見出し画像

『ミスター•ミス•ニッポン4』

大腸内視鏡検査受診月間最優作品(嘘)

便潜血+を放置しない月間作品(本当)

2023年8月21日。夕方。
私は手術室から外科病棟の大部屋に移動式ベッドで運ばれた。

私が帰る外科病棟は9階にあった。いくつかのカーブを曲がり、段差とも言えないようなわずかな段差を越えて、エレベーターに乗った。その都度、私の腹には激痛が走った。

担当医曰く、「筋肉も開腹して傷ついているので一週間くらいはとくに痛い」とのことだった。
私のミッションは無事に外科病棟に帰ることだ。それしか頭になかった。
すべすべつるつるの廊下、ムーンウォークのレッスンにも使えそうな、段差のない『ビリージーンロード(そんなのはない)』でも私の腹には耐えがたい苦痛があった。

かつて主流であった『開腹手術』に比べれば、私が受けた『腹腔鏡手術』は社会復帰も早い。腹は穴だらけになっているのだが、現在はこの『腹腔鏡手術』が大勢をしめているとのことだった。でも痛いのなんの。呼吸するのもこわごわといったかんじで、どうしても呼吸が浅くなってしまう。移動中は感染症予防の不織布マスクの上に、さらに酸素マスクをしていた。廊下はとくに暑苦しかった。省エネと二つのマスクとで、三重苦だった。

私は咳とくしゃみがでないように、誰にともなく祈った。八百万の神とマイケル•ジャクソンにも祈った。ついでに、ジャッキー、ティト、ジャーメイン、マーロン。ジャクソン5全員にもお祈りをした。ジャネットも忘れてはいけない。この一家、たしか子沢山なんだ。まだまだいるんだよなあ。全部は知らないんだ。一応私を助けてください。
それでも、私は大人げなく痛みに負けた。
「うっ」とか「はっ」とか「ふぅ」とか「ふぉー」とか、ついつい口走ってしまった。
「痛いときは我慢しないでくださいね」そう言ってくれた看護師の言葉に、マイケル気分の私は甘えることにした。「痛ふぉー、すね」
「そうですね、痛いですよね」、とは言うものの看護師は私を運びながら「痛ふぉー」にしている私を気にとめているフシはなかった。

看護師は慣れているのだ。修羅場の数も違うのだ。いのちのやりとりをコロナ禍でしてきた強者なのだ。強者は夢のなかでもない現実のなかにいるのだ。
「はい、せいのさん着きましたよ」
8月19日からたったの3日。窓側のこのカーテンで四方を目隠しされた空間にも、私は里心のようなものを感じていた。ほっとする。
私の体には様々な管と装置がつながれていた。体が熱っぽい。息苦しい。とはいえ、人造人間にでもなった気分で格好良い。

『半死半肉人間』『半大腸無盲腸人間』『無癌訥々人間』『腹穴複数士』『術後賢者』『ぶっ生き返す者』『極私的復活者』等々。読み方は自由だ。

私はなんだか生まれかわったような気がしていた。


あれ、サインがへたになったかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?