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君は生きているだけで素晴らしい

2歳の息子。甘えたい時期である。加えて早生まれで、同い年のお友達と比べても、体力がない。保育園では、昼ごはんを食べる途中でウトウトしてしまうということ。

そう、体力がない。別に病気とか体が弱いということではなく、単に早生まれなのと、インドアなのでもしかしたら体力もない方の子なのかもしれない。ブロックやパズルは集中して延々とやっている。あるいは親と散歩に出かけた日には、親が先にバテてしまうほど、汗をかいて全力でずっと走っている。別に心配はしていない。

さて、そんな息子、外をお散歩していると、すぐ「だっこ、だっこ」とおねだり。ちなみに、うちの子は抱っこのことを「だっち」というので、「だっち、だっち」なのだが、まあそれはいい。

最初は、「甘えん坊だなあ」から、「体力がないならつけさせるために歩いた方がいいのかしら」なんて考えも変わったりして、いまだにどうするのがベストか、ベストまで言わなくてもベターなのか、よくわからない。

だが、最近、ふと思ったのだ。わたしは運動神経自体はさほど悪い方ではなかった(と勝手に思っている)が、マラソンのように延々と運動するようなことは得意でなかった。好きでもなかったから、伸びなかったということもあるかもしれない。

さて、その時に、「同い年の友達はみんなこれくらい走ってるんだから、お前だってできるだろう。頑張って走れ」と言われたらどうだっただろうかと考えてみた。まあ、考えるまでもない。嫌に決まっている。不登校になりそうだ。

トイレトレーニング。いわゆるトイトレ。または言葉の読み書き。最近は小さい頃から英語までトレーニングするそうだ。あるいはお絵描きや工作、習い事。何でもそうだが、基本的に大人は、子供の能力やランクを、他の子との比較を通して見る。

それは、ある意味、仕方ない部分もあると思う。他人を通してしか自分を知ることはできないのと同じで、他の子との比較をせずに、自分の子がどうかを知ることは出来ないのだ。

大人は子供に「君は君のままでいい」とか「ありのままが一番」とか言う割には、「個性」というものをよしとする。「歌が上手い」「足が速い」「優しい」「のんびりしている」など、それらは全て、他人との比較でしかないのに。世界のみんながのんびりしていたら、「のんびりしている」なんてあえて言わないではないか。

子どもも大変だよな、とつくづく思う。わたしも早生まれだが、幼稚園に入った頃でも、わたしの発する言葉は母親にしかわからなかったと聞いた。幼稚園の先生は、それを聞き取るのに苦労したことだろう。

おそらく息子も、保育園でそんな状態だと思う。他の子達は、先生や友達同士でたくさんお話をしているのに、自分はできない。頑張って話しかけてみても、友達どころか先生も理解してくれない。なんなら、簡単な英語なら話すお友達もいるだろう。「イエス!」とか「キャット!」という感じで。察するに、楽しい状況ではない。

大人なら、ある種、自分のできないことに対しては諦めもついているし、社会とはそういうものだと頭で分かっている。しかし、小さい子供はそうはいかないだろう。他の子はできていることが、自分はできない。やりたいのに。

もし、息子が4月生まれだったら、それはそれで悩んだりするんだろう。他の子より早くできるはずが、できていない、もっとできてほしいとか、思うのだ、きっと。

親としては、無条件で愛してあげたいものだ。他の子と比べて、できること、できないこと、いいところ、良くないところ、比べれば色々あるだろう。

でもそんなこと、本当は関係ないはずだ。君は生まれてきてくれただけで素晴らしい。嘘じゃない。本当だ。大半の親はそう思っているはずだ。おそらく。生まれてきてくれたその瞬間、それだけで、君は一生分の親孝行をしたと言っても過言ではない。それくらい、親になる前と後では価値観がガラッと変わったんだ。それだけで、本当に素晴らしいことだ。

親だって人間だから、言うことを聞いてくれない時、精神的に余裕がない時には苛立ってしまうこともある。なんで言うことを聞いてくれないの?と思うこともあるだろう。

そういう時は、子供だからって親の所有物ではなくて、尊重すべき1人の人間であることを意識してみる。自分が子供だった時に、親のことをどう思っていたか、思い出してみる。もちろん親は子供にとって世界の根幹をなす存在ではあるが、全てが正しいとは思っていなかった。結果的に親が正しかったとしても。その時々、子供は子供で、一生懸命考えているのだ。自分の持ちうる道具、知識、経験をフル活用して、自分なりに信ずるところを貫いているのだ。

それはそれで、素晴らしいことではないか。尊重してあげたいではないか。結果的に間違っていたとしても。遠回りだったとしても。寄り道だったとしても。それで得るものもある。

遠回りすら、寄り道すら愛おしい。君の我儘すら、「もうこんなことを言えるようになったのね」とお父さんのパワーになるのだよ。わからんだろう。君も親になったらわかる。ふふふ。それまでは、好きなだけわがままに生きたらいい。全部受け止めてやる。

それをもし、親になってありがたいと思えたならば、それは親孝行より、自分の子供にしてやったらいい。

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