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手越祐也『自身の力でアーティスト人生を切り拓く』(前編)人生を変えるJ-POP[第22回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、元ジャニーズ事務所でNEWSのメンバーだった手越祐也を扱います。同事務所には、彼のように退所独立後、アイドルからソロアーティストへの道を踏み出している人が何人もいますが、彼の活動の仕方やアーティスト活動と並行しておこなっている慈善活動などから見えてくる彼の人間性や音楽性について、紐解いていきたいと思います。

ジャニーズ事務所時代

手越祐也は、1987年生まれ。今年36歳になります。15歳でジャニーズ事務所に入所。2003年にNEWS結成と同時にメンバーに選ばれました。

2005年には映画『疾走』で初主演を果たし、その後もドラマ『しゃばけ』の主演など数多くのドラマ、映画に出演。俳優としての活動をしてきました。
これらの俳優としての活動の一方で、多くの人が記憶するのは、バラエティー番組『世界の果てまでイッテQ!』ではなかったでしょうか。

この番組で彼は、ガイアナ共和国、オーストリアやタイなど、世界各地の国を訪ねて、番組が企画したとんでもないことを実行するという経験を積んでいきます。

この時の彼の企画に対する真剣さや、どんなアクシデントに遭ってもポジティブで明るいトークで乗り切っていく姿に、彼の人柄が出てアイドルだけでない一面を感じた人は多かったのではないでしょうか。これらの体験が、その後の彼が数々の慈善事業に取り組んでいく原動力になったように感じます。

また、NEWS時代には、メンバーの増田貴久とボーカルユニット「テゴマス」を結成し、2006年、スウェーデンにてシングル曲『Miso Soup』を発売。ボーカルユニットとしての活動も盛んに行い、ラジオのレギュラー番組も持つようになりました。

事務所退所後にとったYouTubeという方法

2020年、ジャニーズ事務所を退所独立。その後、ソロアーティスト活動へと本格的に移行していきます。

退所後は、大手事務所に所属していた人が独立した時にありがちなメディアへの露出が極端に減る、という現象が彼にも起こり、全く放送媒体への露出がなくなりました。

事務所から退所、独立という事例はよくありますが、ほとんどの人が、この放送媒体への露出が皆無になる、ということを経験していきます。そのまま消えてしまう人もいれば、特定のファンを確保し、その中で活動をおこなっていく、また、海外に活動の場を移していくというスタイルを取る人もいます。

さらに、地上波への露出が難しいと判断し、露出をネット媒体に委ねながら、地上波への復帰を待つ、という戦略を取った元SMAPの3人のような例もあります。

そういう活動の仕方の中で、手越祐也が取ったのは、YouTubeを使うという方法でした。彼がYouTubeのアカウントを開設した当初、登録者数は170万人に上り、退所独立会見などをおこなってずいぶん話題になりました。

それまでアイドルという枠組みの中でしか彼を知り得ることのなかった多くの視聴者にとって、ユーチューバーのヒカルや宮迫博之、さらには藤森慎吾などの芸人とのコラボは、彼の人となりを知るいい機会になったといえるでしょう。

これらの活動をする反面で、彼は、ソロアーティストとしての顔もYouTubeを使って着々と見せてきたと感じます。

オリジナルアルバムが発売されるまでの約1年間は、YOASOBIの『夜に駆ける』やディズニーの『ホール・ニュー・ワールド』、LiSAの『紅蓮華』、川崎鷹也の『魔法の絨毯』など、ボカロ音楽からアニソン、バラードまで多彩なジャンルに亘って多くの楽曲をカバーして配信してきました。

これらの動画によって、彼があくまでも活動の主軸をアーティストに置いていることを多くの人に認知させたと言えるでしょう。

また多くのカバー曲によって手越祐也というアイドルが、確かな歌唱力を持ったアーティストであるということをあらためて認識させたと言えるかもしれません。

手越祐也の歌唱力

音楽好きの本格派の男性や、彼に対しての様々な先入観を持たないリスナーに聞くと、多くの人が手越祐也の歌唱力を高く評価します。彼らの多くが、手越祐也の歌唱力の高さをYouTubeチャンネルから知ったと言います。

私自身も彼のチャンネルの動画から、彼が優れた歌唱力の持ち主であることを知りました。

手越祐也といえば、それまでの報道や発言からのイメージを抱きがちですが、歌には、その人の人となりが非常によく出ます。歌を聴けば、その人がどんな人で、どんなスタンスで音楽に向き合っているのかということは、全て歌に出ると言っても過言ではありません。彼の歌には、真面目さや誠実さ、弛まず築き上げてきた努力などが全て現れています。

そこに評論家としては純粋に「書きたい」と思わせるだけの魅力を持ったアーティストだったのです。

これは、私だけでなく、私のように彼が配信してきた動画によって、あらためて彼のアーティストとしての魅力や実力を知った人は多かったのではないでしょうか。

グループやボーカルユニットでの活動では、ファン以外にはあまり知られることのなかった彼の歌の実力は、こうやってYouTubeという媒体を積極的に使うことで多くの人が知るようになるのです。

このように、彼の独立後の活動の仕方は、所属事務所に頼らずとも自分の存在をアピールする方法はあるということを示しています。

これは、大手事務所を退所した芸能人の多くが経験する活動の難しさや未だに残る業界の不文律のようなものに対して、それに抗いながら活動していく積極的な方法のひとつの方向性を提示したと言えるでしょう。

現代は、CDを発売し、そのプロモーションを多くの放送媒体を使って行うという従来型の音楽活動の仕方に対し、動画配信を使って自身の活動をアピールすることで、ネットで拡散、大きくブレイクし、メジャーデビューに繋がっていくという活動の仕方が増えているのも確かなことです。また、同時にヒット曲も配信から火がついたものも少なくありません。

大手事務所に所属していなければ、活動の場所が限定されていた従来の在り方から、多種多様な活動の仕方が生まれてきている過渡期とも言えるのが日本の音楽業界の現状ともいえるかもしれません。

そういう活動の中で、彼もまた、2021年にはフォーライフミュージックエンターテイメントから1stアルバムを発売し、ソロアーティストとしてメジャーデビューを果たしました。この発売にあたってのプレゼンの仕方にも彼独自のユニークな方法で従来の在り方とは違った形を提示しています。

このように彼はYouTubeの企画を通して自身の人間性を開示すると共に、カバー曲を歌う動画を積極的に配信することで、今までアイドルとして抱かれたイメージから、手越祐也という1人の人間としての面を垣間見せると同時に、培ってきた歌手としての実力を披露するというセルフプロデュースに長けた面を見せたのです。

後編につづく)


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞