見出し画像

共通する価値観の発見が導いた「逆転登録」 (3/5)

この置き換えによる戦略の成功例といえるのが、2017年に「逆転登録」として話題になった『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』のケースだ。宗像・沖ノ島遺跡は、福岡県宗像市の宗像大社、沖ノ島と付随する3つの岩礁、同県福津市の新原・奴山古墳群など8つの国指定史跡で構成されている。

沖ノ島は玄界灘に浮かぶ孤島で、4〜10世紀にかけて行われた大和朝廷による祭祀跡が手付かずで残り、「海の正倉院」とも呼ばれている。

 私たちは当初、島全体が御神体とされ、信仰の対象となっている稀有な事例として、この8つの構成資産による推薦書を提出していた。しかし、現地調査を行なったイコモスから同年5月に出された勧告は、沖ノ島と3つの岩礁のみを認め、他の4資産については「除外するのが適当」との内容だった。私たち日本人にとって重要な歴史的・考古学的な価値が、意図通りに伝わらなかったというわけだ。

 ここでイコモスの勧告通り、4資産を諦めて登録申請に望む道もあった。しかし、沖ノ島の信仰を支える重要な構成要素である8資産は切り離せないものと判断し、7月の委員会開催に向け、除外するのが適当と勧告された構成資産が、沖ノ島と3つの岩礁にとっていかに不可決であるかに焦点をあてた説明戦略を展開することになった。

 例えば、21の委員国の文化風習、宗教、価値観などを徹底的に分析し、複数の委員国が存在するアフリカ、中南米及びアジアには山や巨石などに対するアニミズム的な信仰が根付いていることに注目。「八百万の神」を祀る日本の神道との共通点として、8つの構成資産の一体性を訴えるストーリーにその要素を追加した。

具体的には、天照大神の御子神として誕生した三柱の女神がそれぞれ宗像大社(辺津宮)、大島(中津宮)、沖ノ島(沖津宮)に降臨したとされる宗像三女神の伝説を強調する戦略とした。

また、沖ノ島については、長年守られてきた「女人禁制」の宗教的禁忌も懸念の一つだった。男女平等が国際的なコンセンサスとなっている現代において、沖ノ島の女人禁制のしきたりは男女差別と受け止められかねない。

そこで私たちは、沖ノ島と同じように「女人禁制」の伝統を持ちながら、世界遺産に登録されたギリシャの『アトス山』の事例を研究した。

『アトス山』はギリシャ正教最大の聖地であり、1406年から600年以上、女人禁制を貫いている。しかし、男性なら誰でも入山できるわけではなく、修道士や巡礼者に限定されるという。

 一方、沖ノ島の場合も、原則として神職以外の部外者の立ち入りは禁止だ(年に一度のみ戦死者慰霊祭のための一般男性の上陸が認められる)。そこで私たちは、沖ノ島の入島規制について、性別に関係なく「神職であるか否か」が問われている、と説明した。

 このように日本における価値と、彼らの中での価値に共通項を見出し、その文脈の中に置き換えること。そして国際社会のコンセンサスに照らしたストーリーを構築すること。宗像・沖ノ島の逆転登録は、そんな戦略が功を奏した結果ともいえる。

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント
1989年 外務省入省。パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2014年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。
テキスト:庄司里紗


サポートしたいなと思っていただいた皆様、ありがとうございます。 スキを頂けたり、SNSでシェアして頂けたらとても嬉しいです。 是非、リアクションお願いします!