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【原発】結論ありきの汚染水意見聴取

なし崩しの海洋放出は認められない


 汚染水を多核種除去設備(ALPS)等で浄化処理した後の水(処理水)が、東京電力福島第一原発敷地内のタンクに溜まり続けている。タンク用地に限界があるため、国は今後の処分方針を決めるべく、4月から地元関係者の意見を聞く会合をスタートさせた。ただ、これらの意見が最終判断にどのように反映されるかは示されておらず、単なる〝ガス抜き〟で終わる可能性もある。


 「実態がない事象を感情的に忌み嫌うことから発生する『風評被害』などでは断じてございません。放射 能という人体に害のある物質が、空気中に拡散し土壌などに蓄積した物理的事象に怯え忌避する、人間の本能に由来するものであると我々は当初より考えています」

 福島県旅館ホテル生活衛生同業組合の小井戸英典理事長は、経済産業省の松本洋平副大臣に対し、原発事故以降続いている旅館ホテル業界の経済的被害についてこう述べた。

 処理水の処分方法について福島県の首長・団体関係者の意見を聴取する会合は4月6日(福島市)、13日(福島市、富岡町)に分けて行われた。意見表明したのは別表の22人。15分ずつ意見を発表し、終わり次第退出していく形で進められた。

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 新型コロナウイルスの感染防止のため一般市民の傍聴が認められず、報道機関も一部を除いて入場を制限された。会合の模様はユーチューブでライブ配信された。

 昨年12月12日時点の処理水のタンク貯蔵量は109万6014立方㍍。処理水はいまも1日約170立方㍍ずつ増えており、2022年夏ごろに満杯になり、タンク用地が不足する計算だ。そのため処理水の処分方法について、経済産業省資源エネルギー庁が設けた「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」で3年以上議論されてきた。今年2月、国に報告書が提出され、以下のようなことが提案された。

 「タンクに溜まり続ける処理水は実績がある海洋放出・大気放出が現実的。特に国内の原発で行われていた海洋放出は確実に実施できる」

 「風評被害対策としてはこの間効果のあった①処分方法やトリチウムに関する分かりやすい情報発信、②マスメディア・SNSでの対応、さまざまな層を対象とした出前講座、③海外への情報発信強化――などを実施していく」

 「①環境モニタリングと食品のサンプル検査を組み合わせた分析体制の構築と分かりやすい情報発信、②GAPなど第三者認証の活用、③新規販路開拓による県産品の棚の常設化、④県産品販促イベントの実施、⑤小売段階での専門販売員の設置、⑥オンラインストアの開設――といった経済対策も実施していく」

 結局、国・東電が推す海洋・大気放出案が現実的な案として示され、いわゆる風評被害への対策に関しても従来の方法を踏襲する形となった。

 この報告書の中で、幅広い関係者の意見を丁寧に聞き、透明性のあるプロセスで決定することが提言されたため、国は3月中旬から浜通りの市町村議会で検討状況を説明してきた。さらに、業界団体関係者や浜通りの首長らに意見を聞くべく行われたのが今回の会合だ。

 意見表明者は基本的に、いわゆる風評被害の深刻さを紹介したうえで、さらなる風評対策、国民への分かりやすい説明・対話を求めることが多かった。そうした中で、最も印象に残ったのが、「原発事故後の経済損失は風評被害ではなく実害である」と主張する冒頭の言葉だった。

 県旅連・小井戸理事長はさらにこのようにも話していた。

 「その処理水にトリチウムなどの放射性物質が含まれていることは事実であり、この処理をする期間にもたらされる消費の落ち込みによって受ける旅館ホテルの損失は、風評被害ではなく故意の加害行為による損害であると認識するところです。国はこの事実を認め、不法であるか否かを争うことを放棄し、妥当な範囲の損害を被る旅館ホテルに対する損失の補填などの措置を速やかかつ処理水の処分が終了するまでの全期間にわたって講じることを求めます」

 ALPSによる浄化処理で唯一除去できないのが放射性物質のトリチウム(半減期12・3年)で、これが含まれているため、東電は処理水を原発敷地内のタンクに貯蔵してきた。

 ただ、放射性物質と言っても、トリチウムは海や川にも普通に分布しており、放射線エネルギーも極めて弱いため、平常時の原発では法定告示濃度(トリチウムは1㍑当たり6万ベクレル)以下に希釈して海洋放出していた。福島第一原発の汚染水抑制策として実施されているサブドレンや地下水バイパスも運用目標(1㍑当たり1500ベクレル以下)に準じ、海洋放出されている。

 そうした中で処理水をいち早く海洋放出すべきだという声も上がっているが、小井戸理事長は「もし処理水を処分したことで売上が下がったときは、国が責任を取ってくれよ」とあらためて主張したわけ。

 3月24日には東電が海洋放出する場合の検討案を公表した。処理水のトリチウム濃度は1㍑当たり平均約73万ベクレルだが、海水で500~600倍に薄め、国の基準の40分の1未満(1500ベクレル未満)とすること、さらに風評被害が発生した場合は適切に賠償対応する考えを示した。それを踏まえ国・東電に釘をさす意図もあったのだろう。

一般市民も利害関係者

 一方、小井戸理事長は処理水の処分方法に関しては、「県内での処分は回避してほしいが、福島の不要なものをよそに押し付ければ世論的に評価を下げかねず、旅館・ホテルとしての信義にも反する。処分するなら県内で行うべきだし、観光的影響という意味では、県外まで放射性物質が拡散しかねない大気放出より海洋放出の方が損失は少ない」と消去法で海洋放出を主張した。

 それに対し、この間一貫して海洋放出案に反対してきた県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は、あらためて反対意見を表明した。

 「(原発敷地内に入り込む地下水を海に放出する)サブドレンや地下水バイパス運用を苦渋の決断で受け入れたが、トリチウム水に関しては『関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない』と言われていた。若い後継者も増えており、国による出荷制限がすべて解除されて、これから増産に向けて舵を切るところ。海洋放出には絶対反対。海には県境がない。全漁業者の意見を聞いてほしい」

 県森林組合連合会の秋元公夫会長は処理水の放出自体に反対した。

 「多くの組合員はトリチウムを『放射性物質』という大きなくくりで捉えており、処理水が放出されれば『新たな放射性物質が放出された』と受け止める。森林すべての除染が行われず、帰還への懸念の声が出ているところに処理水が放出されれば、森林所有者の経営意欲が低下し、適正な森林管理が難しくなる恐れがある。森林が荒廃すれば、土砂の流出などで下流地域の県民に影響が出る」

 秋元会長の自宅は川内村。避難生活を余儀なくされてきた双葉郡住民の立場から、意見聴取終了後は「JR常磐線が開通して帰還に向けた雰囲気が出たが、こういう問題が出るとしぼんでしまう」と述べた。

 漁業者、双葉郡住民といった〝当事者〟が明確に反対を述べたわけだが、「一般市民も〝当事者〟の一人であり、意見を聞いてほしい」と指摘したのが清水敏男いわき市長だ。

 「県民を対象とした新聞の世論調査では、各紙とも海洋放出反対が賛成を上回っている。関係者のみならず、ステークホルダーとなる一般住民、さらには国内外から意見を聞いてほしい。1回話を聞くだけでなく丁寧な説明が必要だ」

 海外では、政策や事業を実施する際、影響を受ける「ステークホルダー」を初期段階から参加させ、一緒に方針を決めていく「ステークホルダー・インボルブメント」という手法を取り入れている。

 処理水の海洋放出をめぐる問題というと、漁業者ばかりがクローズアップされるが、海に気軽に行けなくなったり経済的影響を受けるという意味では一般市民もステークホルダーの一人だ。一般市民にもきちんと説明することが、この問題を社会全体で解決していくうえで重要であり、そういう意味で、清水市長の発言は具体的で的を射た指摘だった。

 いわき市小名浜在住の地域活動家・ライターである小松理虔氏も本誌4月号「漁業に見る被災地復興の課題」という記事の中で次のように述べていた。

 《国に「海洋放出したい」という欲が丸見えなのに、「漁業者に丁寧な説明を」などと言っているのが問題なのだ。(中略)打開策を講じるわけでもなく、国として責任を負うわけでも利害の調整をするわけでもなく、漁業者に責任をなすりつけてきたのが国である。(中略)つまり、このトリチウムの問題は「合意形成プロセスにおける不作為」にある》

 なお、今回ここまで踏み込んだ問題提起をする意見表明者はいなかった。いかに多くの人を〝当事者〟にして議論していけるかが今後の鍵になると思われる。

処理水放出に反対の理由

 逆に他人事感がありありで、温度差が感じられたのは飯舘村の菅野典雄村長だ。

 「飯舘村は海に面していない。科学的知識もないので、どの方法を選択すべきかは分からないが、まずは国が1つの方向を示さなければならない。時間的余裕はなく結論を出すべき。『49対51』の判断をする覚悟を持ってほしい。的外れかもしれないがどこかで折り合いをつけていくしかない。安全性の確認をしたうえで、腹を決めて、賠償や生活保障を含む方針を出して、頭を下げてお願いすることが重要だ」

 組織のトップとしての精神論に終始し、「帰村政策に突っ走る自分も村内外から批判されてきたが、腹を決めてやってきた。国も頑張れ」と上から目線でアドバイスしているようにも聞こえた。この場でそんな意見を言う必要があったのか。

 本誌4月号で浪江町議会が処理水の海洋放出に反対する決議案を全会一致で可決したことをリポートした。だが、同町の吉田数博町長は明確な反対姿勢を見せず、「復興の芽を枯らしてはならないことを十分に理解し、慎重な判断と万全な風評対策を含めた方針を示してほしい」と述べただけだった。ここでは町執行部と議会との間の温度差を感じた。

 処理水の処分方法については注目度も高く、さまざまな市民団体が活動を展開している。4月6日の会場となった福島市のホテル・セレクトン福島の前では、海洋放出に反対する市民団体のメンバーらが「ストップ汚染水」、「公聴会を開いて」、「トリチウムを海に流すな」と書かれた横断幕を手に立っていた。

 また、有識者・技術者などが参加する市民団体「原子力市民委員会」では、海洋放出の代替案として大型タンクやモルタル固化による陸上保管案を提案したが、そうした案について十分検討されていないとして、複数の市民団体が討議・意見聴取会を開くよう国に求めている。

 本誌としても、処理水の放出には反対の立場であり、陸上保管により半減期12・3年のトリチウムの減衰を待ちながら、除去技術の開発に国を挙げて取り組むべきと考える。

 その理由の1つは健康被害を懸念する声が多いこと。トリチウムの排出量が多い原発の周辺では、小児白血病の発症や新生児の死亡率が高まるとの研究論文もあり、その安全性に疑問を投げかける意見が出ている。

 前出・清水市長は意見表明の中で「小委員会の公聴会ではさまざまな健康被害の報告が出され、専門家の中でも意見が分かれている状況。これに対し、ただ文書で国側の主張を示すだけでは不十分で、透明性を確保しながら専門家同士が科学的議論を交わし、共通認識を作っていく必要がある」と述べたが、まさに安全性への疑問の声について、そうした対応を求めたい。

 2つは海洋・大気放出すれば確実に県経済に大ダメージが及ぶこと。県森林組合連合会の秋元会長も指摘していたが、どれだけトリチウムの安全性を主張したところで、多くの人は「事故が起きた福島第一原発で今度は放射性物質を含む水が放出された」としか見ない。そうなると、農林水産業、観光業など幅広い分野に影響が及ぶのは必至だ。

 現在貯蔵している処理水を全部放出するのには20~30年かかる見通しで、前述した東電の検討案でも「廃炉完了予定の2041~51年までに終えたい」としている。廃炉作業がその期間に完了するとは考えられず、何年も放出が続けば負の影響が固定化する可能性が高い。

陸上保管に舵を切れ

 3つは国際的な評価にも影響を及ぼすこと。いくら処理済みの汚染水とは言え、事故原発から発生したものである以上、自然界に放出すれば反発は大きい。韓国はIAEA(国際原子力機関)において、日本の汚染水問題への対応を嫌がらせ的に問題提起していたが、それ以外の国での注目度も高まっており、〝地球環境加害国〟とみられかねない。

 4つは仮に海洋・大気放出を認めたところで、東電がミスを起こさず、誠実な対応をするとは思えないこと。「被害が出たら補償する」と言っているが、これまでの裁判や裁判外紛争解決手続き、原発賠償などで無責任対応に終始してきた姿を見ると怪しいところだし、放出に当たって事故やミスが起きても同様の対応をすることが目に見える。

 また、前出・小委員会の公聴会が開催される直前には、トリチウムだけが残存していると思われたタンク内の処理水に、実は法定告示濃度を超えるヨウ素129やストロンチウム90などが含まれていたことが発覚した。ALPSを使って全核種の放射線量を法定告示濃度まで除染すると時間がかかるため、タンクに貯蔵する際の基準までひとまず下げて保管されていたもので、処理水の8割を占めていた。そうした問題が積極的に情報公開されなかったことが不信感を招いた。こうした経緯を踏まえると、東電を信用して任せることはできない。

 5つは海洋・大気放出すれば間違いなく経済的被害が発生するが、いわゆる風評被害に関する国の対策に期待が持てないこと。国や東電がさまざまな媒体でキャンペーンを打ち出し、世間の理解を変えることができれば多少影響を軽減できるかもしれないが、この9年間の対応を見ていると不可能だろう。

 本誌4月号から「フクイチ事故は継続中」を連載している春橋哲史さんも4月号と今月号で処理水問題を取り上げている。その中で、原発事故により本県経済の市場構造が変化するほど打撃を受け、処理水が放出されれば、さらにその地域の一次産品のブランド価値が棄損されることも反対理由の一つに挙げている。

 これだけ反対材料があるが、国は海洋・大気放出をいまも見直そうとしていない。頭に来るのは、実質的なタイムリミットが今年の夏に迫っていること。東電は放出などの準備を進めるまで2年から2年半かかると見ており、前述した通り2022年夏にタンクがいっぱいになることを考えると、議論できる時間は少ない。これでは意見表明者が求めたように、国民から広く意見を募ることは不可能であり、最終的に時間切れとなり、海洋・大気放出が決定されるのが目に見える。

 松本副大臣は6日の会合後、「今回聞いた意見をどう合意形成に生かしていくのか」という報道陣の質問に対し、「まずは皆さんの意見を聞く場。結論は今後検討していく」と明言を避けた。要するに、最初から海洋・大気放出ありきで、意見聴取は〝ガス抜き〟に過ぎないのだろう。

 新型コロナウイルスの感染拡大で対応に追われる中、東京から松本副大臣が来福して(16日はテレビ会議システムで参加)まで会合を開いたのも、どさくさのうちに「話を聞いた」という既成事実を作りたかったのかもしれない。これに関しては、遠藤雄幸川内村長が「新型コロナの渦中で国民的議論に発展していくか疑問だ」と苦言を呈した。

 処理水の処分方法は海洋・大気放出しかないわけではない。本誌3月号で、地下・鉱山開発の会社の社長として、世界中で工事を請け負ってきた江口工さん(工学博士)は「地震でタンクが倒れて処理水が海洋放出とならないように地盤をセメント注入により強化し、併せて浜通りの強度が強い花崗岩の地盤にある鉱山などに保管する」という案を提案していた。国は外部から出た意見に対し「調整が難しく時間がかかる」として難色を示すが、いくらでも打開策はあり、意見を聞いていく姿勢が必要だ。なし崩し的に海洋・大気放出に決定することは認められない。リスクが高すぎる海洋・大気放出に見切りを付け、陸上保管のアイデアを全力で出すべきだ。

被災者に負担を強いる国

 もちろん、陸上保管にしても課題は多い。例えば福島第一原発周辺の中間貯蔵施設建設予定地の一部を活用してはどうか、という意見もあるが、当の地権者は「売買契約でも土地使用補償契約(いわゆる地上権設定)でも中間貯蔵施設目的ということで締結しているので、目的外の土地使用は契約違反になる」として、反対意見を表明する。

 「海に流すのも反対ですが、中間貯蔵施設の用地拡大設置にも大反対です。中間貯蔵施設の計画地は中間貯蔵施設事業のための土地であり、国民にも県民にも2045年3月12日までの事業であると約束しています。国・東電が被害者にさらなる負担を強いるのではなく、全力でトリチウム除去などの研究も含めて取り組むべきです。すぐに被害者を犠牲にする安易な考えは捨てなければなりません。先祖伝来の土地を中間貯蔵施設事業のために提供したのは、福島の復興に協力するためです。私の知っている複数の地権者の方々も、反対の考えです」(ある地権者)

 国の行き当たりばったりの姿勢が原発被災者にさらなる負担を強いることになる、と。そういう意味ではこういう状況にしてしまった国の責任は厳しく問われるべきだ。

 トップバッターとして意見を述べた内堀雅雄知事は、処理水の処分方法について具体的な言及を避け、「風評対策と正確な情報発信の2点に責任を持って取り組んでほしい。幅広い関係者の意見を聞き、これ以上影響を与えることがないよう慎重に検討してほしい」と当たり障りのない主張にとどめた。しかし、いまこそ先頭に立って海洋・大気放出に反対意見を主張してほしい。

 次回以降の意見聴取は4月20日現在、県外開催で調整中とのこと。今後国がどのように意見聴取し、夏までにどんな判断を下すのか注視していく必要がある。

 経済産業省資源エネルギー庁ではこうした意見聴取に加え、5月15日まで一般市民からの文書による意見も受け入れている。電子メールでも可能。メールアドレスなど詳細は同庁ウェブサイト内ページ「多核種除去設備等処理水の取扱いに係る関係者の御意見を伺う場」に掲載されている。個別の意見への回答はせず、後日一貫して国の考え方を公表する。

 ステークホルダーの一人として意見を直接表明する機会が与えられたのだから使わない手はない。


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