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手越祐也『自身の力でアーティスト人生を切り拓く』(後編)人生を変えるJ-POP[第22回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、元ジャニーズ事務所でNEWSのメンバーだった手越祐也を扱います。同事務所には、彼のように退所独立後、アイドルからソロアーティストへの道を踏み出している人が何人もいますが、彼の活動の仕方やアーティスト活動と並行しておこなっている慈善活動などから見えてくる彼の人間性や音楽性について、紐解いていきたいと思います。

前編はこちらから)

グループで歌うこと、ソロとして歌うことの圧倒的な違い

アイドルグループのボーカルを担当してきた人がソロのアーティストを目指したいと思うのは、ごく自然な欲求ではないかと思います。手越祐也だけでなく、アイドルグループで歌って来た多くの人がグループを脱退してソロ活動に入っていくのを見てきました。

ですが、誰もが成功するとは限りません。うまく転向していく人もいれば、ソロ活動をしばらくやってみて再びグループに復帰するという人も少なからずいます。

そういう人たちを見てきて、何が違うのかを考えた時、1つ言えるのは、圧倒的な「華」を持っているかどうか、ということだと思います。

1人で歌うというのは簡単なことのようで簡単ではありません。多くの人が誤解するのは、グループでメインボーカル、又は、メインに近いほど、簡単にソロ歌手になれるだろうと思うことです。

確かに今までソロアーティストへ転向した人は、グループの中でメインボーカルか、それに準じたポジションにいる人が多かったのは事実です。しかし、グループで主に歌うことと1人で歌うこととは全く違うのです。

この部分を本人も含めて誤解している場合、上手くいかないケースが多いと思われます。

グループでメインボーカルを担当するというのは、1曲の中でのサビを歌うことが多いです。また、歌い出しやサビと言った目立つフレーズを歌うことで、自分の歌唱力をアピールします。

しかし、それはその部分に限っての歌唱力であって、その実力がそのまま1曲を歌い通せる力になるかどうかはわかりません。また、グループの場合、楽曲を作る側は、メンバーそれぞれの音域や声の特徴を考慮して、一番得意と思われるフレーズやハーモニー構成にすることが多いです。

すなわち、歌う側からすれば、一番出しやすい得意な音域のフレーズが与えられることが多いのです。

これがグループで歌っている時とソロで歌う時の根本的な違いで、ソロで歌うということは1曲全部を最初から最後まで1人で歌うということなのです。

なんだ、そんな当たり前のこと、決まっているじゃないか、と思われる人も多いかもしれませんが、グループで長く歌手活動してきた人は1曲を通して歌うという経験が多くありません。

必ず自分以外の人が歌うフレーズがあり、その間は歌を休んでいることが出来ます。しかし、1人で1曲を歌うということになれば、最初から最後まで、どんな状況になっても歌い続けなければなりません。いわゆる休みがないのです。

これが最初からソロ歌手を目指して練習し活動してきた人間と、グループの中で何箇所かを担当して歌の練習を積んできた人間との根本的な感覚の違いです。

さらに、ステージに立てば、10曲以上の楽曲を歌い通す力が要求されます。歌う力だけでなく、MC、会場にいるファンを引っ張っていく力が要求されるのです。

ソロの絶対条件「華がある」とはどんな人か

ステージに1人で立つ、ということは、自分以外の誰も頼るものがないということであり、何が起きても対応出来るだけのメンタルの強さも要求されることになります。

さらに歌声に関していえば、グループのハーモニーの中で際立つ響きを持っているということと、その声ひとつで十分魅力的な響きを持っているということでは、全く違うのです。

キャラクターとして、その場にいるだけで人を惹きつけるものを持ち、多くの人を魅了するだけの歌声の響きを持つ人のことを業界では「華のある人」と言います。

この要素がソロアーティストとして成功していくには、絶対条件なのです。
そういう観点で見ると、手越祐也は十分にソロアーティストとして成功していく要素を持ったグループ歌手だった、ということになると思います。

彼の歌唱力を多くの人が見直したのは、独立後、彼自身が配信し続けている数々のカバー曲の存在が大きかったでしょう。

普通、独立し、すぐにソロ活動を始めたとしても、オリジナル曲もなく活動の場も限られていく中では、自身の歌を多くの人に知ってもらえる機会は皆無に等しいです。それをカバー曲を歌うということで彼は見事に歌唱力を披露してきました。

のびやかに明瞭に届く歌声の秘密

手越祐也の歌声の特徴は、非常に伸びやかで、綺麗なストレートボイスの響きを持っています。響きは全体的に明るく、こもったり、掠れた響きはありません。どの音域も非常に綺麗に鼻腔から眉間に響いており、歌声が明瞭に届いてきます。

声質的にはハイトーンボイスのバリトンで、ファルセットからの綺麗なヘッドボイスも持っています。

彼が(動画)配信した数々の楽曲のカバーを聴くと、この人がきちんとボイストレーナーについて訓練を積み重ねてきたのがよくわかります。彼の歌声は、どのようなジャンルの歌を歌ってもびくともしない基礎力を持っていると言えるでしょう。また、どんなに難曲であってもそれを歌いこなしていくテクニックの高さも同時に持ち合わせていることがうかがえます。

その実力が証明されたのは、YOASOBIの『夜に駆ける』ではなかったでしょうか。この楽曲は高速メロディーとそれに伴う歌詞の言葉数の多さで非常に難易度の高い楽曲ですが、この曲を彼は正確な音程とリズム刻みで見事にカバーしています。

また、パワフルな歌声を披露しているLiSAの『紅蓮華』では、伸びやかさの中に力強さを発揮し、歌声の魅力を全開にさせ、反対に『ホール・ニュー・ワールド』では、ゆったりとしたスローな楽曲をたっぷりと歌い上げて世界観を表現。

このようにジャンルの全く違う楽曲に対して、その都度、歌い方を変えられるのは、それだけの基礎力とテクニック、そして歌唱力を持つ証拠なのです。

さらに彼の特徴として、「言葉が非常に明解、明瞭である」という点が言えます。どんなに高速テンポの楽曲であっても、言葉のタンギング(発音するときのアクセント)が非常にしっかりしているのと同時に、どの言葉も同じ響きで耳に届いてくるという特徴を持ちます。

そのため、リスナーは彼の歌声と一緒に言葉を脳内で一瞬にして文字に変換し、歌詞の内容を瞬時に理解していけるという利点を持ちます。

これによって、彼の歌はリスナーに余分なストレスをかけない、純粋に歌声とその世界観を楽しむことができるのです。

これらの歌手としての実力が、1stアルバム『NEW FRONTIER』を発売するにあたって、ジャンルの異なる楽曲を6ヶ月前から月に1曲ずつ連続で配信するという従来にないスタイルの方法を可能にしたと言えるかもしれません。

さらに月に一度の楽曲配信は様々なMVを伴うもので、それだけでも大変な労力が想像できます。以前から準備していたとも考えられますが、それでもそれを実行するだけの情熱と企画力は、彼がソロのアーティストとして活動していくという決意の強さを表したと言えるでしょう。

「ひとり親家庭支援」や「手越村プロジェクト」とは?

また、独立後から始めた「ひとり親家庭支援」や「手越村プロジェクト」などは、ひとり親家庭や震災による風評被害などに苦しんだ社会的弱者に光を当て、子どもたちの未来につながる福祉支援を継続的に行っています。

これらの慈善活動は、独立を契機に社会との関わりを積極的に行っていく上で、アーティストとして何ができるのかを彼なりに考えた上での活動とも言えます。

アイドルの殻を脱ぎ捨て、自身の力で世界を広げてきた手越祐也の存在は、今後、同じ道を目指す後輩たちにひとつの方向性と指針を与え続けていると感じます。

手越祐也は、既成概念にとらわれない独自の道を歩み続ける強さを持ったアーティストとして今後も存在していくに違いありません。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞