サンプル多言語

真の観光立国を目指すには、表層的な多言語化に止まらないこと (3/3)

―― 多言語化対応の際は、コンテンツ全体の設計も見直す必要があるわけですね。

高橋 そうですね。日本人が日本人同士の感覚で伝えようとすると、外国人だからこそ魅力的に感じるポイントや、逆にしっくりこない表現などになかなか気づけません。

東谷 観光リーフレットの表紙に、お寺や神社の写真を使用してしまうケースなどは、その代表例ですね。

――お寺や神社は、なぜ表紙に適さないのでしょうか?

東谷 たしかに神社仏閣は外国人に人気ですが、実際のところ、彼らの多くはそれぞれの寺社の違いを見分けることはできません。地名を隠したら、どれも同じに見えてしまうわけです。

高橋 私たち日本人も、ドイツのケルン大聖堂とウルム大聖堂を見分けることは難しいですよね。それと同じです。

東谷 他の地域と差別化し、独自の魅力をアピールするなら、表紙には「そこにしかない光景」「そこでしか経験できない価値」が伝わるビジュアルを選ぶべきなんです。

―― 外国人の心をつかむビジュアルの選び方に、コツはあるのでしょうか。

東谷 私たちは、その地域だけに残るユニークなお祭りや、地元に古くからある商店街などを起用することが多いですね。例えば、杉並区と作成した英語版ガイドマップでは、地元の人々でにぎわう飲み屋横丁の風景を表紙に採用しました。当初は、毎年夏に開催される高円寺阿波踊りを表紙にしたいと相談されましたが、阿波踊りは徳島県が発祥です。「ここにしかない価値」という意味では、人々の生活に密着した横丁の魅力をクローズアップする方がいいと考えたんです。

東谷 大阪の英語版ガイドマップをつくったときも、やはり表紙には「たこ焼き」や「道頓堀のグリコサイン」など、定番のビジュアルが推されました。でも私たちが最終的に選んだのは、大阪割烹のカウンターで外国人客が料理を楽しむ姿でした。

東谷 なぜなら、対象ユーザーを「リピーターの訪日客」と想定していたからです。リピーターは、すでに有名なスポットやコンテンツは体験済みなので、違う見せ方をする必要があります。それに外国人の方々がその場にいる自分をイメージしやすいビジュアルの方が、実際のアクションにつながりやすいという利点もあります。

高橋 ビジュアルもテキストと同様、ターゲティングが重要ですね。

東谷 利用者の視点でリサーチや検証を重ね、「何を載せて、何を載せないか」を決めていくプロセスはとても大事です。

高橋 理想的なのは、日本人目線でつくられた既存のコンテンツを多言語に訳すのではなく、外国人目線で一から価値を抽出し、ビジュアルも含めて情報を再構築することなんです。

――世界目線コンサルティングでは、そういった統合的な多言語化対応をどのように実現しているのでしょうか。

東谷 私たちが2009年から発行している外国人向けのシティガイド「タイムアウト東京」は、世界108都市にグローバルなネットワークを持っています。各地の編集部と連携することで、多言語化した内容のプルーフリードやレビュー(ネイティブチェック)を行う体制を確立しています。

高橋 そのため、英語だけでなく中国語や韓国語などへの多言語展開も可能になっています。言語というのは生き物ですから、日々刻々と変化します。日本語でも、新語や流行語は次々と登場していますし、最近では誤った文法の代名詞だった「ら抜き言葉」を許容する流れも生まれていますよね。各言語でそういう変化は常に起きているので、各都市のタイムアウトのネットワークを通じてスピーディに言語感覚のアップデートが行えることは、私たちの強みの一つであると思っています。

東谷 これは某都市の観光マップを韓国語に多言語化した際のエピソードなんですが、韓国人のプロフェッショナルに依頼した翻訳原稿を「タイムアウトソウル」の編集者にチェックしてもらったんですね。すると「この韓国語は堅すぎる」と指摘があったんです。彼女によれば、韓国語は年代によって書き言葉にかなり違いがあり、年代が上がるほど堅い文章になる、と。実際、翻訳者は50代の韓国人でした。マップ自体は20〜30代をターゲットにしていたので、タイムアウトソウルのメンバーたちに書き直ししてもらうことで、精度の高い多言語化が実現しました。

高橋 徹底した外国人目線で対象に向き合い、ターゲットを明確にしながらコンテンツを繊細に設計する。その上で、グローバルなネットワークによる検証を重ね、より響くコンテンツに仕上げていく。真の観光立国を目指していくには、表層的な多言語化に止まらず、情報発信のあり方をゼロからつくり変える気持ちで取り組む姿勢が欠かせない。私たちはそう考えています。


東谷彰子
ORIGINAL Inc. 取締役副社長
タイムアウト東京副代表、OPEN TOKYO編集長
幼少期はマニラで、中学高校はバンコクで過ごす。1996年に帰国し、早稲田大学教育学部英語英文学科に入学。卒業後はTOKYO FMに入社。1年間の秘書部勤務を経て、ディレクターとして多様なジャンルの番組制作を担当。2010年1月、ORIGINAL Inc.入社。タイムアウト東京コンテンツディレクターとして、取材、執筆、編集、企画営業、PRなど幅広い分野で活躍。国内外にアーティストから学者、スポーツ選手まで幅広いグローバルなネットワークを持つ。企業や省庁、自治体向けの高品質な多言語対応は高い評価を得ている。
高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント
1989年 外務省入省。パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2014年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。
テキスト:庄司里紗

サポートしたいなと思っていただいた皆様、ありがとうございます。 スキを頂けたり、SNSでシェアして頂けたらとても嬉しいです。 是非、リアクションお願いします!