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結果-02|『透明な好奇心』

本節では、第三者の加藤の視点から、セイタロウデザイン のブランディングプロセスについて、客観的な視点から考察する。

本連載は、アートディレクターの山崎晴太郎が、社会学者加藤晃生との出会いにより、自身の理論化されなていない活動をアカデミズムに客観視してみたい。そしてそれを言語化し構造化したもの見てみたいという、純粋な知的欲求に基づき始まった連載である。あわよくば、それが後世のクリエイティブを志す人たちへの一つの武器となることを願いつつ。
山崎晴太郎 序文|『透明な好奇心』参照

考察

 本節では、本章において概観したセイタロウデザインの「ブランディングパートナー」事業の標準的なプロセスについて、「何故、そうなっているのか」を加藤、山﨑それぞれの立場から考察する。加藤が行うのは第三者の視点からの考察であり、山﨑が行うのは当事者の視点からの考察である。

 なお、セイタロウデザインの用いているプロセスがどのような結果を生み出しているのかについては、本連載の後半において別途検討する予定である。

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第三者の視点からの考察

 まずは、ワークパッケージの数が多いことと、それらのワークパッケージのカテゴリー化が明確であることについて考える。

ワークパッケージのカテゴリー化が明確である理由

 これは、一つには山﨑自身が自覚し指摘しているように、山﨑個人の職人芸的な暗黙知に頼っている限り、セイタロウデザインの事業規模がある段階を越えて拡大出来ないからであろう。

職人芸のような属人的な技能をコアバリューとして創業された企業には以下のような三つの選択肢が考えられる。

A) 創業メンバーに出来る範囲から事業規模を拡大せず、創業メンバーの引退とともに事業を終了する方法。

B) 創業メンバーの技能を暗黙知の形式のまま、正統的周辺参加(LPP:Legitimate peripheral participation)(*8)によって他のメンバーに移転させ、所属する「職人」の数を増やす形で事業規模を拡大させる方法。

C) 創業メンバーの技能を要素分解し、それぞれのワークパッケージについてのマニュアルを作成して非属人的な業務に変換する方法。いわゆる業務標準化。

 ただし、BとCは厳密に切り分けられるものではなく、マニュアル化を推し進めた場合でも、それらのワークパッケージやアクティビティと業務の持つ文脈や個々の状況との関連性に関する知識は経験の量に依存する。

 セイタロウデザインがブランディングパートナー事業においてワークパッケージの明確化と、それらのカテゴリー化を進めているのは、経営戦略において上記のCの選択肢を採っていることの一つの現れといえよう。


ワークパッケージの数が群を抜いて多い理由

 次に、ワークパッケージの数が群を抜いて多いことと、それらのワークパッケージが「コミュニケーション」に分類されるものに特に多い理由について考える。

 まずワークパッケージの多さについてである。これは先程も確認したように、コンサルティングファームとしてのセイタロウデザインの事業規模拡大を意図した、業務標準化の結果であろう。

 また、セイタロウデザインの内部資料や、A社への提案資料からわかるのは、セイタロウデザインが常にこれらのワークパッケージの全てを実施しているわけではない、ということである。実際、本章でも既に見たように、セイタロウデザインはA社に対して、31あるワークパッケージのうちの14種を実施するプランを提案している。特にセイタロウデザインの分類における「ステップ5」については、13あるワークパッケージのうち提案されているのはわずか2種である。

 表2に、セイタロウデザインがA社に対して行った提案を田中の分類に従って整理したものを示す。

表2

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※下段の数字の左は提案数、右は実施可能なワークパッケージとして示されているものの数である。

 表2からわかるように、A社への提案では特に「経営」や「マーケティング」に含まれるワークパッケージの提案率が高く、「コミュニケーション」はセイタロウデザインが実施しうるもの全体の3分の1弱しか提案されていない。この1事例をもって全体に敷衍して語ることは避けたいが、少なくとも「コミュニケーション」に含まれるワークパッケージは、セイタロウデザインのブランディングプログラムにおいては3分の1程度しか実施されないことも有り得る、ということは言えるだろう。

更に付け加えるならば、セイタロウデザインのプランの後半3段階である「言語化・コピー化」「可視化・デザイン化」「コミュニケーションの設計」に並んだワークパッケージの相当部分は、「デザイン」という言葉の意味内容を狭く取った場合でも含まれるような、つまりデザインファームの専門性が最も強く発揮されるようなもの(*9)である。これを鑑みると、この部分に「セイタロウデザインが出来ること」として多くのワークパッケージが列挙されるのは当然とも言える。


「構想」「実行と管理」に含まれうるワークパッケージが散見される理由


 次に考えたいのは、セイタロウデザインのブランディング事業のワークパッケージの中に、田中による分類ではブランド戦略の第1段階となる「構想」や、第5段階となる「実行と管理」に含まれうるようなものが散見される理由である。

 今回、比較対象として取り上げた資料から確認出来る限りでは、一般的なデザインファームのブランディング事業は、既に出来上がっている商品についてのブランド設計を提案する形が少なくない。

それまでのやり方というのは、企業の宣伝部からオリエンを受けて、じゃあ二~三週間後にプランを持ってきてくださいと言われて、プレゼンする。これが主流でした(*10)。(永井前掲書、P69)
例えばある日、クライアント企業の宣伝担当者から広告代理店の営業が呼ばれて、「三ヶ月後に新製品を出す。商品特徴は○○。ターゲットはこんな人たち。今、その分野の市場で強いのは、業界最大手のX社の××商品」などという話を伺うとします。(石澤前掲書、P73)
キリン生茶のパッケージリニューアルは、2008年7月、キリンビバレッジさんより御連絡をいただいたことから始まりました。(西澤前掲書、P87)

 取り急ぎ付け加えておくと、今回比較対象として取り上げた3社のうち2社は、資料の中では「構想」段階からブランディングに加わっている事例が紹介されており(博報堂デザインの「伊右衛門」、エイトブランディングデザインの「ひかり味噌」「COEDO」など)、これらのデザインファームがブランディングを「構想」段階から支援しない、ということではない。また、セイタロウデザインが全ての案件をブランド構想段階から支援しているということでもない(*11)。

 とすると、セイタロウデザインの資料に「構想」に含まれるワークパッケージが明示されているのは、ブランディング事業の業務標準化の試みの結果として、これが切り出されたと考えるのが自然であろう。

 では、もう一方の「実行と管理」に属する「ブランド管理講習」(*12)が含まれているのは何故だろうか? 現状では考察のための材料が不足しているので、一つの可能性として示唆するに留めるが、山﨑が企業経営全体に関わる機会が増えた結果という可能性は指摘出来よう。

 山﨑はB2BメーカーのJMCの経営に東証マザーズ上場以前から取締役として参加しており、またその結果として近年では「経営にデザイン戦略を並走させるような」仕事が中心となっている。また、M&Aされた企業の事業再生にファンドとともに関わるような仕事も行うなど、伝統的なデザインファームの行う業務の範囲を越えた活動を行っている(*13)。その一つの結果として、セイタロウデザインのブランディングパートナー事業のワークパッケージの中に、田中の示したブランド戦略の5段階それぞれに分類されるものが含まれた、と考えることは可能である。


ワークパッケージの配置が標準的な理論とは異なっている理由

 次に検討したいのは、セイタロウデザインのブランディングパートナー事業の流れが、田中の示した5段階に必ずしも沿っていない理由である。

 先に見たように、田中は自著で示した諸段階を混同してブランディング事業を行うことは、混乱を引き起こすリスクになると主張している(必ず混乱が発生すると主張しているわけではない)。しかしながら、セイタロウデザインでは、プロセスの第2段階に「構想」「経営」「マーケティング」それぞれに含まれるワークパッケージを並置している。

 これは何故なのだろうか?

 やはり一つの可能性としてであるが、考えられるのは、セイタロウデザインが行っているのはブランディングそのものではなく、ブランディングを支援するコンサルティングであるから、というものだ。

 田中が示しているのは、ある事業者が自らブランディングを実施する場合の手順である。一方で、ブランディングを支援するデザインファームは、博報堂デザインやエイトブランディングデザインの資料からも推察出来るように、ブランド作りの最初期の段階から加わらない場合も多い。例えばエイトブランディングデザインは「ひかり味噌」や「COEDO」のブランディングでは、当初はパッケージデザインのリニューアルとして相談を受けてから、より以前のプロセスに遡って実施するリブランディングを提案している(*14)。このように、当初は「マーケティング」と「コミュニケーション」プロセスのみの発注であったものが、リサーチの結果として「構想」「経営」プロセスを含めた全体的なブランドの見直しや追加へと進む場合には、一般的な教科書とは異なる流れになるであろう。資料に明示的に示されてはいないが、こうした現象は今回取り上げた4社のいずれにおいても、注意深く観察すれば見られるのではないだろうか。

 すなわち、先程と同じく、セイタロウデザインにおいてはより細かなワークパッケージの切り分けを行っているために、このような遡及型の構造が強く可視化された可能性を指摘出来る。


(*8)ジーン・レイヴとエティエンヌ・ウェンガーが1991年に提唱した学習・教育のモデル。なんらかの活動を実践する共同体に参加し、新参者から古参者へと移行してゆくプロセスの中で、その共同体の諸活動についての知識や技能を獲得してゆくという考え方である。レイヴとウェンガーが強調したのは、これらの学習が文脈や状況を伴い、実践を通して行なわれるという点である。レイヴとウェンガーは徒弟制による学習をLPPの典型的な場とした。なお、レイブとウェンガーがLPPの概念によって提起したのは、徒弟制への批判ではなく、徒弟制の持つ長所(文脈を伴う学習)を徒弟制以外の教育法にも応用出来るという指摘である。ジーン・レイヴ/エティエンヌ・ウェンガー『状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加』産業図書、1993年。
(*9)ここで想定しているのは「コピーライティング」「グラフィックデザイン」「ウェブデザイン」「書体デザイン」といった、日本十進分類法の547(通信工学・電気通信)や674(広告・宣伝)、727(グラフィックデザイン・図案)の棚にマニュアル本が並んでいるようなアクティビティである。
(*10)このコメントは博報堂デザインによるサントリーの「伊右衛門」のブランディングのプロセスが商品開発段階から行なわれたという特殊性を強調するためのものである。
(*11)例えば日本コカ・コーラの「い・ろ・は・すグラススパークリングウォーター」においてセイタロウデザインが担当したのは、キービジュアル、メインコピー、店頭用・営業用ツールである。セイタロウデザイン『デザインアーカイブス -2019』P55.
(*12)田中は「実行と管理」を説明した章で「ブランドに関する社内研修を行うことは有用である」と指摘している。田中前掲書、P217.
(*13)『+81 vol.86』PP90-91.
(*14)西澤前掲書、P40, PP157-158.

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株式会社セイタロウデザイン代表、アートディレクター、デザイナー。株式会社JMC取締役兼CDO。FMヨコハマ「文化百貨店(毎週日曜2430−2500)」パーソナリティー。NPO ATRS WORKS理事。東京2020組織委員会スポーツプレゼンテーション・クリエイティブアドバイザー。