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それでも人とつながって 011 非行気分2

『ただ寝ているだけに見えるよな』


動かなくなった友達を見て一人の幼馴染が言った。見慣れない木の箱の中に横になっているこの友達は元は地元の幼馴染だ。「元は」というのは、ちょっと前に自分達の住む地域からすると少し遠方に引っ越していったからだ。事情は知らない。それは突然だった。前の日も何も言っていなかった気がする。幼馴染たちもその友達の引越について聞いていたものは居なかった。
引っ越してから分かった。突然の出来事だった。

その当時の友達付き合いというのは色々な点で理屈がなかったように思う。何にしても感覚的な部分が多かったような気がする。自然に集まって気が付いたら一緒に何かやっている。何かを決めてから集まるようなことは殆ど無かった。何となく集まっていつの間にか皆で夢中になって何かをしている。いつもがそんな感じだった。

この元は地元の幼馴染は仲間の中でも飛び切り目立つ存在だった。今は珍しくもなんとも無いけど髪の毛の色にしても服装にしても。でも、そんな見た目とは裏腹に物事を無理強いしたり、滅茶苦茶を言って仲間や周りを困らせるようなことも無かった。居れば一目で分かるけど。実は物静かで良く笑う。それが一緒にいれば分かる愛嬌のある人懐っこい奴だった。

ある時。地元からは少し離れた街に楽器を買いに行くことになった。こういう時は決まって誰か一緒に来ることが多かったが、その時は自分も行くと言い出すのが居ない。たまにこういう時もある。当日、学校の休み時間にみんなで集まっていると、その元は地元の幼馴染が「今日、楽器を買いに行くんだっけ?俺も行くよ」と言ってきた。突然珍しいなと思っていると「あの辺は一人じゃ危ないよ」と続けた。

待ち合わせの場所にはもう一人の幼馴染も加わって来ていた。ちょっと嬉しくなって「見送りありがとう」と言うと「俺も行くから来たに決まってるだろ」と笑っている。こうして三人で楽器店に向かう事になった。

今ではもうそんな事も殆ど無いだろうけど、当時のその辺では他人のお金を目当てにうろうろしているようなのも少なくなかった。声を掛けられるのは二通り。勉学一筋に見えるか、それの全く正反対か。そんな事情もあったので、二人が一緒に付いてきてくれている。何か起こればそれはそれで面白そうだと思っているような節が無いわけでもないけど。

二人のとても目立つ護衛に伴われながら目的の楽器店に向かう。噂の地域ではあまりよろしくない目つきを感じることもあるが一瞬だ。二人の見た目が抑止力になっているのを肌で感じる。二人は周囲を威圧するような雰囲気は出さないが、声を掛けると何が起こってしまうか分からないような空気を出している。本当は二人とも愛嬌のある笑顔で笑うんだけど今は誰からもそうは見えないんだろうなと思うと可笑しかった。

お陰で無事に楽器を買って帰ってくることが出来た。
そんな一つの思い出がある。

引っ越しが分かったのは暮れの頃だった。
先生達に聞いても場所はどっちの方らしいとしか教えてくれない。遠方だ。
幼馴染を色々な角度で大きく分類すると、その一つに親を見たことが有るか無いかという点がある。

その元は地元の幼馴染の親を誰も見たことがなかった。
すると自然と誰かの親との交流や情報交換も無かったようだ。家には何度か遊びに行ったことがあるが、随分夜遅くまで居ても会ったことがなかった。
でも何も気にならなかった。当時の自分達はそんなものだった。
でも、そんな調子だったので引越し先を知る由も無い状況だった。

年の暮れ頃に引っ越しが発覚して年が明けて暫くして。
夜遅く保護司さんから「○○君が亡くなっちゃったからお別れに行こう」と連絡があった。えっ?何を言ってるんだろう。自分が驚いているのは自分で分かるけど、それしか分からない。心が驚き続けている。

暫くして保護司さんが車で迎えに来てくれた。もう既に何人か地元の幼馴染たちが乗っている。皆「おう」と挨拶したきりずっと黙っている。
とても寒い夜。道路は空いている。目的地に向かう車の中は静まり返ってタイヤから伝わる音だけが車内に聞こえる。地元の幼馴染の親が一人同行していた。運転する保護司さんと何か話している。二人の話が耳に入ってくる。

保護司さんが「いや。シンナーをやっていたらしいんだよね」と言っている。確かに危ないけどそれで死んじゃうかな?と思った。次の会話で「凍死していたんだ」という言葉が聞こえた。途切れ途切れに聞こえてくる内容が頭の中で何となく繋がった。引っ越した先の集合住宅。建物に付属して機械室がある。その機械室でシンナーをやっていたらしい。やり過ぎたんだろう。そのまま寝てしまうような形になってここのところの寒さ。そのまま凍死してしまった。

車が目的地に着いた。随分と郊外に感じた。皆でぞろぞろと集合住宅の一室に向かう。保護司さんが玄関のベルを押すと中から女性の声がした。自分達より一世代年上の感じの女性が出迎えてくれて保護司さんの挨拶に「遠い所をわざわざありがとうございます」とお礼を言っている。中に通されてリビングのような部屋に入った。見たことはあるけど見慣れない大きな細長い木の箱がある。そばに小さな祭壇のようなテーブル。そこに年配の見たことのない女性が座っていた。保護司さんと自分達へ深々とお辞儀をした。

年配の女性は元は地元の幼馴染の母親。年上の女性は姉だった。みんなこの二人とは初対面だった。家には何度も遊びに行ったけど何で今まで会ったことが無かったんだろう。そんなことを考えた。

保護司さんと母親と姉が話している。地元を引っ越してこちらに来てから、この友達はこっちの学校に2,3回行ってその後は不登校だったらしい。
ここ最近は家でも見掛けないことが増えてきた。それが連日になった。
これはおかしいと思っていた所で集合住宅の機械室で発見された。
その時は見掛けなくなって数日が経過していた。

「どうぞ顔を見てやってください」そんな意味の言葉が聞こえた。

みんなで見慣れない木の箱の中を覗き込むように見た。そこに横になっているのは元は地元の幼馴染。自分達の友達だ。顔を見る。この前会った時と何も変わらない。派手な色の髪の毛。目を瞑っていても笑うとあの愛嬌のある顔になるのが分かる。動かないだけで何も変わっていないように感じた。
「ただ寝ているだけに見えるよな」動かなくなった友達を見て一人の幼馴染が言った。誰ともなく「おう」と答えている。
その場のその後のことは何も覚えていない。

帰り道の車内。幼馴染たちは誰も喋らなかった。
保護司さんと一緒に来ている幼馴染の親はたまに言葉を交わしていた。
外を見ていると細かい雪が降り始めていた。

家に送ってもらったのは夜中だった。
それまで感情が無いようになっていたが、家に入って部屋で横になるといろいろ考えるようになった。ふと「ばかやろう」と思ったのを切っ掛けに堰を切ったように感情が溢れた。

自分が楽器を買いに行くのに付き合ってくれたあの日。
あの日の帰りに道の別れ際にその友達が言った言葉を思い出した。
「今度聴かせてくれ」
思い出したら涙が止まらなくなった。声が出て泣いてしまう。

人の死で泣いたのは初めての経験だった。
あの時の自分達は中学生だった。


これは非行気分の巻の二。この後に続く体験はまたの機会に。

もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。
お読み頂いたあなたに心からの御礼を。
文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。


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