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<灯台紀行 旅日誌>2020年度版

<灯台紀行・旅日誌>2020年度版 愛知編#5
野間埼灯台撮影4
 
二日目の朝は、<6:30 起床 8時朝食 8時30分出発>とメモにある。朝食の時間は、コロナ対策で、受付であらかじめ決めさせられていたわけで、そう、八時しかなかったのだ。撮影に出るにはやや遅い。したがって、朝食前に支度を全て済ませて、食べたらすぐに出られるようにしておいた。もっとも、野間埼灯台に関しては、山が邪魔して朝日は望めない、と駐車場のおばさんから聞いていたので、さほど早く出る必要もなかった。とはいえ、午前の明かりでの撮影は必須で、明日は移動日だから、今朝しかないのだ。のんびりはしていられない。
 
九時前に、野間埼灯台前の駐車場についた。小屋は閉まっていて、二トン車が一台駐車している。運転席に人影が見えたので、休憩しているのだと思った。車は、昨日とほぼ同じ場所に止めた。真正面に灯台が見える。装備を整え、歩き出した。途端に、横からガタガタの白い軽トラが来た。すぐ横で止まり、運転席側の窓から、おばさんが話しかけてきた。今日は小屋をあけないので受け取れない、と言って千円札を一枚渡してきた。昨夕、自分が先払いした分だ。
 
いちおう、遠慮したが、向うの意志が固いので、すぐに受け取って、ポケットにしまった。それから、五、六分、世間話をした。灯台の向こうの海には、小さな漁船が行ったり来たりしていた。親類の船だ、とおばさんが言った。なにが捕れるのですかと聞くと、タコが捕れると答えた。おばさんの服装は、作業着に変わっていた。明らかに、漁港か畑へ行って、仕事をする雰囲気だ。その後、ちょっと話が途絶えたのをきっかけに、今朝も、心からの挨拶を交わして別れた。<お気をつけて><ありがとうございました>、と。
 
快晴だった。文字通り雲一つない青空だ。灯台正面の広場に、人影はない。平日月曜日の、朝九時だ。してやったりと思った。人がいて、昨日は撮れなかった位置から、灯台の正面写真をゆっくり撮った。何とか一枚くらいは、モノになりそうだ。あとは、東西の浜を、端から端まで移動して、撮り歩きした。昨日みつけたポイントで立ち止まり、再度、構図を確認した。同じ絵面でも、明かりや空の様子が違うので、灯台が新鮮に感じられた。それに、画面に人影が入らない。観光客がいないからね。風もなく、暑くも寒くもない。良い天気だった。
 
午前の撮影が一通り終わった。時計を見たのだろう、十一時だった。九時から撮り始めたのだから、二時間たっている。あっという間だった。休憩方々、隣の漁港へ移動しよう。国道をホテルの方へ少し戻ったところに漁港への出入り口がある。昨日来るときに確認していた。それに、防波堤が見えるということは、あそこから、灯台も見えるわけだ。漁港だから防波堤灯台もある筈だ。
 
注釈 この漁港は<冨具崎漁港>という釣りの名所。国道は、247号線で、常滑街道ともいう。
 
国道を左折して、漁港に入っていくと、左手に広い駐車場があり、車がたくさん止まっていた。釣り人だろうなと思いながら、適当なところに駐車して、外に出た。<名古屋>とか<豊田>とか愛知県ナンバーが多い。防波堤に沿って、細長い芝生広場があり、さらに、その防波堤には、何か所か上にあがる階段がついている。要するに、この一角は、駐車場、芝生広場、防波堤とをひっくるめた公園なのだ。
 
防波堤の上にあがった。もろ、逆光の中、野間埼灯台が小さく見えた。望遠で狙ったが、空の色が飛んでしまう。写真的には、さほど期待できない。とはいえ、きらきら光っている海、彼方に大きな船も見える。いい景色だ。灯台が眺められる場所はすべて回る、という自分の撮影流儀に従って行動している。この位置取りから、灯台を見たということが重要なのだ。無駄足を、意味ある行為だと思いたかった。
 
少し行くと、防波堤は右直角に曲がっている。右下が係船岸壁で、小さな漁船が数珠なりだ。灯台に背を向けて、さらに行くと、小さな防波堤灯台らしきものが見えた。赤と白だ。ただし、何と言うか、機能的には灯台なのだろうが、フォルム的には、単なる円筒形の物体で、ロケットのような形だ。上の方に、太陽光蓄電池がついていて、頭のてっぺんが、ランプになっている。ま、いわば、安価な<灯台ロボット>だ。
 
それでも、夜の港では、ぴかぴかぴかぴか光って、漁船の安全を確保している。機能一点張りの物体だが、彼らとて、一応は灯台の範疇に入るのだろう。それに、ここまで歩いてきて、一枚も撮らないで帰るのもシャクだし、何よりも、彼らに失礼ではないか。一応は記念写真だ。望遠カメラをしっかり構えて、何枚か撮った。
 
そうだ、書き込むのを忘れたことが、二つある。一つは、若い女の子二人連れが、派手な肩掛けで寒さをしのぎながら、防波堤で釣りをしていたことだ。男の連れがいたとは思えなかったので、なんだかおもしろい感じがした。自分がガキの頃には、釣りと言えば男の子の遊びで、女の子は、怖がって、エサもつけられなかった。それが、半世紀以上たった今、<釣り女子>が普通の光景になった。
 
もう一つは、小太りの父子が、変な色のタコを釣り上げた瞬間にでっくわしたたことだ。ぽっちゃりした顔の父親が、人に聞こえるような声で、<なんか変な色だな>と言っている。そばで、体形も服装も、ほぼ相似形の息子が、少し引いた感じで見ている。通りすがりに、ちらっと、防波堤にべったり張り付いている手のひら大のタコを見た。やや透明で黒い筋が入っている。形はタコだが、タコらしくない。父親が、いたずらっぽい目で見上げて、そのあと、ニヤッとした。童顔だった。こんな人懐っこい釣り人には、初めて出会ったような気がする。
 
野間埼灯台に再度戻ったのは、十二時すぎだった。メモに書いてある。正面、それから左右の砂浜を行き来して、側面の撮影ポイントで丹念に写真を撮った。同じ場所で、同じような写真を、何度も何度も撮っているが、やはり明かりと空の様子が違うからだろう、飽きはしなかった。だが、おのずと、撮影ポイントが絞られてきて、一回りする時間が短くなったような気がする。
 
おそらく、少し疲れたのだろう。一時半過ぎに、砂浜から上がって、駐車場の隣のカフェレストランに入ったようだ。夕方の撮影にはまだ時間があったし、コーヒータイムだな。それに、どんなところか、一度は入ってみたかった。入り口で、コーヒーだけでもいいですかと聞いた。大丈夫です、ということで中に入った。店内は、わりと広く、ゆったりしている。それに客もまばらだったので、ゆっくりできそうだ。壁に、アフリカの仮面などが飾ってあり、まずまずの雰囲気の店だった。
 
ホットコーヒーを頼んだ後で、アイスコーヒーにすればよかったと思った。季節的には十二月上旬だが、服装的には真冬仕様なので、少し暑くなり、のどが渇いたのだ。ま、いい。テーブルの下で靴を脱いだ。さすがに靴下まで脱ごうとは思わなかった。それほどには暑くない。窓際の席には、二組先客がいた。話し声はほとんど聞こえない。こちらは、通路を挟んだ、壁際の長いソファー席に一人で座っている。ぼうっとしていてもしようがないので、カメラのモニターを始めた。
 
そのうち、窓際の一組が出て行った。店内はさらに静かになった。ところが、その静寂も長続きしなかった。入れ替わるようにして、おばさん四人組が入ってきて、窓際の席に陣取った。自分からは、斜め前方になる。なんで、おばさん連中というのは話声が大きいのだろうか!それに、あることないこと、次から次へと話題が尽きない。店内に、いわば、おばさんたちの話し声が響き渡っている。しばらくは我慢して、カメラのモニターを続けていた。だが、もうコーヒーも飲んでしまったことだし、限界だ。席を立った。ま、それでも、二十分くらいは店に居たようだ。
 
その後は、車に戻り、後ろの仮眠スペースに滑り込んで、少し横になっていた。車の中は、窓を閉め切った状態でも、さほど暑くなかった。そのうち、隣に黒っぽい車が入ってきた。ドアの開け閉めの音や人の話し声がうるさい。起き上がった。そのあと、お菓子を少し食べたような気がする。そして、再度時計を見たのだろう、<2:00~昼寝 2時30分 撮影>とメモにある。三十分ほどは車の中に居たことになる。

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