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『朔太郎のオン•ザ•ロック』

押し入れからひょいと本をツマミだしてみた。
昼から水割りのウイスキー(安物)を呑んでいる。本をリュックに詰めて『スペースX』に乗るなら、こんなラインナップになるのか。
御覧のとおりの急場しのぎでこしらえた本棚だ。作者名が唯一隠れてしまっているのは『DT』、みうらじゅん氏と伊集院光氏の共著です。
私のペンネームを『せいのほう』としたのは『みうらじゅん』という、ひらがなのネームの力の抜けぐあい(ゆるふわ感)を好んでいるからだ。ちょっとした悪ふざけなら、ひらがなのペンネームのほうが許されそうではないか。私の本名は堅い。読みにくい。間違われる。説明が面倒くさい。だから、みうらじゅん氏からエッセンスをいただいている。

本棚の作者名を眺めて見ると一目瞭然だ。ぜんぶ、名前が読める。高名(有名)な作家だから読めるのではない。もともと読みやすい名前(ペンネーム)なのがわかる。夏目漱石はすこし怪しいが。格好つけたい年頃だったのだろう。それもわからないでもない。『金之助』コンプレックスを拗らせたのだろう。私はnoteで『空生講徒然雲』という小説を書いているが、この点からいっても全くもって落第だ。きっと、あとで変更するだろう。読みにくい小説のタイトルなんてあり得ないのだ。

この本のラインナップに『ナンシー関』がないのは、本を買う余裕のない時代に、図書館で彼女の本を手当たり次第読んだからだ。もう、私の血となり骨となり腹肉となっているだろうから。ここにはない。ナンシー関の早逝によって、テレビ番組への監視は緩んだままだ。ボクシングのジャッジは3名いる。テレビ番組のジャッジメントの担い手の一角がいないのだ。そもそも一人で3人分くらいの鋭いジャッジをしていたわけで、当時、他の2名のジャッジメントは誰がやっていたかは不明だが。大瀧詠一か?。かれの住まいの押し入れに、音楽は勿論だが、テレビウォッチャーとしてのノートでもないのだろうか。誰か発掘調査をしてほしい。

現在では、タレント兼作家の『水道橋博士』がひとり気を吐いている。
私はナンシー関に迫る力量の書き手が、もうひとりだけいるのを知っている。TBSアナウンサーの安住紳一郎氏だ。かれなら出来るだろう。かれは自分の才能に気づいていないのだろうか。そんなはずはない。かれの書いたものを一度も目にしたこともないのに、私には解る。ありあまる才能を無駄遣いしてほしい。底が見たい。どうかれがこれから世間に消費されていくのか、楽しみでならない。願わくばその才能を一人占めすることのないように、私たちにも還元してほしい。

あ、本棚の話にもどろう。私は十年ぶりになんの因果か詩を書いている。十年前に女にフラれて以来の私の夏の珍事だ。私の49歳の夏は珍事だらけなのだ。虫垂炎。盲腸癌。手術。不安神経症。むずむず脚症候群。失職。小説。エッセイ。なんなんだこの珍事の波は。その最後の仕上げに、詩を書いているのだ。私はいま『萩原朔太郎詩集』を十年ぶりに開いている。なんなんだこれは、もう、圧倒されている。ひさしぶりの『朔太郎のオン•ザ•ロック』の味に私は酩酊しているようだ。くらくらして、うじうじして、めそめそして、からからしている。

萩原朔太郎詩集。『軍隊』から一部抜粋。
づしり、づしり、づたり、づたり
づしり、どたり、ばたり、ばたり
お一、二、お一、二。

どうでしょうか、『朔太郎のオン•ザ•ロック』の味は。


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