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階段をのぼる

「一気に上り詰めると、すべり落ちるのも早い」

大事にしている考え方の1つ。

そして、それは1つの真理だと思っている。


流行りに惑わされるな、本質を見よ

「一気に上り詰めると、すべり落ちるのも早い。だからうちの会社では事業も人も確実に階段をのぼるように積み重ねて、息が長い価値を生み出し続けたい。」

これは、新卒で入社したITベンチャー、アクトインディ株式会社の創業者である下元が当時からずっと言っていたことで偶然にも、私自身の人生観としても合致する考え方だった。

下元はいわゆるベンチャー企業の社長像とはおおよそ異なる性質を持っていると私は思っていて、その特徴は社長と呼ばせないとか、腰が低いとかいろいろあるけれど、彼独自のモノサシが確固としてあるという点が大きいと思う。

見識者に話を聞き、本を読み、リサーチし、眠れないほど徹底的に考えてといった努力は当たり前にしながら、誰がなんと言おうと自身が考える「本質」を死守する。

基本的に「流行ってるから」「当たり前だから」を理由に飛びつかないし、自分の頭で考えた「解」でしか動かない。めちゃくちゃ頑固でストイック。よくいえばブレない漢。悪くいえば融通がきかない完璧主義。

そして、他責は問わず自責を問うて、自己愛よりも利他愛を経営者としては優先しすぎるくらいする。(不器用すぎて伝わってないことも多々あるけど。笑)

下元は26歳の時、たった1人で50万円の自己資金で会社を起こした。その理由も明確だ。

「先達に感謝し、次世代に価値を残す」。

創業以来ずっとこれを掲げている。

「今ココ」だけよければいいのではない。

自分たちも連綿と続いていく命の1つだと考えたときに先達から受けた恩恵に報いる恩送りとして事業を起こし、次世代に「これがあってよかった」と思われるような価値を残すためにサービスを生み出し、真っ当な対価を得て会社を持続させていく。

悪しき先祖ではなく、良き先祖に私たちはなれるのか?いやなる。

そんな気概を言外に発しながら、波瀾万丈な経営者人生を無我夢中で遊ぶ子供のように楽しんでいるある意味狂気の人だ。(はたからみてると信じられない苦労やハプニングばかりなのに。笑)

私は21歳でこのモノサシに出会い、深く共感できるところが多く、同じように共感して働いている師匠やメンバーとの出会いに運命を感じたからこそ、アクトインディに飛び込んだ。

2010年当時のアクトインディ株式会社は全部で15名程度のメンバーと年間売上1億程のベンチャー企業。

下元はいわゆる「76(ナナロク)世代」。「mixi」、「はてな」、「2ちゃんねる」に「GREE」などの創業者や開設者が1976年前後の生まれ。その少し前には「サイバーエージェント」「ライブドア」などの創業者が生まれた世代。ITサービスを介して今までにないサービスを生み出し、巨額の富を得るイメージがITベンチャーについたのはこの世代の活躍によるものだろう。

その流れは今も続き、ベンチャー企業が「ムーンショット計画」「ユニコーン企業」と事業を大きくスケールさせ、猛スピードで市場価値が高いとされる企業に成り上がるのが1つの成功。というイメージを持つ人もまだまだいるはず。

その当事者世代である下元は、幾度も流行りの流れにのって億万長者になることもできた。

だけど全て退けて本質を見据えてあえて険しい道を選び、前述したようないわば硬派な考え方でインターネットサービスをいくつも生み出してきた。

そして、今は子育て世帯の利用率NO1とされている「いこーよ」をメインとして子育て支援事業を運営している。

悠久の時間と刹那的時間と

そんな下元が生み出した最初のインターネットサービスは葬送に関わる事業だった。

まったく異なるように見える2つの事業を何故?と問われると下元は「人の価値観が大きく動く時はいつか?と考えた時、人が産まれるときと死ぬ時だから。その価値観が動く時に次世代に価値ある影響を及ぼせる事業をしていたい。」と答えていた。

その背中を見て、心ある師匠や先輩に育ててもらった私は、強くその考えに共感し、自分の人生の目標とも合致したことで今があると思っている。

そんな私は下元が言うところの「人が死ぬ時」を司る葬送文化の事業を弊社の代表と共に託され、現在のせいざん株式会社でITの力を活かしつつ葬送業界・寺院に向けた事業を行っている。

葬送も寺院もざっくり一口で言うと日本の文化だ。しかも時間軸がめちゃくちゃに長い文化。

世間一般の時間軸や価値観軸とは違う世界観の中で存在している。

悠久の時間を経て積み上げられてきた世界に、ITという刹那的時間軸かつ経済原理主義ベースで活用されがちな手法を得意とする会社が何かをするとなると、どうしてもいかがわしさがある。

にも関わらず、弊社が寺院に受け入れられ、葬送文化の領域においても20年にわたり事業を展開できているのはなぜか?

それはやっぱり下元が提唱してきた理念と価値観、その思想が悠久の時を想定し、冒頭のとおり階段をのぼるように、効率化やうまい話にも乗らず、現場感を持ち続け、コツコツ続けてきたからだろうと思う。

手段は刹那的に見えても、目指しているのが悠久の時間軸の価値だから「血の通ったサービス」を提供し続けることを下元は言い続けている。

ITなんていうとパソコンでカチャカチャやってるだけの現場感のないイメージを持たれるが下元がつくるサービスの多くが驚くほど泥臭い。

現場に足を運び、現場のプレイヤーに限りなく近い第三者で有り続けること。そこで本質的な課題を見つけ出し、解決策を理念ありきのテクノロジーと智慧で生み出す。

そうでないと、創業事業である葬儀社仲介サービスはあんなに有名にならなかったと思う。

インターネットを介して相談があった喪主の相談対応は直接雇用している人間だけで24時間365日電話に出て(夜はほぼ役員だけで受けていた)、紹介する葬儀社はリストではなく担当したスタッフがお見合いのように真剣にマッチングし、葬儀式場や火葬場まで現場確認にいって葬儀社のみなさんと喧々諤々して「良い葬儀とは?」を考えていく。

なんて、一般のIT企業はやらない。効率が悪すぎる。

それでも人の生死に関わる以上、誰よりも本気でありたい下元の気質がそうさせたのだと思うし、そこに賛同するとんがったメンバーが集まったのだと思う。

下元は前述の通りクセがかなり強く、ぶっとんだ人間で、なかなかはちゃめちゃだけれどもそれを凌駕する事業への熱量が、文句や不満を言いつつみんな自分の誇りをかけて仕事する組織ができあがってた要因だろうと思う。

階段を登るように価値を提供し続ける

そんなことをあたりまえレベルに地道に続けて来たから、寺院や故人を悼む相談者が信頼をしてくださり、20年葬送の事業を積み重ねて来れたのだと思う。

その裏には下元が提唱した理念や価値観に共感を抱き、24時間365日事業を繋ぎ、支え、実力を磨いてきた私の師匠や先輩、仲間たちの血のにじむような努力のおかげさまがあるのだと痛切に感じる。

長い時間軸で目標を見定め、深い深度で価値を提供する。

その2軸をぶらさない本気度。1人1人がプロであれるよう目標を高く掲げ、自己研磨し続ける風土。

それは下手をすれば下元以上に本気で理念達成を目指す熱量があるメンバーが集まったから可能なことだと思うし、その荒唐無稽さがアクトインディの文化だとも思う。

その風土をそのまま継承した弊社せいざん株式会社で、私や仲間の中にもともとあった確固とした価値観の種が芽吹いてくれたことで今のせいざんを信じ、託してくださる寺院や相談者がいてくださるのだと思う。

ありがたいことだし誇りに思う。

せいざんで私もいくつか事業を生み出すチャンスをいただき、今はお寺をよりよくするためのsaasクラウド管理寺務台帳を推進している。

やってみて痛感する。

階段をのぼるように価値を積み上げること。それは売り抜けるよりも難しいと思う。

会社の寿命が20年と言われる時代に長い時間軸で会社の体力向上やメンバーの新陳代謝を成功させつつ、確かな価値を生み出し、提供し続ける必要があるから。

それもただの階段じゃない。お寺や葬送文化と向き合っていると階段は一本調子の階段ではなく、螺旋階段だと思う。

ゆるやかに着実に登ることでしか葬送もお寺も地域も確実によりよくしていくことはできない。

すぐに成果がでるような、流行りを取り入れた葬送イベントやビジネス、新規寺業が昨今注目されがちだが私からするとそれすら刹那的かつ一本調子の階段で登り切ったらすぐ下るだけに見えて危うい。

私たちは、京都の老舗店のように創業者の理念を忘れずにいたい。

そして、「創業たったの300年。まだまだ続けたいですねぇ。」と笑って言える悠久の時間軸で葬送文化と寺院に伴走する会社を続けていきたいと思っている。

そのためにも、螺旋階段を登るようにてっぺんに見える理念を見据えて登り続けていきたい。




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