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世界目線で考える。新型コロナ対応にみるドイツの文化政策編

「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在だ、誰も置き去りにはしない」と訴えたモニカ・グリュッタース文化相の発言について、「今、アートやカルチャーが本当に必要不可欠なのか」と主張する人々も存在する。


しかし、彼女の発言は、世界の多くの人々がいかに文化芸術と緊密な関係にあるか。そして、必要不可欠な存在と感じているかについて考える機会提供したという観点において、大きな影響があったのではないだろうか。


今回は、新型コロナ禍におけるドイツの文化芸術支援から見えてくる現状とその背景について考えてみたい。

ドイツでは、「民主主義は自由な文化的生活に支えられている」という思想が多くの人々に共有されている。この国では、第二次世界大戦中、国民が自由な文化的生活を奪われ、多くの歴史、文学、芸術などに関する貴重な書物や記録が焼却された。

さらには、終戦直後に突然、国が東西2つに分断された。一方の国の国民となった人々は、その国が崩壊するまでの40年間、芸術や文化で自身を自由に表現することが許されなかったのである。

ドイツ公共放送連盟(ARD、通常第一放送と呼ばれている)の番組で、ベルリンで活躍する歌手のシモーネ・ケルメスは、現在の自身の置かれた状況について、次のようにインタビューに応えている。

「私の存在は脅威に曝されている。今の私は牢獄に閉じ込められている状態である。(東ドイツ育ちの)私は過去にこれと同じ自由を奪われた生活を送っていた。そこでは、言論の自由や全ての自由を奪われていた。私は二度とそこに戻りたくない。」

グリュッタース文化相が約束したのは500億ユーロ(約5.92兆円)の「即時支援」である。これは、自由な文化を抹消させてはいけないという決意の証であろう。

しかし、連邦政府の「即時支援」では、機材リースの分割払い、材料購入費、仕事場の家賃など、経営に関するいくつかのカテゴリーが支援の対象となっており、アーティストやフリーランサーの日常生活に必要な部分をカバーしていなかった。

そこで、彼らの生活を直接支援するために迅速に動き出したのが、16の州政府や基礎自治体である。その中で、最も対応が早く、他の州のモデルとなったのがベルリンであった。


ベルリンは、ドイツでフリーランスのアーティストたちが最も多く活躍する街であり、16州の人口に占めるフリーランサーの割合が約9.9%に対して、ベルリンは約12%と高い。よって、他に先駆けて支援が動き出したといえよう。

3月27日から、ベルリン州は「即時支援2」を開始した。この制度は5000ユーロ(約60万円)の即時支援を提供するもので、家賃、食料、生活必需品など、自分の暮らしを守るために使うことができる。

現在は申請が中止されたこの「即時支援2」であるが、これまでに14万件の申請に対し、13億ユーロ(約1540億円)が振り込まれており、先行き不安な数多くのアーティストやフリーランスサーの生活を支えている。

このように、各州が積極的な支援策を打ち出す背景には、過去にナチズムにより、「自由な文化的生活」が奪われたことを再び繰り返さないために、各州において文化を独自に保護、振興する制度が確立されたことが大きく影響している。


また、文化と同様重視されている教育においても、「文化高権」の法制度の下、学校制度・大学制度の分野において独自の法律を定め、州政府の法的権限が連邦政府より強いことも特徴である。

「文化高権」とは、教育、文化、宗教等に関する権限は原則として州が有していること。これを「Kulturhoheit der Länder」(「州の文化高権の原則」)と表現している。

一方で、支援策が州政府に委ねられる傾向が強いことから、州政府毎の支援政策にバラつきがあり、ベルリンのような即効性と利用効果の高い支援ができていない地域も存在する。


アーティストやフリーランサーがどこを拠点に活動しているかによって、受け取れる支援が異なってきており、いくつかの州においては、申請書を郵送しなくてはならない状況が続くなど、早期の改善が求められている。

また、ドイツで最も人口が集中しているNRW州では、アプリケーションシステムのセキュリティ脆弱性を利用したインターネット詐欺が発生しており、4月10日の時点で、数千人の申請者が被害を被っている。


当局のサイバー犯罪チームが捜査を進めているが、州政府は申請の受け付けを中断しており、支援を必要としている多くの人々に支援が届かない状況が発生している。

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グリュッターズ文化相は、「文化セクターの出口戦略」について、アンゲラ・メルケル首相が1ヶ月のロック・ダウンの経過後に発表した解禁措置に触れつつ、

「書店、図書館、資料館、公文書館に続いて、人と人の距離と衛生などの規則に従って、閉鎖している美術館、博物館を開館することであり、オンライン・チケットと時間市場を活用すれば、ここでも良い解決策が見つかることは確かである」と、語っている。

ドイツの文化芸術支援は、彼らの歴史や文化・社会的背景もあいまって非常に重要な位置づけとなっている。

多少の違いはあれど、アーティストたちが再びオーディエンスの前で、歌い、演じ、自分たちの自由を表現できる日を待ちわびているのはドイツだけではなく、この日本でも同様であろう。

新型コロナ禍で自宅隔離を強いられる日々の中で、その思いはますます強くなる一方である。

各国の取り組みを単に表層だけ切り取るのではなく、なぜそういった支援がなされているのかを深く読み込んだ上で、私たちの社会における文化芸術支援にも大いに取り組んでいきたい。

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント
1989年 外務省入省。外交官として、パプアニューギニア、ドイツ連邦共和国などの日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2005年、アジア大洋州局にて経済連携や安全保障関連の二国間業務に従事。2009年、領事局にて定住外国人との協働政策や訪日観光客を含むインバウンド政策を担当し、訪日ビザの要件緩和、医療ツーリズムなど外国人観光客誘致に関する制度設計に携わる。2012年、自治体国際課協会(CLAIR)に出向し、多文化共生部長、JET事業部長を歴任。2014年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。

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