アナザー・バスカッシュ! #09

第九話『ジャンクション』

 生き残った。しかし、何もかもが今は無い。

 バスカッシャー達の燃える思いがアースダッシュと月の地中に眠るアルティマイトを活性化させ、急接近をしていた二つの星は再び遠ざかる事で最悪の事態は逃れた。しかし、それまでに失った犠牲はあまりにも大きかった。

「街が……穴ぼこになっちまった」
 呆然とダニエルがつぶやく。

 剥がれ落ちた月面の表面が隕石と化してアースダッシュの各都市を襲った。人々が避難する間もなく瞬時に巨石が街を押し潰した所も数多い。災害中途より、月面都市・ムーンムーンからの墜落予告が順次発令されたが、あまりにも月と地表との距離が近すぎた。アースダッシュの三分の二の都市が壊滅し、難を逃れたのは、月よりも最も遠い、南北の極点に近い僅かな都市のみであった。ここ、ホワイトシティも御多分に漏れず、未曾有の大災害の餌食になった。

「ま、良かったじゃねえか。命あっての物種だ」
 俺はそう言って、ダニエルの肩を叩いた。
「どうだい、ここは一つ──」
「一つ? 何だよ、一つ」
「幸いここに酒がある。どうだ? コイン二枚でワンショットってのはどうだい?」
 懐からスキットルとカップを出すと、俺は飛び切りの愛想笑いをしてみせた。

   ×   ×   ×

 俺の名前はグレゴリー・リンクス。ホワイトシティの三番街で探偵所を構えていたが、今はもう無い。文字通りだ。住居兼オフィスだったアパートは、隕石によって木っ端みじん。俺はその時、バイト先の『アンクル・ブレーカー』でシェイカーを振っていた。恥ずかしい話だが、最近は探偵のクチが無く、バーテンとして働く事の方が多かった。人間、何が幸いするか分からない。たまたま店に居合わせた、俺と客のダニエルとジョナサン、そしてオーナーのケイトの四人は命からがら街を抜け出した。ハイウエイを通って砂漠に行くか、反対側の小高い丘に逃げるか……ケイトが言った。

「丘へ! 丘に遺跡があるのよ。いざとなったら神様が守ってくれるわ!」

 今にして思えば、丘の上なんて小高いところよりも、だだっ広い砂漠に逃げるのが普通だろう。第一、俺達を襲っているのは洪水でじゃあなくて隕石だ。しかし、その場にいた俺を含めた三人の男は、のっぽなプラチナ髪の女の言う事に何故だか納得しちまった。虫の知らせというのだろうか、俺達は車で逃げる連中とは道を違え、丘へ向かった。坂道を上っていると、これまでになくデカイ隕石がハイウエイの方に向かって落ちていくのが見えた。思わずケイトが立ち尽くして呻く。
「ああ……」
「来い、ケイト! お前らもこっちだ!」
 とてつもなく大きな音がすると、続いて暴風のような衝撃が周囲に走る。俺達はジョナサンに従って近くの岩陰に隠れたおかげで、かろうじて凌ぐことが出来た。空には粉塵が、嵐のように立ち上っていた。俺達は、ただひたすら岩陰で背中を丸め、衝撃が収まるのを待った。

 どれだけうずくまっていただろう。ようやく風が止み、俺達は丘に登った。頂上には巨大な石が円状に並んでいるが、特に観光地でもないのでベンチも何も無いただの広場だ。あらためてホワイトシティを眺める。それは想像を絶する酷い有様だった。死んだ婆さんがかつての大戦のすさまじさをよく聞かせてくれたが、この様子を見たら何と言うだろう。街のそこら中には大穴が空き、美しかった街の建物は朽ちた墓石のようにその残骸を晒している。方々では火の手が上がっているが、それを消す手立てはない。幸いなのは、消し飛んじまったものが多いせいで、大火事にはなりそうもない事だった。そこへ、先程よりは遥かに小さいが、数々の隕石が降り注ぐ。
 俺は、ダニエルと最後になるかもしれない乾杯をした。少し離れた所でジョナサンとケイトが抱き合っている。そうだな、お前さん達は上級学校からの付き合いだった。付かず離れずを繰り返して、ようやく自分たちの気持ちに素直になったという事か。ちょっと妬けるが、俺は二人の未来にも乾杯した。とはいえそんなものが今から有りえるのかわからない。俺は、未練がましくショットの中身を少しずつ喉にたらし込んでいった。いつ失われるかわからない命を愛おしむように。その時、ダニエルが叫んだ。

「月からの臨時放送だってよ!」

 ダニエルの携帯テレビに映っていたのは、かつて事件で関わった事のある男だった。『アンクル・ブレーカー』のカウンターでムーンレイカーを頼んだあいつは只者じゃねえと思っていたが――

「私は月評議会議長、スラッシュ・キーンです」

 ムーンレイカーの男ことスラッシュは、演説を始めた。月とアースダッシュが急接近をしていて激突の危機にある事、事態の打開をすべく最後の手段を取る事、そしてそれはビッグフットによるバスケの試合に伴うエネルギーを使う事――かいつまんで言うとそんな感じだ。何だか途方もない話だが、ビッグフットのような高そうなシロモノを、貧乏なアースダッシュの連中に安く売り流しているのか、その理由がわかった。要は『使える』人間を探すためだったというのだ。古の神々が投げたという『イカヅチの球』が生み出すエネルギーを再現する事こそが、この危機を乗り越える唯一の道らしい。そのエネルギーを、どうやって作ってどうやって使うのかはよくわからない。月の放送もノイズが酷くなって所々聞き取れないし、第一いきなりあやしげな『伝説』がどうのこうの言われても何が何だか。そもそも、『イカヅチの球』とはどんなタマなんだ?

 気温がやけに低くなる。俺達は木切れを集め、焚き火を起こして暖を取った。車座に座り、僅かに残ったウイスキーを回し飲む。
「ビッグフットに乗ってると……機械をただ操縦しているんじゃない。自分の体以上に、気持ちがビッグフットに乗り移る事がある。ダニエルもそんな事、あるだろう?」
「うーん。ひょっとしたらそんな気分かな、ってのはあるかもしれないけど……」
「どういう事だ?」
 アースダッシュBFBリーグでは実力一番だと言われるジョナサン・クリストフに、俺は尋ねた。
「バスケの用語やビッグフットについてはよく知らねえんだ。わかりやすく頼むぜ」
「そうだな」
 ケイトの肩を抱きながら、ジョナサンは天を仰いだ。空の色はどす黒く、もはや昼なのか夜なのかわからない。月面のムーニーズの街の明かりがやけに近い。
「自分の体以上に思い通りに動くんだ。手も足も。そりゃ、自分じゃない、機械の手足だ。しかし、力が湧いてくる。その分押さえ込むのに苦労するけどな」
 俺は、昨年のリーグ戦の最終戦での出来事をよく覚えている。ホワイトナイツとブラックイーグルスが戦い、選手全員が倒れ、ビッグフットの半数が自壊して終了した。無効試合、と新聞ではあっさりと試合結果が書かれただけだが、あの時のジョナサンは凄かった。まるで人間のような動きで、いや人間以上の動きで彼の駆るビッグフットはフィールド上を疾走した。対するブラックイーグルスのエース・ファルコンもそれに応え、互角の戦いを繰り広げた。それに釣られる形で両チームの残り四機も『全力』を出したが、ジョナサン達には敵わず自らを制御する事が不可能となり、次々と倒れていった。
「なあ、あの時ジョナサンは、どのくらい本気だったんだ?」
「あの時か……」
 自分の試合の事は思い出すまでもないのだろう。いともあっさりとジョナサンは答えた。
「八割だ。時々、全力に近い力を使ったが、それはまぁ、メリハリだな。だから俺は過呼吸で息が切れるだけで済んだし、マシンも無事だった」
「八割だァ?!マジかよ!!」
 ダニエルが呆れたように叫ぶ。
「あの時俺は、あんたについていこうとホントに必死だったんだぜ。だのに八割?」
「あんたは頑張ったわよ、ダニエル」
「ハァ~、俺の目標は果てしなく遠いんだなってあらためて思ったぜ」
 ダニエルが俺に向かって苦笑いを浮かべた。そうだな、気持ちはわかる。俺もステラドームのスタンドからその試合は見ていた。公式戦の最後だというのに閑古鳥の鳴く会場。当時はまだ店の常連だった俺は、他の常連達と一緒にケイトに誘われて試合観戦に行った。チケットはすでにタダ券がばらまかれていたので、金は掛からなかった。とはいえ、俺はBFBなんて胡散臭い見せ物には無駄な時間を使いたくなかったのだが、観戦後にビールを一杯を奢るというケイトの提案に乗っただけだった。おかげで俺はとんでもないものを見る事が出来たのだ。人間、がめつい時の方がラッキーな事もある。

 上のムーニーズでは、『伝説リーグ』とやらを始めたようだ。スラッシュの旦那の演説が終わり、開会式が粛々と行われた後に、試合開始だ。相変わらず月の放送はノイズが酷い。俺よりも話の飲み込みの早いジョナサン曰く、選ばれたプレイヤー達がビッグフットで試合をすると『イカヅチの球』が生まれるとか何とか。要は、試合をしている連中が頑張らねえと月もアースダッシュも激突してお終いというわけだ。世の中にはバスケ嫌いやビッグフット嫌いも居るだろうに、その両方に頼らねえと命が助からない羽目になっちまった。そいつらはどういう思いで月を見上げているのだろう。
「ここでテレビ観戦してても仕方が無いな」
 ジョナサンが立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「街へ戻る」
 隕石の落下はおさまったようだ。留守番をしている理由もないので、俺達は全員街に戻ることにした。酒も切れそうだし丁度良い。気がつくと丘の上に転がっていた大きな石が輝いていた。淡くて優しい光だ。ケイトがつぶやく。
「やっぱり、守ってくれていたのかしら」
 俺は神というものを信じていないが、今回に限っては『何か』に感謝をしたくなった。
「最後の酒は、あんたにやろう」
 俺はスキットボトルのウイスキーを手近の巨石に降りかけた。

   ×   ×   ×

 穴ぼこだらけに見えたホワイトシティだったが、いざ現場に行ってみると意外に残っている建物が多かった。ステラドームも半壊程度で、地下のビッグフットが格納されているスペースも無事だった。ジョナサンとダニエルがビッグフットを操縦し、ケイトと俺はそれぞれの機体に乗り込む。こういう災害時には暴動が付きものだと聞いていたが、生き残った街の連中は放心したように空を見上げていた。
「気になるんだろうよ、伝説リーグが」
 車内の無線でジョナサンが言う。
「月で戦うあいつら次第で俺達の運命が決まる」

 『アンクル・ブレーカー』は、運の良いことに倒壊したビルの間に挟まれるような形で残っていた。しかし、中は滅茶苦茶で、瓶の割れた酒の匂いでいっぱいだった。
「グレッグ、窓開けて! これじゃ二日酔いになっちゃいそう。それから、そこのロッカーからホウキとちり取りを!」
 取りあえず俺とケイトは店を片付け始めることにした。倒れた棚を元に戻し、割れたグラスを拾い集める。ジョナサン達は辺りを見てくると言ってビッグフットで出掛けていった。
「やっぱり気になるんじゃない?」
 モップを掛けながらケイトが言った。
「伝説リーグか?」
「それもあるだろうけど、ファルコン・ライトウイング。たった二人で月のコワモテ達と戦おうなんて事してれば、そりゃあ気になるでしょう?」
 ファルコン・ライトウイングとはジョナサンが去年の例の試合で戦った相手だ。ジョナサンの凄さをファルコンが引き出し、ファルコンの凄さをジョナサンが引き出し、その結果、全ての選手達が全力を出し切った。そいつが今、アイスマンという奴と二人で伝説リーグに出場している。空では生き残った放送システムが試合の様子を生中継している。ダニエルが置いていった携帯テレビをつけてみる。建物が倒壊したせいか、普段は電波が悪いこの店でもクリアな映像が映った。月の住人達の大歓声、初めて見るムーニーズの街並、そして走るビッグフット。アナウンサーが絶叫する。

『これぞ、これぞスーパーゲームだ!!』

「バッテリーが勿体ないわ。消して頂戴」
「ん、いいのか?」
「いい。音声なら外から聞こえてくるし、そのテレビには肝心な時に役に立って欲しいから」
 もうすぐアースダッシュが無くなっちまうかもしれないのに、ケイトは後先の事を考えている。おかしな話だが、俺も伝説リーグにはとんと関心が無かった。あっさりとスイッチをオフにすると、店内には静寂が戻った。遠くで先程の放送の音声が聞こえる。俺達は黙々と作業を続けた。

「私にとってのスーパーゲームはね……」

 しばらく経って、不意にケイトが口を開いた。

「私にとっては二つ。一つは上級学校時代、あいつが逆転のシュートを決めた試合」
「あいつって……ジョナサンか?」
「そうよ。あの時のジョナサンは格好良かったなあ……」
 手を止めてケイトは店の壁を見ていた。沢山貼られたバスケット関係のポスターや写真に交じって、黄ばんだ新聞の切り抜きがあった。それは、カウンターからよく見える所に貼ってあるので、いつしか俺もその記事の内容を覚えてしまった。俺が常連としてカウンターに座っていた頃も、ケイトはその切り抜きを眺めていたのだろう。

『ホワイトシティ校、奇跡の優勝!』
『MVPはジョナサン・クリストフ』

 壊れた棚の扉の蝶番を直して、飛び出した食器や酒瓶をしまい込む。半分以上のグラスや皿が粉々になっちまったが、店いっぱいに客がやって来る事もないだろう。まあ、これで何とかオープン時間には開店出来るだろう……おっと、俺も何を考えているのやら。
「もう一つのスーパーゲームって何だい?」
「あんたも知ってる試合」
「俺も?……ああ、去年のあの試合か」
「そうよ。去年のホワイトナイツ対ブラックイーグルス。無効試合になっちゃったけど、あれは久しぶりに、ジョナサンの試合を見たなって感じだった」
「だから、惚れ直した?」
「フフフ。最初から惚れてたから」
「それはいいが……きちんとジョナサンに言った事はあったのか?『好きだ』って」
「気がついたらこんな歳になってた。でも、後悔はしてないわ。だって……」
 ケイトは優しく微笑んだ。
「これでもし世界が最後になっても、隣にはあいつがいる。そう思うと変よね。私、嬉しいのよ。嬉しくてたまらない」
「はは、それじゃあ表をほっつき歩いてるあいつを呼び戻しとかないといけねえな」
 不意に扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
 習慣とは恐ろしいものだ。思わずケイトも俺も声を掛けた。おまけにユニゾンだ。扉を開けた人間もさぞかし驚いた事だろう。
「あのう、お店、やってるんですか?」
 入り口に立っていたのは一人の少女だった。不安げな様子で俺達を見ている。
「そうね、お客がいればやらない手は無いわね」
「俺は構わないよ、ボス」
「お客さんは何人? お嬢さんお一人?」
「えっと、四人だったんですけど……今は二人で……ちょっと呼んできますね!」
 少女はダッと駆け出すと、何処かへ行ってしまった。きょとんとして俺達は顔を見合わせた。
「何だろうな?」
「この期に及んで、冷やかしじゃあないでしょ」
 やがて、どこかで聞いた事のある機械音が遠くから聞こえてきた。二足で歩行する機械といえば――
「ビッグフットか」
 俺達は店から出ると、一台のビッグフットを出迎えた。埃や土砂で汚れてはいるが、マゼンダ色のビッグフットは軽快な足取りで店の前で停止した。
「ごめん、駐車場は無いのよ。そこら辺、通行人の邪魔にならない所に停めておいて!」
「わかりました!」
 操縦席の中には、先程の少女と、一人の少年が乗り込んでいた。
「へえ、なかなかの美男美女」
 ケイトが彼等に指図をしている間に、俺は軒先に開店の看板をぶら下げた。誰が来るかはわからないが、現に二人やって来た。どんな奴等が飲みに来るのか……それはそれで楽しみだった。とはいえ、銃の用意はしておこう。どうやら夜がやって来たようだ。暗かった空が更に闇色へと変わる。俺は無事だった自家発電機のエンジンを掛けた。店の中が煌々と輝く。

   ×   ×   ×

 二人は揃ってビールを注文した。聞けばホワイトシティに試合をしにやって来たという事だった。
「試合って、BFB? それともOCB?」
「バスカッシュです」
 少年は言った。
「この街のジェッツっていうチームと戦う筈だったんですけど、それどころじゃ……」
「さっき、四人って言ってたわね。残りの二人は?」
「それが隕石のおかげではぐれてしまって。私、チームのマネージャーをやってるシンディ……みんなはヴォイスって呼んでます。で、彼はトーイ」
「ヴォイスにトーイね。取りあえずこれを食べていて」
 ケイトは手作りのピクルスを差し出した。
「今日はあり合わせの料理しか作れないけど、任せてね。好き嫌いはある?」
「あ、お構いなく。私達、手持ちがそんなに無いんで。いえ、これ位払えるお金は……」
 荷物を宿屋に置き忘れた上に、慣れない土地で取って返す事もままならず。途方に暮れていた所にこの店を見つけたという事だった。
「いいわよ。今さら儲けようとも思ってないし。これ以上お客が増えるとは思えないから、今日はゆっくり飲んでいって」
 店内を見渡していたトーイは、一枚の写真に目を留めた。
「ジョセフ・ジェファーソン……これ、いつの写真です?」
「ああ、大昔の名選手よ。伝説ね。いまだに上級学校のリーグでは彼の記録は破られてないの」
「へえ……」
 何故かトーイはニヤニヤと笑う。
「ジョーさん、無事だと良いね」
「大丈夫さ、あの人は特別だ」
 トーイはヴォイスの手にそっと自分の手を重ねた。なかなか初々しいカップルだ。いつもやって来る客達がやさぐれた連中ばかりなので、どこか店内が華々しく見える。
「トーイ、私歌う」
 ヴォイスは、カウンターの高椅子から降りると俺達に向かってお辞儀をした。
「私、ストリートで毎晩歌ってるんです。飛び込みでやって来た私達にこんなに良くしてもらって……だからお礼に、歌います」

   ×   ×   ×

 ヴォイスの歌声は澄んだ美しい声だった。隕石の落下は収まったとはいえ、まだまだ予断は許さない。月の上では世界を救うために伝説リーグが行われている。しかし、ここには酒があり、店には客と俺達がいる。『アンクル・ブレーカー』は営業中だ。

「おお、やっぱりヴォイスか。遠くからでも良く聞こえたぞ」

 一曲を歌い終わる間もなく、男が四人やって来た。二人はジョナサンとダニエルだったが、もう二人は見慣れない老人と大男だった。老人が入って来るなりヴォイスは声を掛けた。
「よかった! やっぱりみんな無事だったのね!」
「何とかな。ビッグフットも無事じゃよ。サミエルも生き残ってると連絡が入った」
「あー、よかった!」
 その次に入ってきた大男は微笑む。
「それで無事ついでに、この人達とワンマッチをしちゃったんですよ」
 大男はいかつい身体には似合わないくらいの無邪気な笑顔を見せた。その横でジョナサンが苦笑いをしている。
「そこらを回ってたら、この二人に会ってな。最初はお互い、ガレキを取り除いたりしてちょっとした人助けなんかをやってたんだけど……空の上の実況をチラチラ見てたらどうにも、な」
「我慢出来なくてバスカッシュ? まぁ、ホントに不謹慎ね」
 怒ってみせながらもケイトの顔は微笑んでいた。そしてさらにほくそ笑む。
「トーイ、さっきのあんたの笑顔の意味がわかったわ」
 さっきの笑顔? どの笑顔だ。トーイもいたずらっぽく微笑んでいる。ケイトはとまどう老人に向き直ると、あらためて挨拶をした。
「ジョセフ・ジェファーソンさんですよね。私はあなたに憧れてバスケット選手になりました。ようこそ、『アンクル・ブレーカー』に!」

   ×   ×   ×

 俺達は一晩掛けて、酒を飲みながら色々な話をした。生身でのバスケット、ビッグフットでのバスケット、そしてバスカッシュ――

 翌朝、ジョナサン達はトーイを交えて本格的にバスカッシュをやり合う事になった。月では丁度、チーム・バスカッシュが伝説リーグに殴り込みを掛けてる頃だったな。俺達は、目の前のジョナサンとジョセフの対決に目を奪われて月の事なんざすっかり忘れてたが、それが良かったんだろう。気がついたら月とアースダッシュの危機は去っていた。だから俺はこうしてカウンターでグラスを今でも磨いている。

 え、探偵業はどうしてるって?安心しな。店の扉の貼り紙を見てくれよ。

『探偵は、今、グラスを磨いています』

 敢えて「働いている」と書かないのは俺の意地だ。確か今晩辺り、ハネムーンからケイトとジョナサンが帰ってくる頃だ。俺は、開店の看板を軒下にぶら下げた。

初出:Blu-ray「バスカッシュ!」shoot:9(2010年4月21日発売)初回特典
   (発売・販売元:ポニーキャニオン)

読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)