くじらぐも。久しぶりに「本気」を見た
先日、我が家にも流行りのものがやってきまして、家族全員自宅待機となりました。
私からはじまり、夫、娘、息子まで。息子はたった数時間の高熱後、ケロリ。
順番にはじまったので、結果的に2週間も学校を休むことになりました。
わーい休みだ!とお寝坊してのんびりテレビやら動画やら。自由を満喫する息子のiPadに、非情にも鳴り響いた呼び出しの音。
担任の先生が
「今からオンライン授業はじめまーす」
とわざわざ息子のためだけに、教室の机にパソコンをセットして、オンラインでつながることになりました。
すごいですね。
この数年で、先生がたがコツコツと準備をし、練習をし、継続して整備をしてきてくださったおかげで、こうして「いざ」というときにすんなりと、あまりにも簡単に「オンライン授業」が可能となりました。
4月からお借りしているiPadは、日々の授業の中で使ってきました。
授業の見方も、手の上げ方も、カメラのオフも、ミュートの設定も、宿題の提出も、iPadを使いこなす息子を見て、先生がたのご苦労を想像しました。
もちろんありがたく受講しはじめたのですが・・・
集中できない。
先生は息子の名前を呼んだり、理解度をチェックしてくれたり。本当に一生懸命やってくれます。
それなのに。
息子はカメラをオフにして、呼ばれた時だけ出現する。
または、カメラにはおでこしか出ない。
手元で何をしているかというと、レゴやガンダムのプラモデル。
そして今回大変お世話になったのが、りったい恐竜。
新りったい恐竜館(小学館の図鑑NEOクラフトぶっく)
自宅待機中に何冊も購入しました。
手を動かしていないと苦しい息子にはピッタリ。
私も楽しくて、横ですっかりハマりました。ペーパークラフトって楽しい。「まず、これを設計した人すごいな、、、」とつぶやきながらせっせと作りました。
そんなわけで、先生には本当に申し訳なかったです。なかなか集中できない息子を無理やり画面の前に座らせるには「何か作業」をさせておくしかなく、全然聞いていませんでした。
それでも、実は唯一(ほんとにすみません)参加した授業がありました。
国語です。
くじらぐも
息子のiPadの画面の中で、先生と子どもたちが一斉に、ゆっくりと、読み始めました。
子どもたちが
天までとどけ、一、二、三!!!!
と空にも届きそうな大きな声で言うと、
先生もみんなに負けない大きな声で
もっとたかく! もっとたかく!!
と応えます。
声が裏返っちゃったりして、感情を込めて、一生懸命、本気の先生。
天までとどけ、一、二、三!!!!
もっとたかく! もっとたかく!!
そしてさらに、隣のクラスでも同じ授業をやっているらしく、画面の奥のもっと遠くからも子どもたちが一生懸命声を揃えて叫んでいるのが聞こえます。
そんな隣のクラスに負けていられない、とばかりに、クラスメイトたちはさらに大きな声で
天までとどけ、一、二、三!!!!
もっとたかく! もっとたかく!!
先生の声は、裏返るのを通りこして、ふるえていました。
マックスまで叫び続けると、最後はみんなで
わーーー!!!
と拍手喝采と大歓声。
ああ、飛んでいった。
本当にみんな、飛んでいった・・・・と思いました。
教室内の子どもたちが、思い切り感情も爆発して楽しんでいる「音」を聞くことができて、なんだかこちらまで胸がいっぱいになりました。
そんなふうに子どもたちとワクワクドキドキを共有して楽しむ先生。素晴らしいです。
その教室で一緒に飛んでいけなかった息子が、少しかわいそうでした。
じっと画面を見たまま。おでこだけカメラに写し、教室で起こっていることに耳をすませ、手元の立体恐竜の紙を握りしめたまま動かない息子。
先生はきっと、「〇〇くん(息子)にも届け」とばかりに一生懸命声を張り上げていたのではないかな。
楽しかったね。と私がいうと、ニッと歯を出して、またコツコツと恐竜の紙を組み立てはじめたのでした。
自宅待機。こうして予想外に「小学校の授業」をじっくり観察できました。
はるか昔、私も飛んだかな?
先生やクラスメイトと一緒に、飛んで行ったかな?
こんなに楽しく、こんなに集中して楽しんだのかな?
くじらの絵の印象しか残っていないということは、全く興味なく参加していなかったか、または息子のように休んだか。または先生の熱量が私にまでは届かなかったか。まあ、体育と図工と音楽しか興味がなかったから、それ以外の記憶はないに決まっている。
そんなことから思い出した、私が小学一年生だった時の担任の先生。
男の先生でした。体育で外に並び、そういえば、竹刀を持っていたような気がします。思いっきり昭和な時代。
きをつけ!
きちんとおしりに力を入れて立っているか、その竹刀で全員がおしりをポンポンとされたのを覚えています。
今では大問題となってしまう恐ろしい光景ですが、その時私を含め子どもたちはみんな笑っていました。
「よーし!しっかりチカラ入れてるな!いーぞ、みんなビシッと立って、かっこいいぞ!立派だぞ!」と一人一人を褒めてくれたのです。
どうやって子どもたちを笑わせようか、どうやって子どもたちを楽しませようか、先生はそんなことをいつも考えてくれていることを、子どもながらに感じ取っていました。
リレーの練習をしたときは、先生が本気で走り過ぎて、ゴール直前で顔から転んでしまいました。先生のメガネもどこかへ吹っ飛んで行きました。大のオトナが派手に転ぶのを、その時初めて見ました。そんな先生を、私達は大好きでした。
こじま先生、本気をありがとうございました。
40年たった今でも覚えています。教室の黒板の上に貼ってあった紙には、こう書いてありました。
普段は忘れているのだけど、このことばが必要になったとき、自然と心の奥から出てきて、思い出させてくれるのです。今回も、こうして久しぶりに思い出しました。そういう「時」なんだな。こうやって暮らしの中でときどき背中を押してくれるものがあるって、すごいことですね。
その後調べたことがあります。このことばは、日本を代表する彫刻家である平櫛田中さん(1872年2月23日〜1979年12月30日:享年107歳)の名言だそうです。(実際は「じぶん」のところは「わし」のようです)
そのことばだけでは弱い。先生の本気の情熱と一緒に心に届いたから、しっかり一生離れない自分の引き出しに、しまわれるんだと思います。
そんなこんなで久しぶりに大人の「本気」を間近に見て、感動したのでした。
今私が幸せなように、息子はこんな先生に出会えて本当に幸せだ。
よかった、よかった。
さて、私にしかできない今日やるべきことを、今日やろう。
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