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伊達市「個人線量データ」無断提供問題《主導した前市長・前理事が不問のナゼ》

中途半端な調査に終わった第三者委員会


 原発事故を受けて伊達市民の個人被曝線量を分析した論文に、本人の同意がないデータが大量に使われていた問題で、市はデータ提供に関与した職員を処分することを決めた。しかし〝首謀者〟とも言うべき前市長と前直轄理事は何ら処分されることなく、真相はうやむやのまま幕引きされようとしている。

 本人の同意がないデータを使って書かれたのは、いわゆる「宮崎・早野論文」。県立医科大学講師の宮崎真氏と東京大学名誉教授の早野龍五氏が共著した2本で、2016年12月と2017年7月にイギリスの専門誌に掲載された。ガラスバッジと呼ばれる個人線量計を使い、2011~2014年にかけて測定した伊達市民の外部被曝線量を分析、政府が行った航空機による放射線量調査結果との関係や、除染の個人への影響についてまとめたものだ。

 ところが「宮崎・早野論文」はいくつものルール違反を重ねて執筆・発表されていたことが、市民や科学者らの調査で判明した。その詳細に踏み込むと、ここでは到底収まり切れないので割愛するが、ルール違反の概要は本誌2019年6月号「罪深い『宮崎・早野論文』」で報じているので参照されたい。

 今稿で取り上げるのは、ルール違反を調査した「伊達市被ばくデータ提供に関する調査委員会」(委員長・駒田晋一弁護士)の報告書(今年3月17日付で公表)と、それに基づき市が科した職員への処分についてだ。

 市は市民にガラスバッジを配布した際、得られた測定結果を「個人が特定されないこと」を条件に、市および研究機関で利用することへの同意を求めていた。同委員会の調査では対象者数は6万5392人で、このうち「同意あり」は3万1151人、「不同意」は97人、「同意書の未提出」は3万4144人だったことが判明した。

 未提出は当然「同意」という扱いにはならない。しかし「宮崎・早野論文」に掲載された表を見ると、5万9056人のデータを使っていたことが示され、「同意あり」を2万7905人も上回っていた。

 なぜ、市は同意書の提出を求めておきながら未提出の市民のデータまで宮崎・早野氏側に提供したのか。その理由は後述するが、同委員会の調査では、担当職員が極めて杜撰な方法でデータを提供していたことが浮き彫りになっている。

 例えば、市から県立医大理事長と宮崎氏あてに、データを活用して論文作成を依頼した文書は「2015年8月1日付」で発出されたことになっているが、実際の作成日は「同年10月23日ごろ」だったことが判明した。

 担当職員は同委員会に対し、2カ月以上も前に遡った日付で依頼文書を作成した理由を「論文作成の話が先行していたため、依頼文書の作成が後追いになった」と説明した。一方で、当時の所管課長らは具体的な内容を把握していなかった。

疑われる〝上〟の関与

 これを受け、同委員会は「事業実施にあたり指揮命令系統が明確でなかったことが分かった」と結論付けたが、普通、公務員が公文書を〝偽造〟したり、内容を把握しないまま事業を実施したりするだろうか。見方を変えると〝上〟から指示されたので、言われた通りやっただけ――という状況が推察されるが、半面、調査を受けた職員が正直に白状するとは思えないし、同委員会が深く追及することも考えにくい。

 ならば〝上〟とは誰を指すのか。

 別表は同委員会の報告書に添付された「事案に係る経過」から抜粋したものだが、2014年10月17日の欄には「仁志田昇司市長(当時)が宮崎氏から個人測定データをまとめる必要性について提言される」「仁志田市長が宮崎・早野氏に相談し、論文化による世界的な情報発信に取り組むことになった」と書かれ、仁志田・宮崎・早野の3氏による協議が論文作成の発端だったことが明らかとなっている。

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 その後、宮崎氏は2015年1月1日付で放射能対策の市政アドバイザーに就任。

 同年7月30日には、市が千代田テクノルから外部被曝データや除染デ
ータが収められたCD―R(2枚)を受領。同年8月12日には、そのうちの1枚が市から宮崎氏に提供された。8月下旬には、市か宮崎氏から早野氏に、匿名化されていない生データが提供された。

 ここに深く関与していたのが当時市の放射能対策全般を取り仕切っていた半澤隆宏・市長直轄理事で、半澤氏はCD―Rに収められていたデータを加工してから宮崎氏に渡したり、前述・日付が〝偽造〟された依頼文書の決裁を行う(決裁欄の筆頭に「半澤」の捺印が押されていたことが確認されている)など、仁志田氏とともにこの問題のキーマンに位置付けられている。

 もうお分かりと思うが〝上〟とは仁志田氏と半澤氏を指す。

仁志田昇司伊達市長

仁志田昇司前市長


早野龍五

早野龍五氏


放射線健康管理-宮崎真グレー

宮崎真氏


同委員会の報告書には

 《市において、被曝データ等の提供時に論文作成に関する情報を把握していないことから、提供の目的等が不明確なまま、研究者に被曝データ等を提供していることは、行政情報の取り扱いとして不適切なものであった》

 と書かれているが、前述の通り所管課長ら担当職員はデータ提供の目的を「知らなかった」としても、宮崎・早野氏と早くから接触していた仁志田氏と半澤氏は一連の言動を見る限り論文が作成されることを「知っていた」可能性が高い。

 実際、2014年12月19日には宮崎氏から半澤氏に気になるメールも送信されている。

 内容は、▽ガラスバッジ単独の結果から学術的な物言いは難しいが、行政の施策に役立つデータが埋もれている可能性はある。生データの解析を別の角度から行うことは意味があるかもしれない。あとは市民への伝え方で小冊子などの編集を考えてはどうか。▽ガラスバッジと同様、ホールボディカウンターも単独で言えることは少ないが、双方を突合することは意味がある――として、

 《上記のためには突合可能なデータを早野先生にお渡しすることが不可欠》《早野先生へのデータ受け渡しは、手続き上はいろいろあるかもしれませんが、総論的にこの方向でよろしければ、半澤さん、裁量でフライングいただくことは可能でしょうか……》(原文のママ)

 と正式な手続きを経ず、半澤氏の裁量で早野氏にデータを〝フライング提供〟するよう促しているのだ。

 別表の2015年2月13、16、20日と同年7月下旬の出来事は、このメールを受けて行われたものだ。千代田テクノルが市に、ガラスバッジデータを宮崎・早野氏側に提供することへの承認依頼を提出すると、市はわずか3日後に承諾。異例のスピード結論は、宮崎氏から半澤氏に送られたメールが影響していたことは疑いようがない。

 仁志田氏と半澤氏は、提供したデータを使って論文が書かれるとは知らなかったとシラを切るかもしれない。しかし、仁志田氏が宮崎・早野氏と論文化について相談したり、宮崎氏が半澤氏に小冊子などの編集を提案していたのは事実だ。担当職員の知らないところで〝上〟が秘密裏に事を進めようとしていた疑惑は深まるばかりだ。

調査対象から外れた2氏

 そもそも市から宮崎氏へのデータ提供は、正式な手続きを経ていれば問題が生じることはなかった。同委員会の報告書には

 《県立医大は、伊達市個人情報保護条例に基づき、あらかじめ伊達市情報公開・個人情報保護審査会の意見を聴いていれば、その認められる範囲において、保有個人情報を外部提供することが可能な相手だった》

 とあり、条例に基づく手続きを行えば〝上〟の裁量に頼らなくてもデータは提供できたのだ。

 しかし、2015年8月下旬に早野氏に渡った「匿名化されていないデータ」は明らかに個人情報に該当する。問題は「誰が早野氏に渡したか」だが、同委員会では「市または宮崎氏」という表現にとどめ、ハッキリさせる様子はうかがえない。

 この元データは、2015年7月30日に千代田テクノルから市に渡されたCD―R2枚だ。このうちの1枚は、半澤氏がデータを加工してから宮崎氏に渡したことは前述した。残る1枚は生データのまま市が保管している。そうなると、早野氏に渡った「匿名化されていないデータ」は、市が保管するCD―R現物か、それをコピーしたものと考えるのが自然だ。

 さらに言うと、取り扱いに細心の注意が求められるCD―Rを担当職員レベルで勝手に提供することは考えにくい。そうなると、やはりここでも〝上〟の力が作用したと考えるのが自然ではないか。

 そういう意味では、これら数々の疑惑に踏み込まない同委員会の調査は不十分に感じるが、それもそのはず、2018年1月の市長選で落選した仁志田氏と、同年3月末で定年退職した半澤氏は直接の調査対象に含まれていないため、報告書の内容が中途半端になるのは最初から避けられなかったのだ。事実、報告書では仁志田氏と半澤氏の責任に一切触れていない。

 「宮崎・早野論文」をめぐる疑惑を当初から追い続ける伊達市在住の島明美さんによると、

 「黒川眞一さん(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)との検証では、CD―Rは①市から持ち出されたもの、②コピーして早野氏に渡されたもの、③コピーして宮崎氏に渡されたもの――と計3枚あったことが分かっています」

 と言う。しかし、これらのCD―Rがその後どうなったかについて、同委員会は一切調査していない。

 「宮崎氏はCD―Rを破棄したと話しているようですが、証拠がありません。また、半澤氏はデータを加工して宮崎氏に渡したとされていますが、同委員会の報告書には『加工に使われたパソコンは特定できなか
った』と書かれています」(同)

 こうなると、CD―Rの行方もさることながら、半澤氏は本当にデータを加工したのか、実は加工せずに生データを宮崎氏に渡したのではないか、という疑惑も浮上してくる。

 仁志田氏と半澤氏は、なぜここまでして宮崎・早野氏にデータを提供し、論文を書かせたかったのか。市政に詳しい人物はこう推測する。

 「市内は放射線量に応じA、B、Cエリアと区分されたが、仁志田氏は市長時代、Cエリアについて『放射線量が低い』としてホットスポットのみを除染する方針だった。しかし、Cエリアは保原、梁川、伊達の住宅密集地で『除染すべきだ』と反発する住民が少なくなかった。こうした反発を抑え、自分のやり方が正しいことを証明するため、市が保有するデータを渡して論文を書かせようとしたのではないか」

 しかし、完成した「宮崎・早野論文」は本誌2019年6月号で既報の通りデタラメだった。

うやむやな幕引きを許すな

 「問題は『宮崎・早野論文』が原子力規制委員会の放射線審議会が行
っている、原発事故後に策定された放射線基準を検証する資料に用いられたことだ。もし同論文にある『低線量地帯では除染効果がない』という見解が採用されたら、現在の被曝基準が緩和され、ICRPの基準にも影響を与えたかもしれない。そんなデタラメな基準の策定に伊達市民の個人情報が〝利用〟されそうになったという認識が、仁志田氏と半澤氏には皆無なんでしょうね」(同)

 同委員会の報告書を受け、両氏は何を思うのか。仁志田氏に話を聞くと、次のように語った。

 「論文は同意を得たデータのみで書かれるべきだったし、不同意のデ
ータまで市が提供したのはマズかったと思う。私はほとんどの市民が同意していたと聞いていたので、データ提供を深く捉えていなかった。当時は条例に基づいて提供すれば問題ないという認識が、きちんとしていなかったんだと思う。ガラスバッジデータと空間放射線量や除染データの相関を見ると、想定されたリスクより低く感じた。つまり、基準が高く設定されているのであれば(低目に)修正すべきと思ったが、市独自で修正すれば混乱するので、国・県の基準に従った経緯がある。こうした研究を、宮崎・早野氏が行うのは良いと思っていたが、結果として論文に疑義が生じたのは残念だ。市が両氏に『論文を書いてほしい』と頼んだ事実はない」

 一方、半澤氏は市内の自宅を数回訪ねたが留守で、家人に取材の趣旨を伝えたものの、締め切りまでに返答はなかった。

 報告書の公表から2カ月以上経った5月29日、須田博行市長は不適切なデータ提供を謝罪し、当時の担当職員3人を処分する方針を発表したが、仁志田氏と半澤氏の責任に言及することはなかった。

 仁志田氏は

 「私が現職なら自身に処分を科しただろうが、もう(市長を)辞めた身なので……。処分される職員は大変気の毒に思うが、それ以上のことは発言を控えたい」

 と若干責任を感じているようだったが、トップとその参謀が引き起こした前代未聞の個人情報流出と、それによって前代未聞のデタラメな論文が書かれた事実が、うやむやのまま幕引きされていいはずがない。


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