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クエストラヴとクール・ハークをつなぐ50年 @2023 Grammys Celebrate 50 years of Hip-Hop!

2023年2月5日(日本時間2月6日)に開催された第65回グラミー賞。今回、ブラック・ミュージック好きのだれもが注目したのが、ザ・ルーツのドラマーであり、映画監督などとしても活躍するクエストラヴのキュレーションによる「Hip-Hop 50th Anniversary Tribute」だったのではないでしょうか? 

ヒップホップの誕生からその軌跡をつぶさに見てきた音楽評論家 藤田正さんとともに、記念碑的ステージを振り返ります!(文末のクエストラヴ情報もお見逃しなく!)

ヒップホップ、レジェンドの総決起集会!!!

――藤田さん、久しぶりのnoteです。

藤田 今回のnoteにも直接関わることだけど、書籍づくりでぼくら時間を取られていたからね。お待たせしてすみません。

――「そのこと」は後半にお報せするとして、まずは。

藤田 今年のグラミー賞だね。いつものように華やかなイベント〜放送だったけど、内容として何よりぼくらが注目したのは、ザ・ルーツのクエストラヴが音楽監督&プロデューサーを務めた「ヒップホップ50」というコーナー。

――そうです! ヒップホップというブラック・カルチャーが生まれてからの半世紀を祝うという特別企画。

藤田 1973年8月11日、ジャマイカ出身のクール・ハークと、妹のシンディ・キャンベルがブロンクス区(ニューヨーク)でパーティを開いた、その時を画期とする、というハーク自身の証言が元になっている(1520 Sedgwick Avenueでのブロック・パーティ)。だから2023年で50年目。

――クエストラヴが1971年生まれ。現在のブラック・ミュージックの中心点にいる彼がこの50周年イベントを主導するのは、わかります。彼の世代こそが、ヒップホップ文化の始まりから今に至るまでの歴史すべてを吸収しているわけだし、さらに2021年に監督した傑作ドキュメンタリー『サマー・オブ・ラブ』でグラミー賞を獲るなど、今のクエストラヴの勢いはすごいものがある。

藤田 クール・ハーク(1950年〜)は、ターンテーブル2台を使って切れ目なくビートを繋いでゆく面白さを、地元ブロンクスの仲間に知らしめた人物だった。当時の彼はその技を「メリーゴーラウンド」と名づけていて、のちに「ブレイクビーツ」って呼ばれるようになった。この切れ目のないリズムの中で、若者たちが曲芸さながらの踊りを披露し(ブレイクダンス)、マイクを握った者たちは日常の恋愛話や冗談なんかをリズミックに「語る」(ラップ)スタイルを確立していったわけです。

――ラップ〜ヒップホップの始まりですね。

藤田 ただし、ラップがブロンクス区などのスパニッシュ&ブラックが多く住む貧困地区から出て、アメリカ一般に知られるようになるのは、シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」(1979年)が最初です。

――このヒット曲を日本で初めて紹介したのは、藤田さんですよね。

藤田 シュガーヒル・ギャングのアルバムの解説を見返すと、ぼくは1980年3月22日に原稿を書き終えている。その少し前にブロンクスにいたぼくだったから、東京へ戻って「こんな不思議な音楽がニューヨークのストリートで流行っているんだ」と周囲に伝えても、耳を貸してくれる人は周囲にほぼいなかった。レコード会社もよく日本盤を出してくれたと思います。東京の音楽好きが「これ最高!」なんて言い始めるのは、ラン・DMCがミリオンセラーを出した1984年頃から。だから今回のグラミー賞の特別企画番組で、クエストラヴがメディアのインタヴューに応えて「自分たちヒップホップ世代に(業界・世の中が)テーブル席を与えてくれるまで、ずいぶん時間がかかった」と語っているけど、ぼくの実感としてもまったくもって納得。ザ・ビートルズが登場した時と同じで、「こんなクズ」「ただのガキの遊び」「音楽のオの字も知らないバカども」とさんざん言われてきたのがヒップホップだったから!

――でも今や世界のポップミュージックの中心にあるのがヒップホップであり、後輩たちの音楽ですよね。文字通り「席巻」したわけです。

やっぱり、ウィル・スミスは出なかった

https://www.youtube.com/watch?v=FokQLa-o7wQ

――特別企画「ヒップホップ50」は観てどうでした?

藤田 面白かった(笑)。

――それだけっスか。

藤田 本番は15分ほどだったのかな、目一杯にたくさんのラッパーとダンサーが登場して、「こいつ誰だっけ?」なんて確認する間もなくチームが入れ替わる。バックの演奏の中心はザ・ルーツ。彼らに、数名のDJが交代で加わり、有名なラップ・ヒットをメドレー形式で繋いでいくという構成だった。

――私、初期ラップの人たちはほぼ誰が誰やらわかりませんでした。

藤田 当然でしょ。世代が違うし、この特番に出てきた人たちの多くはそれなりのお年だから、顔つきもずいぶん以前と変わっていたからしようがない。最初のDJは、DJプレミア(元ギャングスター)だと思う。グランドマスター・フラッシュも。あとDJジャジー・ジェフか。

――グランドマスター・フラッシュって、ブレイクビーツを完成させたすごいテクニシャンですよね。

藤田 ネットフリックスのシリーズ『ゲットダウン』に、彼の伝説がドラマ化されているからシリーズ前半はぜひ観てほしい。彼はバーベイドスの出身。つまり、クール・ハークもそうだし、ブレイクダンスのチームにしても、カリブ海系のブラック〜スパニッシュが初期ヒップホップの母体だった、とも言えるわけ。

――DJジャジー・ジェフは、あのウィル・スミスと一緒にやっていた人ですよね。

藤田 そう、フレッシュ・プリンスを名乗っていた時代のウィル・スミスね。クエストラヴはインタビュワーから「今日はウィル・スミスは出ないの?」って聞かれてたけど、メディアは、あの暴行事件(詳細は省く・笑)の続きのネタが欲しくてたまらないから、音楽監督の口から何としてでも一言を貰おうと必死だった。でもトップ俳優のウィル・スミスが出たとしても、この「レジェンド総結集大会」の中では目立たなかっただろうね。

オレのアディダス、ワタシのカンゴール


――で、ラッパーとかは? 

藤田 LL・クール・Jとザ・ルーツのブラック・ソートが、進行役の感じで一緒に登場。面白かったのは同じラッパーだと言っても、リズムの取り方とかスタイルがかなり違うことがわかる。当たり前だけど、数十年単位の歴史をここでも感じました。

――ラン・DMCも出てました。

藤田 2002年に殺されたジャム・マスター・ジェイ抜き、のね。ラン(ジョセフ・シモンズ)が、ますますポッチャリしちゃって。ま、この人は今は聖職に就いているし、スニーカー時代を決定づけたともいえる彼らのアディダスのファッションも、いくぶん辛そうだったけど、お元気そうで何よりです。

――この舞台を観て思いましたが、世間を変えるような大きなブームって、ファッションとかキーワードとかが、すごく大事なんですね。

藤田 そうだよね。アディダス〜スポーツウェアの流行もそうだし、カンゴールのバケット・ハット(LL・クール・J)、あとLLが持ち出してきたギラギラのゲットー・ブラスターとかね。時代を象徴するモノがたくさんそろえられたからこそ、とも言える。

――ゲットー・ブラスター、振り回してましたね~。女性ラッパーについて、は?

藤田 女優としても活躍するクィーン・ラティーファが実に堂々としてたねぇ。デビュー期にニューヨークで会った時もそうだったけど、一層、凄さが増している。あと、ミッシー・エリオット! ミッシーが登場してきたあたりから、ラップ世界のリズムや音像デザイン、それに関連する言葉遣いが大きく変化したんだけど、その先進性が広く音楽業界に認められたのが、ようやく今なんだと思います。ヒップホップの心臓部って、それだけずっとアヴァンギャルドだってことなんですよ。

――時代をまるっきり変えてしまったパブリック・エネミーも出てました。

藤田 そう! クエストラヴや、その仲間たちが、憧れた人たちがこういう形で集まること……たしかにグラミー賞ってオワコンだなんて揶揄される時代になってはいるし、この特別企画には、ヒップホップのもう一つの特質である「ヤバさ」「マガマガしさ」はないんだけど、ラップ〜ヒップホップが人、特に若者の考え方そのものを大きく変質させたという決定的な事実は、きちんと伝えている。それを作り上げた音楽監督のクエストラヴって、今のアメリカ音楽にマジに必要とされている人だということが、この「ヒップホップ50」でもよくわかったよ。

クエストラヴによる「歴史本ヒストリー・ブック」が、ついに、2023年2月27日発売! 

ヒップホップ界のみならず、いまやアメリカ音楽界における〈One and Only〉の存在となったクエストラヴ。彼が誕生した1971年から現在まで、アメリカ現代史に、自らの個人史を重ねてつづった著作『ミュージック・イズ・ヒストリー』日本語版がいよいよ刊行されます。 豊富な音楽的知識を盛りだくさんに詰め込み、彼独自の視点で歴史に切りこむ大作。音楽ファンのみならず、アメリカの歴史に興味のある方々にぜひ手に取っていただきたい、一冊です。

監訳は藤田正、森聖加のコンビ。どうぞよろしくお願いいたします!!!

「ミュージック・イズ・ヒストリー」
著・クエストラヴ ベン・グリーンマン 監訳・藤田正 森聖加 2023年2月27日発売 A5判 504ページ 本体価格3,200円
(シンコー・ミュージックエンタテイメント刊)



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