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『音楽の仕入れ先』

この十年くらい、セロニアス•モンクを毎日のように聴いている。
世界中でどれだけの者がセロニアス•モンクを毎日のように聴いているのだろう。その中でいちばんセロニアス•モンクを知らないのが私だ。知らない事に関しては断トツだと思う。ピアニスト。作曲家。米国人。これしかわからない。多分、アフリカにルーツがある。それだけしか、本当に知らない。でも、大好きなのだ。ジャズの座学に(ライナーノーツも)興味がないのだ。
ピアノはセロニアス•モンクが弾いているのだろう(ピアノ弾きであってますよね?)。その他の誰それがなんの楽器を担当しているのかも知らない。わからない。知ろうとしていない。でも大好きなのだ。それでいいと思っている。

これは、おそらく十代の頃にロック雑誌を読みすぎて頭が痛くなったからだ。呆れたのだ。あるときから、2万字インタビューとか、もう、どうでもよくなってしまった。バンド同士の丁々発止。兄弟喧嘩。脱退。再加入。薬物で逮捕。ゴシップ付きの座学。悪ノリ。そんな物語に疲れてしまった。
「いい音楽を聴きたい」、そんな気持ちは未だにある。でも、積極的な姿勢はもうない。おのずと、音楽の情報が私のもとに届くのが極端に遅くなってしまった。良いニュースと悪いニュースでしか、その音楽を知るすべをなくしている。基本的に、音楽を仕入れるのは週に2回しかない。『伊集院光の深夜の馬鹿力』と『有吉弘行のサンデーナイトドリーマー』のラジオの2本だてでしか音楽の仕入れ先がない。しかも、その2時間の放送中に音楽が聴けるのはわずかの時間しかない。それでも音楽は常に私の部屋から鳴り止むことはない。

その、か細い私の音楽の仕入れ先のラジオも、部屋の電気を消して半分眠りながら聴いている。野蛮で図々しくてくだらないラジオからながれてくる上質な音楽は、私のゆめの彼方にしばしば消えてしまう。
だから、残念ながら、音楽家の訃報を知り、そこから興味をもち、その音楽の虜になることも少なくない。
『フィッシュマンズ』『フジファブリック』『赤い公園』、解散後の『ゆらゆら帝国』、などが思いだされる。積極的に音楽を探し求めにいかなかった、ツケを私は払っている。

先日、深夜の馬鹿力のエンディングで『星空の孤独』という曲を知った。この曲も、お笑い芸人の訃報がらみに知った曲だ。『星』という名をもつ鬱病を患っていたお笑い芸人への手向けたむけに伊集院光氏が教えてくれた。私のなかでいちばん最近仕入れた、大好きなあたらしくて、古い曲だ。
私はまた、ずいぶん出遅れたわけだ。でも、それでいい。いい曲を聴ければいいのだ。音楽をすきになるのに手遅れはない。

そう、『菊地成孔の粋な夜電波』での菊地氏の叔母の訃報に際しての『止まらない汽車』も、いい曲だった。もう、あれから10年経っているのだ。




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