、エレキの方も聴けたらと思うのだが、彼はライブも結構きっちり区別しているみたいで、そんなにきっちり区別しなくたっていいのにね。大谷君だってピッチャーやりながらバッターボックスに立つわけだからさ……。


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