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土着への処方箋——ルチャ・リブロの司書席から⑦

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしい。そんな心の刺をこっそり打ち明けてみませんか。

この相談室ではあなたのお悩みにぴったりな本を、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を開く本のプロ、司書・青木海青子さんとキュレーター・青木真兵さんが処方してくれます。さて、今月のお悩みは……?

〈今月のお悩み〉自分を語る言葉が見つからない
こんにちは。私はアートコーディネーターや編集者の仕事をしてきたせいか、他者の魅力や長所を見つけたり、「あなたの企画をよりよく見せるために、こうしてはどうだろう?」とアドバイスしたりするのが得意です。
それなのに、自分のこととなると、状況は一変。どこがアピールポイントなのか思いつかず、しどろもどろになってしまいます。
SNSで「自分の世界」を発信し、新たな人脈や関係性を築いていく時代なのに、SNSでの発信にも躊躇してしまうので、人に会えないコロナ禍、孤独感や急に苛まれることも。
「自分の世界」や自らのことを語りたい気持ちはあるのに、自分のことが自分でわかりません。どうすれば自分を語る言葉を持つことができるのでしょうか?                     (M・O/40代女性)

◉処方書その1 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

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「われはうたえどもやぶれかぶれ」

『蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ』室生犀星著 久保忠夫解説 講談社文芸文庫

包み隠さず、全部出してみる

「われはうたえどもやぶれかぶれ」は、金沢出身の詩人で小説家、室生犀星の壮絶なガン闘病記です。金沢に住んだこともある私にとって、室生犀星といえば、慈しみにあふれた美しい詩を詠む人という印象でした。だからこの作品を読み始めたときは、「これ、読んでいいのかな」と思わず躊躇ってしまいました。
ずっと美しい言葉を紡いできたあの室生犀星が、始終しびんや尿道カテーテルとともにある苦しみを赤裸々に綴っている。「残尿が描く尿意のはたらきは残酷に私をあやつり、殆ど何分も経たないあいだに同じ所作を反芻しなければならなかった」というような日々の描写が続き、すごく切実で、つらいんです。こんな側面を見てしまっていいのかしら、本人は見られて嫌じゃないのかしら、と気になりつつも、そういうところまで書き残そうとした犀星はやっぱりすごいな、と感じました。

自分を語るとき、「これは表に出してもいい」とか「これは出せない」なんて考えず、のたうち回る姿や、自分でも情けなくなるようなところも包み隠さず出してみることによって、自分の本当の姿が立ち現れてくるのだ——この作品を読んで、そう思ったんです。

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あなたはこれまで、他人のすてきな面をたくさん紹介してきたのでしょう。つまり、「この部分は外に紹介したほうがいい」「この部分はやめておこう」という取捨選択を、ずっとしてきたのだと思います。もしかしたら、それをそのまま自分を紹介する際にも当てはめようとして、うまく出てこなくなってしまっているのかもしれません。
闘病に直面した犀星が、詩人としての自らを賭けて、あらゆるつらさや弱みを出し切ったように、あなたも無意識のうちに行っている取捨選択をいったんやめ、すべてを出してみてはいかがでしょうか。そういうショック療法のような手段から、立ち現れてくるものもあるのではないかと思います。

私はこの作品を読んで、闘病に真正面から向き合った室生犀星に、改めて感動を覚えました。その後調べてみると、犀星は本作を含め、晩年まで数多くの作品を世に送り続けていました。自分に起きているすべてを描き切ったことで、彼の言葉はさらに美しく、骨太なものになったようにさえ感じたのです。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000167627

◉処方箋その2 青木真兵/人文系私設図書館ルチャ・リブロキュレーター

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『方丈記』

鴨長明著 蜂飼耳訳 光文社古典新訳文庫

出さなくても滲み出てしまう「自分」

鎌倉時代の歌人である鴨長明の『方丈記』といえば、日本中世を代表するエッセイです。
あなたの「自分を語る言葉がない」というお悩み、実はぼくはいまいち理解できませんでした(すみません)。というのも、「自分を語る」上での「自分」とはそもそもどんなものなのだろう、と考え込んでしまったからです。最近思っているのは、「自分」とは純粋でかけがえのない存在ではなく、生きた時代や周りの環境のことなのではないか、ということです。

鴨長明がこの作品で書いているのは、自分自身のことではありません。自分がそれまで見てきた社会のこと、災害のこと、人々のことについて、感じたことを書いているだけです。災害の多かった時代、せっかく建てた家もコツコツ貯めた財産も、一度災害が起きれば失われてしまう。人間とは、かくもはかない存在なのだ——こうして、無常のあふれる作品として、後世に語られるようになった。でも本人としては、自分の気持ちを前面には出したわけではなく、見てきたもの、生きてきた時代を描いた結果、無常だと言われただけなのではないか。

鴨長明は京都の街から少し離れた山の上に庵を建てました。京都の中からではなく、外の視点で描かれた『方丈記』には、彼がどこにいて、どういう心境なのかが、自ずと滲み出てきているのを感じます。

「これが自分の言葉だ」と意識するのではなく、まずは目に映るものをそのまま書く。その中に、自然と自分自身が投影されていることがよくわかる作品だと思います。

もう一つこの作品でおもしろかったのが、鴨長明のどっちつかず感です。出家し、俗世から足を洗ったと言ってはいるのですが、書かれていることが俗世のことばかり。さぞ未練があったんだろうなあ、と(笑)。
つまり、「自分」の言葉って当てにならないんです。出家し、山の上の庵で暮らしていると言いながら、口をついて出てくるのは俗世のことばかりとなれば、そっちのほうが「自分」なのでは、と思っちゃう。正直に書けばそこに自ずと自分が出てきてしまうし、それは決して求めているものとは限らないぞ、ということも付け加えておきたいです。

◉処方箋その3 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

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『家をせおって歩いた』

村上慧著 夕書房

極限で紡がれる言葉

自分を正直に出す、正直に書くにはどうしたらいいのか。
そのお手本として、現代美術作家・村上慧さんの日記『家をせおって歩いた』をご紹介したいと思います。村上さんは、現代の移動する鴨長明とも言える人で、発泡スチロールの小さな白い家を担ぎ、日本全国を移動しながら生活するプロジェクトを行っています。

本書はその1年間の日記なのですが、ここで重要なのは、村上さんが自分の身体で家をせおい、自分の足で道を歩いて、自分の目で見て、手で触れて、感じたことを書いているということです。かなりの重さがある家を担いで歩くのですから、身体はすごく疲れるはずです。「僕は自分が弱い人間なのを知っているから、わざと家を分解できないようにつくった。歩くしかない、動くしかない環境に自分を放り投げる。そうすることでたくさんの発見があった」との一文が象徴的です。そういう中で紡がれる言葉は、無駄なものが削ぎ落とされ、飾らず正直になっていくように思います。

すばらしいものに出会うと「良い」と一言書かれているのも印象的です。すごくシンプルですが、3.11で被災した街を含むざまざまな土地を歩く中で出た「良い」には重みがあって、胸を打ちます。
自分の身体をヘトヘトになるところまで動かした先に出てくるのは、嘘やポーズのない、自分を語る言葉になるのではないか。そしてそれこそが人の心を打つのではないか——この本を読んで、そう感じました。

以前、本連載でご紹介した漫画『花よりも花の如く15』に出てきたシオちゃんも、四国八十八ヶ所の巡礼で身体が消耗するうちに、ようやく素直な自分の気持ちが出せていましたよね。
村上さんもシオちゃんも、自ら意識的に身体を追い込んでいくことによって、その言葉や思考から無駄なものが削ぎ落とされていき、自らの核となる部分が出てきたのではないかと思います。
そしてそれが当人にとっては、そのとき必要なことだった。そうでもしないことには、出てこなかったのだろうという切実が説得力を持って伝わってくるのです。

奇しくも私たちが心身の調子を崩し、オムライスラヂオで自らの言葉を発信し始めたのも、村上さんが歩き始めたのと同じ2014年でした。自らを突き動かす切実さに、耳を傾けてみるのがはじめの一歩かもしれません。

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〈プロフィール〉
人文系私設図書館ルチャ・リブロ 
青木海青子(あおき・みあこ)
「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」司書。1985年兵庫県神戸市生まれ。約7年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともにルチャ・リブロを開設。2016年より図書館を営むかたわら、「Aokimiako」の屋号での刺繍等によるアクセサリーや雑貨製作、イラスト制作も行っている。本連載の写真も担当。奈良県東吉野村在住。
青木真兵(あおき・しんぺい)
「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。1983年生まれ。埼玉県浦和市に育つ。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。関西大学大学院博士課程後期課程修了。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信がライフワーク。障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務める。著書に妻・海青子との共著『彼岸の図書館—ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』(エイチアンドエスカンパニー)がある。奈良県東吉野村在住。

◉本連載は、毎月1回、10日頃更新予定です。

◉ルチャ・リブロのお2人の「本による処方箋」がほしい方は、お悩みをメールで info@sekishobo.com までどうぞお気軽にお送りください! お待ちしております。

◉奈良県大和郡山市の書店「とほん」とのコラボ企画「ルチャとほん往復書簡—手紙のお返事を、3冊の本で。」も実施中。あなたからのお手紙へのお返事として、ルチャ・リブロが選んだ本3冊が届きます。ぜひご利用ください。

◉ルチャ・リブロのことがよくわかる以下の書籍もぜひ。『彼岸の図書館』をお求めの方には青木夫妻がコロナ禍におすすめする本について語る対談を収録した「夕書房通信」が、『山學ノオト』には青木真兵さんの連載が掲載された「H.A.Bノ冊子」が無料でついてきますよ!


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