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書くことにまつわる発見と、2024年の抱負

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。甲斐桂です。
本年も、無理せずちまちまとnoteを書いていく所存です。

新年なので、久々に近況をば。相変わらず、ブラック(グレー)企業2社を経て入社した会社に勤めています。役に立てているのかいないのかわからないときもありますが、とにかく制作物の締切は守りつつ働いています。

月に1回、何を書いてもいいエッセイを原稿用紙2枚分書くのが定例業務のひとつです。この業務、何を書いてもいいと言われているだけに、中身はnoteで書いているものと同じ感じです。1か月の中で、今月のエッセイは職場ではこのネタ、noteではこのネタ、同じネタなら職場では短く書いてnoteでは好きにダラダラ書こう、などと公私混同しながら書いています。

それで何を言いたいかというと、会社のエッセイを定期的に書いているせいで、エッセイ欲、すなわちnote更新欲が満足してしまうということです。結果、noteを更新しなくてもいいや、となります。昨年、noteを更新しそびれた月が何回かあったのですが、これが理由のひとつです。エッセイ欲を仕事で使い果たしてしまって、note用にエッセイを書く意欲が湧きませんでした(あと年末にかけて有休がなかったので疲れてた……)

仕事で趣味の欲望が満たされるのは、本当にありがたいことです。しかし一方では、やはり仕事ではなく「プライベートで」この欲望を満たしたいんだよ! と謎の咆哮をしたくなるときがあります。

自分がやりたいと思っていたことが業務に含まれている、という経験は初めてなので、こんなこと思うようになるんだなと感慨深いです。

業務として書きたいのではなく、私という個人として書きたい。

どうやら、私はそう思っているらしいのです。

それはそれとして、1日のうち8時間(昼休み含む)を占めている仕事の時間に、プライベートでもやりたいと思えるような作業があるのはやはりありがたいとも思います。仕事がまったく興味のない内容というのは本当につらいですから(これは山ほど経験あり)。プライベートでこそ書きたいという気持ち、仕事でも書きたいという気持ち、両方が私の中にあります。

昔、まったくやりがいを感じられなかった新卒のときの職場では、何年かで必死に適応して、すっかり定着したあとは、常に脳内で咆哮しつづける日々になりました。こんな状態で人生終わるの? 楽しくない! 楽しい何かがほしい!

今の職場では、自分の書きたいものを仕事中に書けるので、それはなくなりました。しかしそうなると今度は、プライベートで! という咆哮が出てくるとは。前の咆哮のころには考えられなかったです。

結局、仕事で少し書ける状況になっても、あのとき咆哮していた自分はまだ自分の中に生きているのでしょう。まだ、自分にはやりきれていないことがある。足るを知れ、といいます。歳をとってある程度は自分に満足できるようになってきたふしはありますが、まだ何かがくすぶっています。

今年は、状況が変わってもなおくすぶりつづけている何かを、進めていく年にしたいです。おみくじによると、「秘めた願いほど叶う」らしいので、秘めたまま進めていき、願いが叶った暁にはどーんと出す! というふうにしたいですが! 希望!

今年もよろしくお願いします。

このあいだ歩いてきた小田急線 新松田駅〜開成駅のあたり

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