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敗者復活戦の存在に気づいた日

(2024年の一年間、高校生の娘と小学生の息子、そして母である私の3人で「ニュージーランド暮らし」を決行します。このチャレンジの準備から現地での暮らし、帰国までの事実、そして気持ちをココに記録しておこうと思います。)

タスク処理

苫米地英人さんの本を読んでいて、タスク処理の方法について「スタック方式」というやり方があることを知りました。

こんな考え方もあるのか!

スタック方式とは、
タスクを本のように積み上げていって、いちばん上に積んである最新のタスクから処理していく、つまり「ファースト・カム・ラスト・サーブド」という考え方らしいです。

普通なら最初にもらった仕事を先にこなしていくのが当たり前。後からお願いされたものは先の仕事が終わってから取りかかりますよね。
というかそれ以外のやり方なんて想像すらしたことがありませんでした。

イメージとしては、レストランで注文をもらったら、先に注文した人じゃなくて、一番最後(最新)に注文した人から料理を出していく感じです。(怖い!)

はっきり言って、私にはとてもそんなことできそうにない。
そもそもタスクの「処理速度」が高速でないと、社会的に許されない状況に陥ると思う。
結局積み上げたタスクの古いものが腐っていって、一生完了できない。

しかし・・・・
このやり方(考え方)は新しいぞ。私にとって。

書きたいけど書けない日々

実は、毎日書くはずのこの体験記。今日はNZに来てから149日目なのに、さっき33日目を書き終えたところです。

2月末の話を6月に書いているのです!
もうここまで後回しを続けると笑えない。
情けない、哀れなレベル

書きたいことが山ほどあるのに、日常の忙しさに追い抜かれ、一日、1週間、1ヶ月と書きあげる時間を後回しにしてきました。それは逆に言うと、初期の珍しいドタバタ騒ぎが落ち着いて、ある意味「平凡な日常」のルーティンを平和に繰り返しているということでもあります。(言い訳)

まぁ、こんな継続できない私ですが、「継続ができない」ことを何十年も継続しているわけで。根が深過ぎる。

ちょっと精神的に落ち込んだ時期がありまして。
それもさらに自分の悪い部分(後回し)がどんどん加速される要因に。

それでもなんとかして記録しておきたい。
見たもの、感じたもの、子供の成長、ありえない体験、感動、緊張、くやし涙。
この人生の貴重な体験を記録しないという選択肢はない。

と、遅れてでもいいから日々メモしておいた日記からコツコツと(数週間単位で)更新していました。

だけど、

今日の出来事を新鮮なうちに記事にする。それができたらどんなに気分がいいだろう。
といつも思っていました。

そこで知ったこのスタック方式。
突然、「敗者復活戦やるので、よかったら参加して」と言われた気分。

記事の順番なんて気にしていないで、
言い訳ばかり考えていないで、
つべこべ言わずに、

・・・書けばいいのか!

こちらニュージーランドでは、車のナンバーをさまざまな文字にしている人が多いです。こないだ見かけました。
「D0 IT」
0はゼロです。その他にもF1SH(1は数字)とか。

誰かに迷惑をかけるわけでもなく、責任を負った仕事でもない。
自己満足の日記であれば、誰も多少(かなり)日付がごちゃごちゃと前後していたって責められないのでは?

最新の仕事(今日のnote)からやっつけて行く。

noteでは後から記事の順番を変えられるのだろうか?
もういいや。とにかく書く!

この「D0 IT」の車のナンバーを見た日、

とにかく行動しなさい

というお告げが降りてきたところで、不思議な出来事(おじさんがランチおごってくれた!)があったのです。きっとだからまた書こう、敗者復活戦に参加しよう、という気になったのだろうな。

この33日目から149日目の間に、それはもうさまざまな体験を積んできたわけですが、そんな説明は一切せず(不親切)、あっち行ったり(過去の日記)こっち行ったり(今日の日記)しっかり見たもの聞いたもの体験したものを記録しよう。

見ていてくれる日本の家族のために、そして将来の誰かの参考になるべく、書いてみよう。

ああ、ようやく意思が固まった。ここまでしないと行動できないって本当にどれだけ固いんだ私の脳みそは。

それにしても、世の中にはいろいろな考え方があるんだなぁと改めて思う今日この頃。

青い空と変わりやすい天気

最近仕入れた(私にとって)新しい考え方は、

自分の感情は「お天気」だということ。

自分自身は「青い大空」。そして感情は自分自身とは別物の「天気」。

自分と感情は別のもの。

どんなに悲しいとか苦しいとか、イライラする!とか感情が乱れても、それは自分ではない。
あっちからこっちへ流れる「天気」であって、その上には大きな青い空という自分がいつだって乱れない姿でそこにある。

この考え方をインストールできたおかげで、最近の私は落ち着いてきました。

昔から天気は心の比喩表現としてよく使われてきたのに、どうして今まで気づかなかったんだろう。

こちらはChatGPTが出してくれた例文↓

はい、天気を使った比喩表現で、感情がコロコロ変わることを表現する例があります。

「彼女の気分はまるで四季のように変わる」
「彼の感情は天気のように移り変わる」
「彼女の気分はまるで春の空模様のように変わりやすい」

このような表現を使うと、感情の変わりやすさや不安定さをうまく表現することができます。

その「感情」だけにフォーカスせず、その上には必ず安定した青い空があるんだって忘れていたよ。

はい、雲の上には常に青い空があります。地上から見ると天気が変わりやすく、曇りや雨が続いているように見えることがありますが、雲の上には常に晴れた青空が広がっています。この現象は、飛行機での旅行や高山登山などで確認することができます。雲を突き抜けると、その上には澄んだ青空が広がっているのが見えるでしょう。

この事実を比喩として用いることで、感情の変動があっても、その背後には常に安定した明るい部分が存在することを示すことができます。

例えば:

「彼女の気分は雲のように変わりやすいが、その上にはいつも青い空が広がっている」
「彼の感情は嵐のように激しいこともあるが、その背後には常に晴れた青空がある」

自分自身と感情を切り離す特訓中、の今日この頃です。
久しぶりに、ちょっと妙な近況報告でした。

サポート頂けたら嬉しいです!自分の世界をどんどん広げ、シェアしていきたいです。コツコツ階段を登り続け、人生を楽しみ尽くします。