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江戸の養生書、『養性訣』を読む

くずし字が読めるようになりたい。くずし字とは、蕎麦屋さんの看板によく使われているあのニョロニョロとした字だ。

くずし字に対する興味は、『江戸の快眠法』という、睡眠と養生についての本の執筆中に芽生えた。江戸時代の養生書は、くずし字で書かれているものが多いからだ。

では、どうやって学習しようか。くずし字で書かれている文章は、紛れもない日本語の古文になる。とはいえ、あの文字はもはや外国語だ。母語であるというのに、それくらい何が書かれているのか想像がつかない。

そうなのだ。くずし字は外国語だ。それなら、外国語学習のつもりでやろう、と思い立つ。私は20代で中国語を学び始めたのだが、その時の学習法を採用することにした。

その言語に直接触れる学習

私が中国語を身につけた方法は、留学という、直接その言語に触れるという行動だった。普通ならある程度の日常会話をマスターしてから、現地へいくはずだが、無謀にも23歳の私は、「ニーハオ」や「ワンタン」という程度の語彙しかない状態で中国に飛び込んだ。

当然学校の授業は全て中国語。何も聴き取れない。宿題という言葉もわからないため、宿題を忘れ、先生にはサボったと勘違いされて叱られた。最初はクラスメートの笑いものだった。

ただ、現地で恥をかき、追い詰められながらの学習は効率がいい。1年後には、自由自在に会話ができるとまではいかないが、何の不自由もなく授業を受けられるようになり、気に入った小説家の全集を読破できるまでになった。

黄表紙の気味の悪いキャラクターたちにハマる

そういうわけで、くずし字の学習も、くずし字教室に通ったり、教科書を読んだりせずに、直接くずし字で書かれた作品に飛び込んで、とにかく慣れてしまおうと思い立った。

どうせなら面白いものがよいので、色々な文学作品を物色していると、山東京伝の『一百三升芋地獄』という本が目にとまった。何が書いてあるのかわからないが、気味の悪いキャラクターがたくさん出てきて、なんだか楽しそうだ。こういった作品は、ジャンルでいうと黄表紙と呼ばれ、現代の漫画に近いものだ。

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『一百三升芋地獄』(国立国会図書館所蔵)

学習方法は、くずし字の原本と、現行の文字に起こされた『山東京伝全集』を並べながら読むという単純なもの。これを寝る前の日課にした。

そして、山東京伝の作品ががあまりにも面白くて、当初の目的を忘れかけていたある日、江戸の養生法についての雑誌記事の執筆を頼まれる。

そこで、まだそれほど解読に自信がなかったが、参考資料としてくずし字で書かれた江戸の養生書を読んでみることにした。

選んだ本は、平野重誠という江戸後期の名医が書いた、『養性訣』という本だ。学習の成果ははっきりと出ていた。以前のように全くのお手上げ状態ではなく、ほぼ読める。

これは、『養性訣』という本自体が、くずし字初心者でも対応可能であったためでもある。くずし字の初心者が苦手とする漢字が、綺麗な楷書で書いてある。また、『養性訣』にはほぼ全ての漢字にふりがながついている。

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『養性訣』(京都大学富士川文庫所蔵)

つまり、平仮名のくずし字である、変体仮名さえ知っていればよいので、初心者の私でも読めたというわけだ。

全くの素人から、初心者レベルにまでなれたのはすごく嬉しい。そして、この『養性訣』はさすがにあの平野重誠が書いたというだけあって、内容も面白い。

養性訣解説と、全文公開を始めます

妥協せずに正確に解読するため、パソコンで文字起こししながら読んでいたのだが、そこそこボリュームがある。内容も良いので、これを個人的な読書で終わらせるのは惜しい。名著を後世に残すという意義もあるので、6割程度入力が終わったところで、全文を随時公開しながら、読書記をつけようと思い立った。

というわけで、『養性訣』解説をnote上で行い、全文の翻刻を家庭の東洋医学に随時掲載していくことを計画している。養生マニアの方々は乞うご期待。たぶん今週中には1回目を投稿します。

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