新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
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土着への処方箋——ルチャ・リブロの司書席から①

些細な出来事に違和感を感じたり、これはどう考えればいいのだろう、と立ち止まってしまうことは、ありませんか?
誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしい。
ここは、そんな心の刺を打ち明ける相談室です。

回答者は、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を開くキュレーター・青木真兵さんと司書・青木海青子さん。
本のプロである2人が、山村にたたずむ「彼岸の図書館」の閲覧室に並ぶ2000冊を超える人文系の図書の中から、あなたのお悩みにぴったりな3冊を処方します。さて、今日のお悩みは……?

〈今日のお悩み〉 コロナ禍でリアル会議、どうする?
コロナ禍での生活にも慣れ、自分なりに前向きに対処できるようになってきていたのですが、ある些細なことから他人と自分の感覚の間にズレを感じ、モヤモヤしています。
緊急事態宣言以降、在宅勤務が中心となりましたが、あるとき遠方で開催される会議に出席することになりました。
感染者数もかなり減ってきていた時期で、対面が必要な重要な会議だと思ったので私自身は参加するつもりでいたのですが、参加者の1人が「オンラインで参加させてほしい」と言ったことで、モヤモヤが始まりました。
感染の拡大防止のため移動は基本控えるべきですし、敏感になる気持ちもわかります。でも、電車に乗れば必ずうつるわけではないし、駅で働いている人もいる。何より、日々感染者と接触しながら治療に当たっている医療従事者の方たちに、「オンラインで治療」の選択肢はありません。
リスクの感じ方は人それぞれで、仕事の優先度も人によって違うからなんとも言いがたいのですが、一抹のモヤモヤは残りました。
どこかで似た感じを得たことがあると記憶を辿ってみたら、思い出したのは3.11後の関東住民の避難問題でした。東京の人たちが放射能被害を恐れて沖縄や九州に移住していたのを眺めながら感じていたのと、これはほぼ同じモヤモヤな気がします。
非難することも賛同することもできず、ただその人の「選択」であると認識することしかできないけれど、心の奥には誰にも言えない「はてな」が、モヤモヤを抱くことへの罪悪感とともに溜まっていく……。
こういうとき、どう考えたらいいのでしょう? 本の中にヒントが見つけられたら、楽になれそうです。           (M・M/30代女性)

◉処方書その1 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

お悩み1_ぼくはくまのままでいたかったのにのコピー

『ぼくはくまのままでいたかったのに』

イエルク・シュタイナー文、イエルク・ミュラー絵、あおしまかおり訳、ほるぷ出版

正しさを同じ土台に載せない

主人公のくまくんが森で冬眠している間に、人間が森の木を切って工場を建ててしまった。目を覚ましたくまくんが穴から出ると、目の前は工場に。驚くくまくんに、工場長は「なんだ君は、ひげも剃らずに。ちゃんと働きなさい」と言う。「ぼくはクマなんですけど」と訴えてもまったく通じない。くまくんはひげを剃らされ、つなぎを着せられ、労働に従事させられてしまいます。
私は子どもの頃、「やりたくないことをやらされてかわいそう」と、くまくんのほうに感情移入していました。でも今読むと、くまくんの言うことも工場長の言うことも、両方正しいのではないかと思ってしまうのです。くまくんからすれば、クマの自分がなぜひげを剃って人間の工場で労働しなくちゃいけないんだ、というのは当然です。でも工場の労働者としては、ちゃんとひげを剃って働くのは正しいことなのです。

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この絵本ではクマと人間という極端に違う存在で対比的に描かれていますが、もしかしたら同じ人間同士でも、これぐらいの違いがあるのかもしれません。私は人間関係でもやもやしたとき、この絵本を思い出しては、「もしかしたら自分がクマで相手が工場長なのかも」と考えてみるようにしています。お互いの見えている世界がそれぐらい違うとしたら、意見が合わないのは当たり前だ、と少し気が楽になります。
あなたの「対策をして出かければいいのではないか」という気持ちもわかるし、仕事相手の「電車に乗るのが怖いからオンラインで済ませたい」という気持ちもわかる。どちらも正しいだけに、同じ土台に載せると正しさがぶつかってしまう。だからもやもやするんですよね。自分の正しさを相手に適用するのは、工場長がクマにひげを剃らせるのと同じことなのかもしれません。もはや自分と相手はクマと人間ぐらい違うんだ、と考えてみると、気持ちがぐっと楽になるし、新たな視点で相手のことを見られるようになるのではないでしょうか。

処方箋その2 青木真兵/人文系私設図書館ルチャ・リブロキュレーター

お悩み1_菊と刀のコピー

『菊と刀』

ルース・ベネディクト著、長谷川松治訳、講談社学術文庫

他人の行動へのモヤモヤこそ、人間理解への鍵

第二次世界大戦中のアメリカの戦時情報局による日本研究をもとに執筆された、のちの日本人研究の元になった本です。文化人類学者のルース・ベネディクトは、資料を網羅的にあたることで、敵国民である日本人の行動様式をアメリカにいながらにして分析しようとしています。
この本はいろんな意味で非常におもしろいのですが、今回のお便りで僕がまず注目したのは、「対面が必要な重要な会議」という箇所です。つまり、あなたにとってこの会議は、多少の犠牲は払ってもいいくらい大事なものだった。でも相手にとってはそこまでではなかったかもしれない。優先順位、大事にしているものがあなたとその人とでは違った。そこにもやもやの一因がある。とはいえ、あなただって別の仕事の場合には違う選択をしたかもしれない。つまり、前提が違えば選択は異なる、ということなのです。

菊と刀』が執筆されたのは、第二次世界大戦の最中です。日本とアメリカはいずれも戦時下という同じ社会状況にありました。アメリカ人にとって、「戦争に勝利すること」はあくまで仕事でした。命のほうが重要で、そのうえで仕事をこなしていた。でも日本人はそうじゃなかった。特攻に代表されるように、多くの日本人は「お国のために」死を厭うことなく戦地に向かっていた。アメリカ人にはまったく理解できない思考回路です。でもそれを「意味不明だ」と退けずに、「なぜそんなふうに考えるのだろう」と分析したのが、本書なのです。
実は文化人類学の分野では、この本は長らく批判の対象でした。主な批判は二つ。一つは、図式的に過ぎるという批判です。たとえばベネディクトは、日本を「恥の文化」、欧米を「罪の文化」と規定し、日本人の行動は恥をかかないとか、人に恥をかかせるといった「恥」を基準にした道徳律に基づいていると論じている。でも日本人だからといって、全員が「恥の文化」で生きているわけではないし、細かく見ていけばいろいろな要素がもちろんある。実際の日本人を知る人が読むと「そんなことはない」となってしまうんですね。僕は個人的には、ベネディクトの図式は大枠としては合っているし、日本人にはその傾向があると思いますが。

もう一つは、ベネディクトが日本に行かずに日本のことを書いている、という批判です。アメリカ在住の日本人へのインタビューは行っているものの、ベネディクトは一度も日本に行ったことがありません。文化人類学の前提は、フィールドワークです。だからベネディクトにしろ、『金枝篇』のジェームズ・フレイザーにしろ、フィールドワークをしない学者はとことん批判される。
でも相手と同じ経験をしなくては、相手の考えはまったくわからないのでしょうか? 決してそうではないと、僕は思います。相手の立場に立ち、その人の残した言葉や行動を丁寧に分析していけば、相手の考えをある程度理解することはできるのではないか。『菊と刀』にはそんなメッセージも読み取れるのです。

アメリカ人のルース・ベネディクトにとって、日本は敵国であって、日本人のわけのわからない行動は本来、自分たちにダメージを与えるものでしかなかったはずです。しかし敵の行動を分析するというミッションが与えられたことで、日本人の理解しがたい行動の一つひとつが、彼らの思考回路を知るための重要なサンプルになった。それまでマイナスでしかなかった日本人の「変な行動」が、ベネディクトにとってはプラスに転じたのです。
この考え方は、僕らの日常にも応用できるのではないでしょうか。この状況でなぜあの人はあんなふるまいをするんだろう? ともやもやしたときには、自分の中の人間の行動様式のサンプルが一つ増えたとポジティブに捉えて、そのふるまいを分析してみるのです。相手がなぜそう行動するのかをその立場になって考えてみると、また違った世界が見えてくるかもしれません。

処方箋・その3 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

お悩み1_アンダルシア姫

『アンダルシア姫1~3』

ますむらひろし作、学習研究社(品切)

リスクを避けようとする気持ちの背後には

スペインのアンダルシア地方に来た画家志望の青年「時蔵」と、古城に暮らす不思議な力を持つ少女「オリベ姫」の物語です。オリベ姫に出会った時蔵が巻き込まれる形で不思議な事件を解決していくのですが、今回注目したいのは第3巻の最終章、ペルーのインカ帝国の亡霊が現代のスペインによみがえってくる場面です。
インカ帝国は、16世紀にスペインのピサロ隊に征服され、辛酸をなめました。彼らの亡霊とともに現れるのが、「無神経の優越感でできた見えない剣」です。この剣、普段は目に見えないけれど、実はほとんどの人が持っているようなんです。それが、オリベ姫の不思議な力によって可視化される。キラキラした剣を携えている人もいれば、ぼんやりした剣の人もいる。持っていない人もごくたまにいます。

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あなたは、新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる違和感と、東日本大震災をめぐる違和感がつながっているように感じると書いていましたね。そこにはこの「剣」が関係しているかもしれません。
福島第一原発事故が起きたとき、放射能被害を恐れて西日本へ一時避難したり、移住した東京の人たちに抱いた違和感。それは、福島をはじめとする原発を維持する地域に長年当然のようにリスクを負わせながら、そのリスクが東京に住む自分に少しでも及びそうになると、すっと回避しようとする――そのことへの違和感なのではないでしょうか。
もちろん、避けられるものならリスクは避けたほうがいい。でも私はあのとき、自分は福島の人たちにそんなリスクを負わせ続けていた事実を考えたこともなかった自分に愕然としました。原発が事故を起こしたらどうなるのかを真剣に考えてこなかったのは、どこかで「自分には危険が及ばないから」と他人事のように思っていたからではないか。私自身も「無神経の優越感でできた見えない剣」を携えていたのです。

インカ帝国を滅ぼしたスペイン人たちが、他人の土地にいきなり入ってきてそこに住む人たちにあそこまでひどいことができたのも、彼らが「剣」を持っていたからです。何も知らない未開の人々に教えてあげるんだ、という気持ちが彼らをああした残虐な行為へと駆り立てた。作品中、オリベ姫が「アジアをうろつく日本人がよく振り回している剣だよ」と説明していて、グサッときます。
よみがえったインカの亡霊たちはその後、かつて自分たちが負わされたものを現代のスペイン人たちに負わせようとします。重労働を課したり、「僕らも僕らの神を燃やせと言われたんだ」と、十字架を燃やすよう迫ったり。
似たようなことは、世界の各地で起きてきましたよね。アメリカでは開拓者たちがインディオに対して、日本ではアイヌの人たちに対して似たようなことをしている。同じ人間なのになぜ「無神経な優越感の剣」を振りかざし、そんな残酷なことができたのか。ますむらひろしさんはこの作品で、それは「模様を感じられなくなったから」だと語っています。

「模様」とは、大地から湧き上がってくるその土地ならではの風土や伝統のことです。人間はもともと土地に根を張ることで大地から湧き上がるものを感じてきたけれど、土から離れてしまったせいで、「模様」が感じられなくなったのだ、と。インカの文様もアイヌの刺繍も、大地から湧き上がってきた形ですよね。でも土地の模様を感じることのできない人にとっては、それらは何の価値もないものです。何が大事なんだ、そんなもの、となってしまう。土地に根を張ると、土地から得られるメリットも大きい反面、土地に対する責任も負う必要が出てきます。それらをすべて受け止めなくてはならないのは、ある意味で非効率的なことでしょう。
「俺たちの文明は、模様を引きちぎることでしか進めないのか」という時蔵のセリフが心に残っています。放射能のリスクを避けて東京から離れたとして、移った先で問題が起きれば、また移るのでしょうか。私たちも「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」で土着人類学研究会を開いていますが、やはり今私たちは「土着」に立ち戻る必要があるのではないでしょうか。もう一度、土地の「模様」を感じることができるように。

お悩み1_全体のコピー

〈プロフィール〉
人文系私設図書館ルチャ・リブロ 
青木真兵
(あおき・しんぺい)
「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。1983年生まれ。埼玉県浦和市に育つ。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。関西大学大学院博士課程後期課程修了。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信がライフワーク。障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務める。著書に妻・海青子との共著『彼岸の図書館—ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』(エイチアンドエスカンパニー)がある。奈良県東吉野村在住。
青木海青子(あおき・みあこ)
「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」司書。1985年兵庫県神戸市生まれ。約7年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともにルチャ・リブロを開設。2016年より図書館を営むかたわら、「Aokimiako」の屋号での刺繍等によるアクセサリーや雑貨製作、イラスト制作も行っている。本連載の写真も担当。奈良県東吉野村在住。

◉本連載は、毎月15日更新予定です。

◉ルチャ・リブロのお2人の「本による処方箋」がほしい方は、お悩みをメールで info@sekishobo.com までどうぞお気軽にお送りください! お待ちしております。

◉そのほか、奈良県大和郡山市の書店「とほん」とのコラボ企画「ルチャとほん往復書簡—手紙のお返事を、3冊の本で。」も実施中。あなたからのお手紙へのお返事として、ルチャ・リブロが選んだ本3冊が届きます。ぜひご利用ください。


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茨城県つくば市を本拠地とするひとり出版社。2017年より人文・芸術書を中心に刊行しています。こちらには連載や新刊にまつわるエッセイ、イベントレポートを掲載します。https://www.sekishobo.com/

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