"面倒くさい"はお金になる
自分が「面倒だ」と感じるものは、同じように他の人も面倒だと感じる。
だからこそ、"面倒なことを肩代わりすること"はお金になるのである。
このことについて、興味深い記事があった。
直接か間接かの差異はあれど、「お金」は「面倒臭い」事をより多く(正しい方法で)した人の所に移動する。ある人や会社の財布から別の人や会社にお金が移動する時には必ず「面倒臭さ」に裏付けられた「何か」があります
「面倒くさいと言う人が絶対にお金を稼げないわけ」
https://blog.feedtailor.jp/2013/01/23/10210/ より
必ず、と言っていいかは分からないが概ね正しいように思う。
面倒なお金になることの1番わかりやすい代表例は"勉強"だ。
勉強の有用性は計り知れない。例えば下記サイトではこんなことが書かれていた。
難関大学レベルの受験勉強時間:4100時間
高卒との生涯賃金差:1億3千万円
受験勉強の時給:3万1700円
「【受験生必見】受験勉強の金銭的価値は時給3万円以上であるという試算【超高収入バイト】」
https://www.spin-orbit.com/archives/study_cost.html より
これが本当なら、大手企業役員の時給や医者の時給を大きく超えることになる。こんなの、合理的に考えれば勉強するしかないのだけど、やっぱり勉強は進まないのである。
人間は合理的に面倒くさいという感情のせいで、非合理的に生きてしまう。
「面倒くさいことはお金を稼ぐチャンスだ」と考えることが、お金持ちになる近道かもしれない。これを頭の片隅に入れて、お金持ちになる道を探していきたい。
でも、面倒くさいことをお金にする方法を考えるのは面倒くさいなぁ。明日以降考えよーっと。
終わり
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