世界史授業の教材研究:手元にあると便利なもの
"まじめ" に教材研究をするにあたって、「こんなものが手元にあると便利」というリストです。
もちろん、一見授業の組み立てとは関係のなさそうな "ふまじめ" なものも含めて、関心を広く払っておくことが大事であるというのが、正直なところではあります(往々にして"ふまじめ" と "まじめ" は、それぞれの極北でピタッとくっつくものです)。歴史を学ぶ「意味」や「たのしさ」は、なるべく多面的にとらえたほうがよいですから。
ともかくこのリストは "まじめ"に、かつ、あんまり格好つけずに選んだものです。
リストアップされているのは「授業のアンチョコ」「知識のソース」「わかりやすい説明の方針」「おもしろエピソード」というよりは、歴史の授業で扱う内容について、何を用意し、どういう方針で ”調理” するのかという見立てに関する資料集(レファレンス)や読み物(主に資料の出所が明示されているもの)です。
多くの人にとってとくに働き始めはなかなか自由にお金が使えないものです。なんでもかんでも入手する必要はないと思います。「手元にあると便利なもの」と書きましたが、常時手元に置くものと、ときどき手元に持って来れるようにするもの(必ずしも常時手元に置かなくてもよいもの)の使い分けができていればよいのです(筆者が働き始めたところは、公共の図書館のアクセスが大変悪く「書店砂漠」でもあるところでしたから、そのへんたいへん不便な思いをしました)。
また、直前にインプットしたものをすぐに授業の形で十全にアウトプットすることなんて難しいものです。単元を計画したり将来への〈蓄え〉のつもりで読み進めていったりするためのスローなインプットと、翌日や来週の授業や、やりながらの軌道修正のためのファストなインプットを意識的に使い分けていくことが大切です。
ともすればどうしてもすべてが教材研究的になってしまうのがこの仕事。とはいえ自分のなかの「なるほど!」をそのまま教材化するのではなく、実態や目的に応じて取捨選択できるのが理想でしょう。情報の砲弾を浴びせるのが仕事ではありません。
たとえばこのような図版を、すでに多くの高校生は、それが何であるかわかっているかは別として、どこかで何度も見てきているわけですよね。
でも、実は問いの立て方次第では、一般的に多くの人が思っていることとは違うことが浮かび上がってくるかもしれません。そういう意味で、定番資料のほうが、実は指導者側の力量が試されるのだともいえます。
それよりは、あまり有名ではない新規性の高い資料(とりわけ感情に訴えかけたり、疑問を誘うような点が含まれているもの)を提示したほうが、関心をもってもらいやすいともいえます。
ただ、それがただただトリビア的な知識にもぐりこんでしまってもいけない。授業で達成すべき目標から逸れてしまってもいけませんね。授業で述べる説明は「授業者が生徒に鼓吹したいメッセージ」なのか、それとも資料をともに読み解くなかで立ち上がってくるようなメッセージなのか。事実と解釈を素朴に一致させてはいないか。たんなるトリビアとどう違うのか。メタレベルでいうとどうなるか。現代の身近なことや世界の物事と、どうつながっているのか。
——こういったところを意識しようとすると、専門的に学んだ範囲はさておいても、途端に手持ちの資料、ネット上の情報では当然足りないということが自然に自覚されてくると思います。
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もう一度言いますが、授業者が教材研究をするなかで、自分の中の「なるほど!」をそのまま教材化するのではなく、実態や目的に応じて取捨選択できるのが理想です。「わかりやすい授業」「おもしろい授業」も、その深みのなかから鍛えられていきます。
授業にそういう深みをもたせるには「次の授業で、どういうプリントを配って、何をどういう順番で話して、何を見せて、板書をしようか」という ”授業準備”ではなくて、もう一歩踏み込んだ "教材研究" が必要です。
意識すべきは、とりいそぎ次の2点でしょうか。
このあたりを意識して蓄えながら、同時に高校生一人一人特有の「わかり方」やニーズに対して柔らかく即していけば、数年先、たしかな力が発揮されると思います。
※また思いついたら必要に応じ追記します。2024/04/01
手軽なもの
●ふくろうの本シリーズ
けっこうオススメなのだが、あんまり言及されていない気がするのが河出書房新社のふくろうの本シリーズ!
教材研究はどうしても文字ベースになってしまうのだが、ビジュアルが豊富なほうが提示する資料の幅も広がるし、とってもよいです。
テーマが細分化されているので全部手元に置くのはたいへんですが、気になったものや苦手と感じる分野については、いきなり難しい本を読むのはやめにして、取り寄せて読んでみましょう。きっと役にたつはず。
新紀元社の図解シリーズもよいですね。
●山川出版社のリブレット「人」シリーズ
リブレットは薄いながらも、多面的な見方を教えてくれます。「人」シリーズがおすすめです。
レギュラーシリーズはこちらで紹介したものがおすすめです。
●各社の資料集
学校には各社の見本が1冊ずつ送られているはずですから、いろいろ見比べてみるとよいと思います。
個人的には「まとめ方上手」の浜島、「厳密性」「グローバル・ヒストリー」の帝国(タペストリー)という印象をもっていて、意外性のある資料は帝国に軍配があがると思っています。
●とうほうの『問いからはじまる歴史総合』
純粋に歴史総合向けの資料集としては、これがもっともよく構成されていると感じます。
歴史総合については、以下もガイドとしておすすめ。『歴史総合パートナーズ』は、清水書院版の「リブレット」という感じで、薄いワンテーマで読みやすい。
●別の会社の教科書
学校には違う会社の教科書見本も届いているはずです。
同じ内容がどのように記載されているか、どのような資料(史料や図版)が掲載されているかを確かめてみるとよいでしょう。
チョイスにもかなり色があることに気づけると思います。
●中公新書『物語◯◯の歴史』シリーズや、ちくまプリマー、岩波ジュニア新書など
活用できる資料は、一次資料の抄訳だけではありません。研究者らの書いた文章も、方法次第で活用できるでしょう。
もちろん、"生のまま"の文章を長々と引用されたら、自分が高校生だったら「いやだなあ」と思うでしょうね(おもしろいと思う高校生ももちろんいるでしょうけれども)。
ただ単に「これを読ませたい」から読ませるのはなく、目標をしぼり、それを明確に伝えた上で、適切に使用することが必要です。
歴史学について、ごつい作品ではなく、いわゆる「ヤングアダルト」向け中高生向けにちょうどいい書籍シリーズ不在問題というのがありまして、このへんが整備されてくると、だいぶ違ってくるのかなとも思います(『砂糖の世界史』はじめ「岩波ジュニアが良い」というふうによく言われることに異論はないのですが、高校生相手に全方向に推せるというわけではないでしょうね)。
●模試の過去問 集冊版
高校生向けの主要な模試は、非常に考えられてつくられているものです。
新科目の「歴史総合・日本史/世界史探究」の問題において、どのような資料が、どのように用いられているかを確認すると、さまざまなことに気づかされます。
大学進学者の在籍している学校では、学校の進路課などが模試の集冊版(ベネッセの場合は『科目別総集編』)を購入している場合もあります。
ちょっと敷居が高いもの
●世界史史料・日本史史料
あると作問や教材づくりに便利なのが、この手の「史料集」です。
なにか使える史料はないかという「ファスト」な仕込みにも使えると思います。
敷居の高さの原因は "お値段" です。
日本史は手に入りやすいですが、世界史はオンデマンド版となっていて高価です。周囲に持っている人がいないか、勤務校の予算から拠出可能かどうか聞いてみるとよいと思います。
はじめのうちは、教科書に記載されているような史料を探して、解説をチェックするだけでもよいと思います。どんなことが論点になっているのかがわかるでしょう。
収録されている資料のうち、教科書のカバーしているものは2~3割、それ以外が7~8割といった感じです。
史料のソースとしては、ほかに手に以下のようなものがあります(日本史の基本史料については副読本が充実しているので割愛します)。
・『マクミラン新編世界歴史統計』
問題作成によく使われる。レファレンス用でよい。私はマクミランは所有していない。アンガス・マディソンは持ってる。作問をぴちっとやりたいという人でなければ、べつによいと思う。
・『近現代日本経済史要覧』
統計のソースとして便利。レファレンス用。
・『新訳世界史史料・名言集』
老舗の副読本。あくまで副読本的なもので、網羅的ではない。
・『西洋古代史料集』『西洋中世史料集』
けっこう専門的だと思っておいたほうがよい。中世のほうは入手が難しいようだ。
・東京法令の『世界史史料』
これは手に入りやすいほうだとは思うが、中国史以外の東洋史(イスラームや南インド、東南アジア)は、とたんに一次資料が少なくなる。現代史も一般向け書籍からの引用が目立つ。
・『史料が語るアメリカ』
アメリカ近現代史が中心。刊行からけっこう経つが、解説が丁寧で今なお使いやすい。
以下はかなり古いので、使用には再調理が必要。
・『西洋史料集成』『東洋資料集成』
こんなに高かったっけ?というくらい高騰。戦後、国内の史料ベースの実証研究の積み上げが貧しかった頃の刊行ということもあり、とくに東洋史のほうは研究入門的な記載となっている。とくに購入する必要はない。
●岩波新書(新赤版)のシリーズもの
ひとつひとつ丁寧に読んでいくと意外に時間がかかります。それほど内容が詰まっているということ。
教科書の記載とつきあわせるようにして読んでいき、いつか授業化するための蓄えにしていくとよいと思います。
1冊1冊は安価ですから、気になったものは入手しておくとよいでしょう。
●地歴社の刊行している書籍
すこし大きめの書店に行くと現物が読めると思います。手にとって、自分に合っているものを参考にしてみるとよいとよいでしょう。ベテランの先生方の授業に学ぶことのできる貴重なリソースです。
↑松井秀明先生と河原考哲先生のご著書は、よく読ませていただきました。最近『ものがたり世界史』という本(上下巻)も出されています。
綿引氏の『100時間の世界史』は内容がやや古びている感がある。
ほかに地歴社ではありませんが、授業実践をベースにした著作で、よく読まれたものに『世界史の授業100時間(上・下)』もあります。昔の実践に学ぶことも大切です。どんな資料が使われているかみてみるのも良いと思います。
●『歴史を読み替える:ジェンダーから見た世界史』
ジェンダー関連の史料。古代以降の各地域に分けて詳述されています。スペースの都合上、資料の記載が多いとはいえません。ウェブサイトもあります。
●ミネルヴァの論点シリーズ
歴史学的にどのようなことが論点になっているのかを確認するのに使うとよいでしょう。内容は高度です。「スロー」な教材研究向けです。必携ということはないと思います。
●『岩波講座 世界歴史』
さらに踏み込むなら、最近完結したこのシリーズの各巻冒頭にある「展望」だけでも読んでおくと、世界史全体の論点にふれることができます。2巻以降、各時代・各地域に分かれています。こういったところで議論されていることには、ある意味いまだ支配的なナラティブとなっていないものも含まれていますから、違和感をもたれるかもしれません。しかし、やがて次期・次々期改訂の世界史探究(世界史という科目の建て付けが維持されるかは必ずしもわかりませんが…)の学習指導要領や教科書にも反映されていくことになるはずのものでしょう。
最後に
そもそもどうしたって初めのうちは授業準備が自転車操業になってしまうものです。しかもどんなに準備しても、かなしいかな、往々にして良いアイデアは授業が終わった後に到来するし、生徒の反応が期待と食い違うことはざらにあるものです。
というか大前提として、忙しい!
しかしそれでもわれわれは、すでに終わった授業を悔いながら、同時に、未来の授業のための準備をしていく必要がある。
よくない授業をしてしまった生徒には当然申し訳ない。だが、そうやって悔いる心があるうちは、生徒とコミュニケーションをちゃんととって、積極的にフィードバックを吸収することで授業はどんどん良いものになるはずと思います。前にも述べた通り、すぐに役立たせるというよりは〈蓄える〉イメージをもつと気が楽になるのではないでしょうか。
授業での借りは授業でしか返せないんですよね。
このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊