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第10回『リハビリ医の妻が脳卒中になった時―発症から復職まで―』長谷川幸子・幹共著

このコーナーでは脳の病気の良い闘病記を紹介しているが、今回は脳卒中の闘病記における古典的名著を書かれた著者が、実はリハビリテーション科の医師でもあり、最近、生きる力を引き出す「リハビリ」をテーマにした岩波新書を出されたので、それもあわせて紹介したい。

●1999年3月に発刊された脳卒中の古典的名著

 大学病院の看護婦長だった著者の妻・幸子さんは、1993年2月3日に自宅で夕食の準備中に脳卒中(脳出血)で倒れた。一命は取りとめられたが後遺症が残った。その治療からリハビリまでの経緯が1冊の本として出版されている。
 それが『リハビリ医の妻が脳卒中になった時―発症から復職まで―』だ。
 長谷川幹氏と幸子さんの共著として出版されたこの本は、医療従事者による脳卒中の闘病記が皆無だった当時の貴重な1冊となった。
 医学的な記述には信頼があり、関わった人たちの描写もあり、良い闘病記の要素を満たしている。
 さらには二人の子どもからの状況報告が寄せられているので、脳卒中に対する家族の思いが伝わってくる。ゆえに名著として推すのだが、今では古書でしか手に入らないのが残念である。
 ところで、本文に高次脳機能障害の言葉が登場する。1990年代において、すでにその言葉が使われていた証左ともなっている。

●「もうできない」と思っている患者や家族を前向きにさせる本

 その名著を書かれた長谷川幹氏が、リハビリ医の立場から『リハビリ 生きる力を引き出す』という本を、2019年に岩波書店から新書として出版された。
 この本はタイトルからすると、リハビリの具体的なテクニックを説いた本と勘違いされるが、決してそうではない。
 著者は40年近くリハビリの現場で働いてきた医師である。その経験から、リハビリに本当に必要な視点として本人の心理を探ることを挙げる。
 そして、本人に求められるべき「主体性」とはいったい何なのかを、たくさんの事例を紹介しつつ解説している。患者や家族には脳の構造など専門的で難しい解説もあるが、医療従事者や福祉関係者に、リハビリの本質を気づかせるためのとても大切な本である。
 例えば、患者が「もうできない」と思うことの1つに「旅行」がある。その実践記録の部分は、患者や家族が一歩を踏み出すための勇気となるに違いない。

●障がい者や高齢者が受け手ではなく支え手になる未来について

 20年前からいわれ続けている「地域での連携」には、障がい者だけでなく高齢者も視座に入れたリハビリを提言する。ピアサポーターが活躍する未来を描いているのだ。
 そして、医師に対しては、将来への不安に立ち往生している患者や家族に、経験知のある自分の物差しだけで測らず、批判せず思いを巡らし受け止めることが大切だと、繰り返し述べている。
「年だから」「難病だから」「重度だから」を医療従事者はよく口にするが、そうではない事例をたくさん見てきた著者だからいえる、障がい者が“生きる力(自信)を(自ら)引き出す”ために書かれた本だといえる。

■書籍情報
長谷川幸子(はせがわ・さちこ)、長谷川幹(はせがわ・みき)共著『リハビリ医の妻が脳卒中になった時―発症から復職まで―』1999年3月20日 日本医事新報社刊 定価1980円⑩(※新品在庫無し←出版社に確認2022年8月)
長谷川幹著『リハビリ 生きる力を引き出す』2019年7月19日 株式会社岩波書店刊 定価902円⑩

<初出>
NPO法人Reジョブ大阪発行の情報誌「脳に何かがあったとき」2022年8月号

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