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<灯台紀行 旅日誌>2020年度版

<灯台紀行・旅日誌>2020年度 愛知編#13
伊良湖岬灯台撮影4~ホテル
 
灯台に到着した。まだうす暗かった。灯台の目がときどき光っていた。とはいえ、朝日が見えない以上、気合が入らない。おざなりな感じで、シャッターを押した。それでも一応、撮影ポイントはすべて回った。東側の石畳の道、石塀の上、波消し石の上にも立った。ただ、西側の波消し石の上では、ちょっとした不注意で、尻もちをついた。飛び歩きした際、下の波消し石が濡れていたのだ。そこに勢いよく足をおろしたものだから、まるで絵に描いたように、すってんころりん。幸い、怪我もせず、カメラも無事だった。おそらく、カメラを持っている状態で転ぶのは、これが初めてだろう。常々、転んだら一巻の終わり、と自分を戒めていたのだ。とくに、高価なカメラを買ってからは、最大限の注意を払っていた。にもかかわらず、この体たらくだ。
身体もカメラも無事だったからいいではないか、とは思えなかった。そういう問題じゃない。カメラを破損したら、撮影旅行は即中止。それに、石の角に頭でもぶつけて、意識でも失ったら、この時間帯、誰にも発見されず、助かる命も助からない。あるいは、足の骨でも折ったら、車の運転もできない。400キロの道のりを、どうやって、骨壺の中で待っている、ニャンコがいる自宅に戻ればいいんだ。
 
とはいえ、一方では、この朝の椿事を、冷静に分析した。昨日来の、波消し石の飛び歩き、階段の上り下りで疲労がたまっている。いわゆる、足にキテいる。それに、早朝、頭と体が、まだ目覚めていなかった。不注意は、たんなる不注意ではなく、ある意味、必然だった。くわばら、くらばら。
 
西側の石塀の上に戻った。夜が完全に明けて、白けた感じだった。加えて、曇り空だから、風景に色合いがなく、写真的には、撮ってもしょうがない感じだった。だが、何枚かは撮った。最後に、山側の階段に登って、灯台を撮った。朝っぱらの曇り空が背景だ。ごくろうさん!まったくもって、写真にならない。すぐに階段を下りた。無駄足だった。だが、無駄骨だとは思わなかった。曇り空でも、来ないわけには行かなかったろう。後悔するよりはましだ。
 
石畳の道を、右手に恋路ヶ浜を見ながら、駐車場へと戻った。夜があけて、釣り人の数も少し減ったように見えた。頭の中では、この後の予定を考えていた。まずは、食料の調達だ。昨晩、ホテルの女性が教えてくれた、田原街道のファミマに行こう。その後いったんホテルに戻り、朝食。問題はその後だな。伊良湖岬港の防波堤灯台を撮りに行く。そのついでに、フェリー乗り場を下見しよう。伊良湖岬からフェリーで対岸の鳥羽へ渡り、周辺の灯台を撮る。次回の灯台旅は、もう決まっていたのだ。
 
ホテルの前を通過した際、車の時計を見たような気がする。八時ちょっとすぎていた。ま、五、六分走ればつくだろう。<田原街道>を北上して、ファミマへ向かった。ところが、走れども、走れども、ファミマの看板が見えて来ない。多少、不安になったころ、やっとありました!20分以上かかった。ちょっと走って、という女性の言葉を思い出した。この辺りでは、車で20分走ることが、ちょっと走って、ということなのか?それとも、彼女の言葉の選択が間違っていたのか?ま、どっちでもいいか。
 
ファミマで、しこたま食料を仕入れた。<地域クーポン券>を¥2000分、ほぼきっちり消化した。戻り道は、さほど長く感じなかった。ホテルまで、どのくらいかかるか、わかっていたからね。ま、それにしても、ちょっとコンビニに行ってくるだけで、小一時間かかった。渥美半島先端部の人口密度が、いかに低いかを、はからずも、実感したわけだ。
 
ホテルに着いた。自動ドアは、手でこじ開けようとする前に、目の前ですっと開いた。中に入った。その際、踊り場?に、大きなユリの鉢植えがたくさんあることに気づいた。いや、昨晩来た時から、気づいてはいたが、それが何なのか、よく見なかっただけだ。じっと見た。白に赤の斑が入った大輪のユリの花だ。どの鉢の花も、ほぼ満開で、踊り場の右半分くらいがお花で埋まっている。それに、ブーゲンビリヤの大きな鉢植えもある。こちらも深紅のお花がこぼれんばかりだ。ほかにも、プランターの中で黄色いお花が咲いている。明らかに、このホテルには、お花の好きな人がいて、丹精しているのだ。
 
螺旋階段を下りた。明かりはついているが、受付には誰もいない。にもかかわらず、カウンターの上に、プラ棒の鍵が、四、五本置いてある。どういうことなのか、早朝に出ていった客の物としか考えられないだろう。サビた呼び鈴を押すべきかどうか、ちょっと迷った。つまり、鍵は持っているわけだし、受付を呼び出す必要はない。早朝に出ていった客もそう思ったからこそ、黙って鍵を置いていったのだろう。
 
もっとも、あの時、もう一つの理由を思いついていた。それは、ホテルの受付が、カウンターに鍵を置くことで、これから出勤してくる掃除係りに、きょう掃除する部屋を、いわば無言で指示しているのだ。そういえば、四、五本あった鍵は、乱雑にではなく、比較的きれいにまとめて置いてあった。ま、どちらでもいいことだが、とにかく、両者に共通することは、要するに、人手がない、ということだろう。つまり、必要もないのに、呼び鈴を鳴らすのは、迷惑なのだ。
 
エレベーターに乗って、部屋に戻った。花柄のカーテンを開けた時、あっと思った。踊り場のお花を丹精している人と、この部屋の内装を選んだ人は、同一人物だろう。それに、人手のないことを考えれば、昨晩の受付の女性が、このホテルの女主人に間違いない。なるほどね、と思いながら、朝飯を食べた。おにぎりと菓子パン、牛乳、それに小粒みかんを何個か食べた。それで十分だった。食べ終わった途端、眠気がしてきた。ベッド際の灰色の花柄カーテンを、今度は閉めて、横になった。小一時間、いや、午後になっても曇りマークがついている、ゆっくり、昼寝ならぬ、朝寝だな。
 
静かだったせいもあって、すぐに寝込んでしまったようだ。目が覚めたのは、九時半過ぎだった。持ち込んだ目覚まし時計を見たような気もする。小一時間ねむったわけだ。眠気はなく、元気になっていた。すぐに身支度を整え、部屋を出た。一階に下りて、受付の錆びた呼び鈴を押した。一拍半くらいおいて、声が聞こえ、昨晩の女性が現れた。朝から晩までいるのだから、間違いない、彼女が、このホテルの女主人だ。出かけてきます、と言って鍵をあずけた。その時、何か聞かれたような気もするが、忘れてしまった。

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