見出し画像

『立ちゴゲの退き口』

私はいま、カワサキW650を車検に出している。
私はW650が恋しい。早く跨がって走りに行きたい。だから、オートバイ関係のエッセイが続いている。みなさんはご存知だろうか。オートバイのテクニックのひとつに、『立ちゴケ』というものがある。その名のとおり、オートバイに跨がったまま、「おっとっとと」と、バッタリ倒れるテクニックだ。この秋の紅葉ツーリングにも、私はコンビニから国道に出るさいに、このテクニックを使い、衆目の的になった。

このテクニックに慣れた私は、倒れるオートバイから「ささっと」退いた。これは、『立ちゴケの退き口』というテクニックだ。関ヶ原の戦いを思い出してほしい。西軍に属していた島津義弘の、『島津の退き口』のような鮮やかな撤退を私は行ったのだ。決して、踏ん張ってはいけない。「あ」っと思った瞬間にはオートバイを諦めなくてはいけない。迷ったら最後、足を挟まれて病院送りになる。島津家は滅亡だ。

私は一瞬にして、あれほど愛していたカワサキW650を諦めたのだ。ベテランライダーならではの見事な『立ちゴケの退き口』だった。そして、恥ずかしさをヘルメットの下に押し殺す。「ふふ、どうってことないさ」「よくあることさ」「あわてるな、おちつけ」と私は私をなだめる。
そして、カワサキW650のエンジンをオフにする。深呼吸をしてから、一気に「ふんぬ」と200㎏を超える鉄塊を起こした。私の、この一連の振る舞いは見事だったと思う。千利休の茶の湯にも通底する『わびさび』がそこにあった。

ただ、カワサキW650のクラッチレバーは90度に曲がっていた。まるで元からそうデザインされたかのような見事な湾曲。これもまた『わびさび』であった。クラッチレバーが折れても不思議ではないような『立ちゴケの退き口』だったのだ。200㎏のカワサキW650のダメージを、たったひとつのクラッチレバーがすべて受け止めてくれた。カワサキ重工の技術力に感謝しなければならない。他に目立ったダメージはなかった。

これだけ、『立ちゴケの退き口』を説明しても、オートバイに跨がったことがない者にとっては、ちんぷんかんぷんでしょう。なぜ、立ちゴケしたのかが不明瞭だ。その立ちゴケのショックで『立ちゴケの退き口』の記憶がすっぽりぬけ落ちてしまう者もいる。「あれ、なんでコケてるの?」、まるで宇宙人に誘拐されたみたいにだ。ざっくりと、説明しよう。
大抵は『にぎりゴケ』なのだ。前輪のブレーキを強く握った拍子に、オートバイの加重が前方にかかる。おなじように跨がるライダーの身体が前につんのめる。で、「おっとっとと」なり、バランスをくずして左右どちらかに倒れるのだ。そこから、ノーダメージで立ち上がった者。それが『立ちゴケの退き口』だ。因みに『立ちゴケの退き口』なんていう言葉はありません。私のネーミングセンスで今つくりました。一般的には『立ちゴケ』か『にぎりゴケ』と言います。

その『立ちゴケの退き口』の動画が、YouTubeにたくさん上がっている。私はそれを肴にウイスキーの水割りを呑むのが好きなのだ。どうだ、悪趣味でしょう。でも、動画主は「てへ」って感じでみんなに見てもらいたくてYouTubeにアップしているのだ。だから、みなさんにも是非見てもらいたい。『バイク 立ちゴケ』で検索すればいっぱいでてくるので、バイク乗りの悲哀をかんじてほしい。なかには、新車のオートバイを納車した帰りに立ちゴケしているライダーもいる。また、別の動画では、家族のひとりが立ちゴケして、それを心配した家族が立ちゴケする動画もある。家族の愛がつまった見事な『立ちゴケ』だった。

ただ、本当に危ない転倒動画もたまに上がっているので、『やばい動画の退き口』で、うまく鑑賞してもらいたい。島津義弘の気分で。


この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?